幸福の芽 happy sprout みろく maitri Ⅱ

《心の時代へのパラダイムシフト》自分の心をつかんで幸せになりませんか。幸福の芽を探して一歩前に出てみませんか。

日記のはじまり 糸ぐるま

2015-01-04 00:23:00 | 日記

 *日記です*

今、身近にある私の日記のはじまりは

「からからまわる糸車、
 因縁因果、善因善果、悪因悪果」
          1990.7.8

というものからはじまります。


この世を創った神がおられ、この世には
神の法があり、因果の理法があると
私が悟ったしばらく後からのものです。
悟ったときの日記は現在不明です。

因果の理法を悟ると共に
もうひとつ悟ったことがあります。

それを表わしているのが
「人は苦しむために生まれてくるのではなく、
 向上する為に(または救いから向上へ)
 生まれてくるのです」
        1990.7.18


ついでにこのblogの始めのころに書いた
芥川龍之介の「蜘蛛の糸」についての内容を
書いてみたいと思います。
私が芥川龍之介の本を読んで夢中になったのは
小学校高学年くらいの頃でした。
それ以降は読んだことはありません。

1990.7.25
「蜘蛛の糸より
 どんな罪人にも慈悲の心がある。
 それにより人間は神仏に救われ得ること。

 しかしまた自分ひとりだけ良い目に遭おうと
 するエゴイズムが結局は他の人々を
 救われないものとすると共に自分をも
 破滅させる。
 
 カンダタの心には個我の心があった。
 彼は向上し正義の道へ入ろうとする
 真面目な願いの奇跡的な力を知らなかった。

 それは蜘蛛の糸のように細いけれど、
 数百万の人々を運ぶことができる。
 そしてその糸をよじ登る人が多ければ多い程、
 その人の努力は楽になる。

 しかしその過程でいったん人間の心に
 「これは私の物だ、正しさの幸福を
  独り占めしてこれは誰にもやるまい」と
  いう心が起こるや否や、糸は切れて人は
  元の個別の状態に堕ちてしまう。
 利己主義は呪いであり、真理は祝福である。

 地獄とは利己心(エゴイズム)の心に
 他ならない。




 
 今日この話をなぜ書きたかったかというより
 本日ここに記事を書きたかった内容は、
 あっと若い頃に私に不倫の噂があったのは
 このblogに書いているレイプ事件と同一です。
 彼は全てを私のせいにすりかえました。







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