N ’ DA ”

なかなか勝てない馬がいる。今日もその馬が走る。
がんばれ、と声が出る。
まなざしは、ゴールの先を見つめている。

海底からの生還   史上最大の潜水艦救出作戦

2021年01月11日 10時05分49秒 | 読書・戦争兵器


第二次世界大戦前夜、北大西洋で最新鋭米潜水艦が沈没。“鋼鉄の棺”と化した艦内には、33名の生存者が…男たちの命運は、一人の海軍士官の活躍にかかっていた。史上唯一、沈没潜水艦の乗組員救出に成功した感動実話!「ニューヨーク・タイムズ」No.1ベストセラー。

艦に積まれている合計126基の亜鉛酸電池
蓄電池は一つが750キロもあり、海面下に潜ったスコーラスを駆動する力の源であった。

「あんな恐ろしいものに乗っているのに、まだ生きているなんて、跪いて神に感謝すべきですよ」

潜舵は船体から横に突き出た大きな鰭のようなもので、海の中では飛行機の翼に付いているフラップのような動きをする。
開口部が空いていれば赤、閉まっていれば緑のランプが点灯する。

窒素を別の不活性ガスである毒性がないヘリウムに置き換える方法を実用化した。
人間が呼吸している空気は酸素と窒素の混合である。
しかしこれら2種類のガスが生命体に果たす役割は、海水の圧力の下では劇的な変化を見せる。
次第に毒性を強めはじめるのである。
深度60mでの圧力、つまり海面での圧力の7倍になると、酸素は痙攣と昏睡を引き起こし、死に至らしめる毒性を発揮するようになる。
この60mでは、窒素も別の危険性をもたらす。
この圧力で窒素は血液の中に溶け込み、次に細胞組織に潜り込む。その結果、体は麻薬を吸ったときのようになり、思考が混濁してしまう。この状態を窒素酔い、あるいは潜水病という。

ケーソン病

数ヵ月後、S51の乗員の遺体回収が行われると、すぐに溺死しなかった乗員は、恐怖に顔を歪ませ、鋼鉄の棺桶から出ようともがいた形跡を残していた。
それから2年後、110フィートの浅い海底に沈没したS4の乗員40人が生きていた。
3日近くにわたって、墓の中に閉じ込められた乗員はハンマーに希望を託して船体を叩き続けた。そして、叩く音は次第に弱くなり、途絶えた。

「モンセンの肺」」
それは潜水艦の中から脱出した乗員が、海面に上昇しながら呼吸ができる装置であった。
世界に賞賛されるようになる装置である。

赤い煙を出すロケットの発射を命じた。
それは潜水艦遭難を意味する信号である。
ロケットは海面に達すると、25mの上空まで上昇し、爆発して遭難を意味する赤い煙を出すようになっていた。

海水が乾式蓄電池の内部に入り込むと、化学反応が起こって蓄電池室は次第に危険な塩素ガスで満たされてしまう。

保険契約条項には、潜水艦事故で死亡した場合は無効になるとあった。

「救命鐘」「レスキュー・チェンバー」

二酸化炭素吸収剤の缶を開け、甲板に振りまいた。
この二酸化炭素吸収剤に加えて、ビンに入った純粋酸素が含まれていた。
艦には二酸化炭素測定装置も積まれてはいたが、それを使うことで必要以上に問題を深刻化させないために、わざと使わないようにした。

新しく建造された潜水艦には脱出用のハッチが装備されるようになった。

人間の肺の圧力がわずか2ポンド増大するだけで、血液の流れの中に危険な気泡を送り込むようになり、それは最後に脳に達する。18フィートの深度の圧力は8ポンド以上にも相当することになる。深い海で遭難したダイバーが海面に浮かび上がってきたとき、破裂するという言葉を聞いたことを思い出した。

発令所のほうは、戦時の爆雷攻撃に備えてデリケートな計器類を守るために船殻が二重構造
汚れた空気に加え、全員の体力を弱らせたのがこの寒気であった。

ダイバーに供給されていたのは普通の空気で、その成分は、およそ80%の窒素と20%の酸素の混合気である。この組み合わせにおいて、ダイバーの敵は窒素であった。
潜水したあとで、もし浮上が早過ぎるなら、ダイバーは潜水病に襲われてしまう。
ダイバーはその苦痛のために体をよじるほどである。

深海潜水で最も悲惨な現象は、窒素が神経中枢(ちゅうすう)を攻撃し、神経・筋肉の調整作動に大きな影響を与えることである。さらに、ダイバーのヘルメットの中に二酸化炭素が次第に蓄積していくと、最後に失神してしまう結果になる。

読者登録

読者登録