Kさんは、私が議員になって、船堀駅での朝の宣伝を始めた最初のころに、声をかけてくださった方です。
駅のまわりのごみを拾うのがKさんの日課でした。
眉間にしわを寄せて話しかけてくるので、何を言われるんだろうと、最初はどきどきしました。
でも、Kさんの言いたいことは、今の世の中がおかしいということ、変えていってくれということ、
そして、戦争はだめだということ、だとわかるのに時間はかかりませんでした。
ときどき、英語の混じる日本語で、一生懸命に話してくださる。
ひとしきりお話しをすると、なんとも可愛らしい笑顔をみせて、
good bye と言って帰っていきます。
その、Kさんの姿が見えなくて心配をいていたら、偶然にもKさんの娘さんと会うことができました。
体の具合をこわされていたのでした。
それからのことは、
(間宮由美のブログ*青空*2006-06-10 ケーコさんの憂い)
に書いた通りです。
近くで、安くて、ずっと最後のときを過ごせる施設を探し続けました。
でも、見つけることができませんでした。
Kさんが、胃ろうをつくれない胃の形状のため、介護が大変になるので、施設では受け入れられません。
病院は、逆に、体が動かない他は悪いところが全くなく、急性期ではないために、受け入れられません。
自宅は、エレベーターのない団地の4階ですから、家に戻ったら日常的に外に出ることはとてもできなくなります。
また、ケーコさんが働かなければ、病院代だって払えません。
一日中一人にしておくことはとても心配だから、やっぱり自宅で介護は無理なのです。
ことあるごとに、議会でもこの現状を訴えてきました。
近くでお父さんの介護をしたい。それはいけないことですか。
重い人も、軽い人も受け入れてもらえる施設、安く入れる施設、3ヶ月で出されてしまわない施設が、どうしても必要なんです。
でもケーコさんのお父さんには、間に合いませんでした。ごめんなさい。
Kさんのお顔は、安らかでした。
ケーコさんたちが、毎日1時間かけて、会いに行ってお話ししていたから、Kさんはきっと幸せだったと思います。
Kさんと会えたこと、ケーコさんががんばり続けたこと。
このことはきっと忘れません。
人を大事にできる政治に変えていかなくてはいけない。
心からそう思います。
Kさんの可愛らしい笑顔も、忘れません。
どうぞ安らかにおやすみください。
駅のまわりのごみを拾うのがKさんの日課でした。
眉間にしわを寄せて話しかけてくるので、何を言われるんだろうと、最初はどきどきしました。
でも、Kさんの言いたいことは、今の世の中がおかしいということ、変えていってくれということ、
そして、戦争はだめだということ、だとわかるのに時間はかかりませんでした。
ときどき、英語の混じる日本語で、一生懸命に話してくださる。
ひとしきりお話しをすると、なんとも可愛らしい笑顔をみせて、
good bye と言って帰っていきます。
その、Kさんの姿が見えなくて心配をいていたら、偶然にもKさんの娘さんと会うことができました。
体の具合をこわされていたのでした。
それからのことは、
(間宮由美のブログ*青空*2006-06-10 ケーコさんの憂い)
に書いた通りです。
近くで、安くて、ずっと最後のときを過ごせる施設を探し続けました。
でも、見つけることができませんでした。
Kさんが、胃ろうをつくれない胃の形状のため、介護が大変になるので、施設では受け入れられません。
病院は、逆に、体が動かない他は悪いところが全くなく、急性期ではないために、受け入れられません。
自宅は、エレベーターのない団地の4階ですから、家に戻ったら日常的に外に出ることはとてもできなくなります。
また、ケーコさんが働かなければ、病院代だって払えません。
一日中一人にしておくことはとても心配だから、やっぱり自宅で介護は無理なのです。
ことあるごとに、議会でもこの現状を訴えてきました。
近くでお父さんの介護をしたい。それはいけないことですか。
重い人も、軽い人も受け入れてもらえる施設、安く入れる施設、3ヶ月で出されてしまわない施設が、どうしても必要なんです。
でもケーコさんのお父さんには、間に合いませんでした。ごめんなさい。
Kさんのお顔は、安らかでした。
ケーコさんたちが、毎日1時間かけて、会いに行ってお話ししていたから、Kさんはきっと幸せだったと思います。
Kさんと会えたこと、ケーコさんががんばり続けたこと。
このことはきっと忘れません。
人を大事にできる政治に変えていかなくてはいけない。
心からそう思います。
Kさんの可愛らしい笑顔も、忘れません。
どうぞ安らかにおやすみください。
そしてKさんのことよく見ててくれていたんだなと。
Kさんは本当に優しく世の中の見本になるような人でした。
そしてKさんが病に伏したときも娘であるケーコさんが献身的に支え続けました。
素晴らしい親子であったと思います。
それでも神はKさんを天国に連れて行ってしまいました。でも芯の強いケーコさんのことこれからも頑張ってくれると思います。
そしていろいろとお世話になった由美さん本当に有り難うございました。
私も来年で定年ですが力の続く限りケーコさんを支え続けたいと思っています。
まだお会いしたことのないwawaさんに、私は、
あたたかい言葉で励ましていただいています。
そのあたたかさが、ケーコさんに必要です。
こうして、お知り合いになれたのも、
Kさんのおかげです。
Kさんは、きっと今は、自由になった言葉とからだで
いろんな所へ行っては、たくさんおしゃべりしているのでしょうね。