サラ☆の物語な毎日とハル文庫

トム・ソーヤーと行動経済学←「鈴木ショウの物語眼鏡」

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 トム・ソーヤーと行動経済学

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行動経済学の第一人者にダン・アリエリーという人がいる。
アメリカのデューク大学教授で、2008年には
「同じ偽薬(プラセボ)でも値段が高いほうが効き目がある」という研究で、
ノーベル賞のパロディーであるイグ・ノーベル賞を受賞した。
(イグノーベル賞とは「人びとを笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に
対して与えられる賞。1991年に創設された。)

さて、ダン・アリエリーの経歴というのが、かなり変わっている。
アリエリーは、ニューヨークで生まれ、イスラエルで育った。
徴兵制でイスラエル軍にいた十八歳のときのこと。
訓練中に、夜間に戦場を照らすために使われていた
マグネシウム光が近くで爆発した。
そして全身の70パーセントに重度の火傷を負ってしまったのだ。

彼はその治療のために、3年間を病院で過ごすはめになった。
「友人や家族と同じ毎日を過ごすことができなくなり、
社会から半分切りはなされたように感じた。
そのため、以前は自分にとってあたりまえだった日々の行動を、
第三者のように外から観察するようになった。
まるでべつの文化から(あるいは、べつの惑星から)来たよそ者のように、
自分やほかの人のさまざまな行動について、なぜそうするかを考え始めた」
とアリエリーは語っている。

当時、彼の頭を悩ませたのは、看護師が包帯をはがすときの激痛。
たいていの看護師は、一気に包帯をはがそうとするのだ。
「看護師たちは包帯を勢いよく引っぱって鋭い急激な痛みにするほうが、
ゆっくり引きはがすよりも(患者にとって)好ましいという持論を
打ち立てていた」とアリエリーと言う。
しかし、患者である彼にしてみれば、そうとはとても思えない。
いっきに剥がされるときの痛みの激しさは、まるで拷問!!
もう少し痛みを軽く感じられるやり方はないのだろうか、一体?

そこで、アリエリーは長期の退院ができるようになるとすぐに
テルアビブ大学で学びはじめ、
「人が痛みをどのように経験するか」という問題に取り組んだ。

その研究の結果、実験を積み重ねて得た結論というのは
「消毒液のなかで包帯をはずすような処置をするときは、
強い力で短い時間でするよりも、もっと弱い力で
長い時間をかけてするほうが痛みが少ない」というもの…。

「包帯を勢いよく剥ぎとるのではなく、ゆっくり引き剥がしていれば、
わたしもあれほど苦しまずにすんだということだ」
とアリエリーは述懐している。
嘆いたり、恨みつらみを抱えるだけでなく、
実験を通して研究し、真実を解明したというのだから、
変わっているし、実際本当に辛かったのだろうと思う。

アリエリーはその後、アメリカのノースカロライナ大学で
認知心理学の修士号と博士号を修得したあと、
デューク大学で経営学の博士号を修得し、行動経済学の研究者となった。

行動経済学というのは、「経済行動に大きく影響しているにもかかわらず、
これまで無視され誤解されてきた、人の不合理さを研究する」学問。

ダン・アリエリーが書いた『予想どおりに不合理─行動経済学が明かす
「あなたがそれを選ぶわけ」』(熊谷淳子訳・早川書房刊)の中には、
「おとりの選択肢」
(たとえば人は三つの選択肢の中では、真ん中を選ぶ傾向にある。
目的の価格のものを選択させたいなら、より高価なおとりを設ければよい)
「価格のプラセボ効果」
(たとえば人は安い薬より、高い薬のほうが効き目があると思いがちである)
「アンカリング」
(たとえば最初に数字を提示しておくと、人はその数字を基準に
価格を想定しがちである)
など人の理性を惑わす要素が、わかりやすく解き明かされている。

ちなみに、『予想どおりに不合理』は2008年にアマゾンの
ビジネス書部門で一位を獲得し、全米ベストセラーとなった本だ。

さて、じつはここからがやっと本題なのだけれど、
内容とは別の観点から、この本の中でとくに興味を惹かれたのは、
マーク・トェインの書いた、親愛なるトム・ソーヤーが登場する部分だ。
ここからは、ダン・アリエリー著『予想どおりに不合理』からの抜粋である。

「『トム・ソーヤーの冒険』の有名なエピソードを覚えているだろうか。
ポリーおばさんに塀のペンキ塗りをいいつけられたトムが、それを利用して友達を丸めこもうとしたあのエピソードだ。
ご存知のとおり、トムはいかにも楽しそうにペンキを塗って、この仕事がおもしろくてたまらないふりをする。
そしてこう友だちに話す。
『これが雑用だって? 塀を塗るなんて、おれたち子どもがそう毎日やらせてもらえることじゃないだろう?』
この新しい『情報』を得たトムの友達は、塀塗りのおもしろさを発見する。
まもなく友だちは塀塗りをさせてもらうためにトムにお金を払いはじめ、それだけでなく、この作業をほんとうに楽しむようになる。
双方に有利な結果というものがあるなら、これはまさにその一例だ。
わたしたちの観点からすると、トムはマイナスの事態をプラスの事態に一変させたと言える。
報酬を求められそうな状況を一変させ、人々(トムの友だち)が遊びに参加しようと逆にお金を払う状況にした。
これと同じことがやれないだろうか?
さっそくためしてみることにした…」

さて、「その話、知ってるよ」と、トム・ソーヤーを読んだことのある人なら
うなづくだろう。
そして、俄然興味をかきたてられるのではないだろうか。

考えてみれば不思議な話だ。
イスラエルで育った著者のダン・アリエリーと、日本で育った僕たちは、
会ったこともないのに、共有の記憶を持っているのだ。
「行動経済学」の本にトム・ソーヤーが登場すると、
「ああ、あのトム・ソーヤーだね」と、あたかも同じ砂場で遊んだ
ことがあるように、共通の記憶をたどることになる。

すぐれた子どもの本は、世界各国語に翻訳され、
子どもたちのもとに届けられている。
面白ければ面白いほど、大事な読書体験として多くの子どもの記憶の中に残る。
世界の違った国に育ちながら、つまりは同じ砂場で遊んでいるわけだ。
こう考えると子どもの本、物語の持つ力は、
思った範囲を超えてすごいのではないかと思えてくる。

【見つけたこと】子どもの本というのは強力な磁石となる。

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レディバードが言ったこと
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「ふん、ふん」
レディバードはこの原稿を読んで、軽く二度うなづいた。
そして、「行動科学の見地から人間のモチベーションについて鋭い考察を行った
ダニエル・ピンクの本にも、トム・ソーヤーが出て来るわね」と、
こともなげに言った。

「ダニエル・ピンクはね、クリントンが大統領だったときに、
ゴア副大統領の首席スピーチライターを務めた人よ。
いまはフリーの執筆者としてベストセラーをばんばん出しているわ」

「そんなに、ハトが豆鉄砲くらったような顔をしないでよ。
なんで知ってるかというと、ダニエル・ピンクの書斎にも
行ったことがあるからよ。すっかりおじさんだけど、
エネルギッシュな男だったわ。」
そして、「ほらね」と言わんばかりに自慢げに、にんまりと僕に微笑んだ。

妖精ってのは、何を言うやらわからないから厄介だ。
僕は冷静に、かつ穏やかにレディバードに笑いかけた。
そんなことどうでもいいから、本題に戻ろうよと、言いたいわけだ。

「『モチベーション3.0──持続する「やる気!(ドライブ!)をいかに引き出すか』
と言う本の第2章に書いてるわ。
『……このエピソードで、トウェインはモチベーションに関する主要原則を引き出している。
「“仕事”とは、“しなくてはいけない”からすることで、“遊び”とは、しなくてもいいのにすることである」』ってね。
興味があるなら、講談社から出ているから、読んでみるといいわ。
翻訳は世界的オピニオンリーダーの大前研一さんよ。」

「へー、そうなの」
少なからず、心を動かされた。
「つまりトウェインがいかに真実をついているかということじゃないかな。
子供向けに書いた本の中に、大人も啓発され、納得するような原則が
盛り込まれている。よくできた子どもの本って、
必ずそういう部分があるよね」
僕は少し興奮していたと思う。

「ところで」と言ってレディバードは、長いまつげに縁取られたまぶたを
半分ほど閉じて、流し目で僕を見た。
「あんた、トム・ソーヤーを近頃読んだことがあって?」
「えっ?」
少しうろたえた。
「読んでないわよね」

「そういえば、子どものときに何度もくり返し読んだけど、
大人になってからは読んでないかな」
…なんとなく恥ずかしい気持ちが芽生えた。
そうくるか?
「そうだと思った。“子どものときに遊んだ砂場”とか言っちゃって、
遠い記憶として思い起こすだけじゃ、もったいないのよ。
子どもの本というのは、子どもだけのものじゃないわ。
大人だって読む権利があるのよ」

「そうだよね」と僕は、そんな必要はさらさらないと思うけれど、恥じ入った。
「わかりました。読みますよ、読みますよ」
「二度もくり返さなくていいわ。ちゃんと読んでくれればね」

レディバードは机の上に立って、慇懃にお姫様お辞儀をした。
そして、「では、ごきげんよう」
と言うと、ふっと姿を消した。あとに残ったのは、
穴の開いたような空間と沈黙。
こんなふうに急に消えられると、思考が停止してしまう。
だからさ…、妖精なんて厄介なんだ、と思った。

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予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
ダン アリエリー

早川書房

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