サラ☆の物語な毎日とハル文庫

ここにも魔女がいる~ミヒャエル・エンデの没後20周年シンポジウム←「鈴木ショウの物語眼鏡」  

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  ここにも魔女がいる~ミヒャエル・エンデの没後20周年シンポジウム  

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「ここにも魔女がいるぞ」と僕は思った。
魔女と言うのは、シュタイナー教育とエンデ関連の著者として有名な子安美知子さん。
じつは、長野県信濃町にある「黒姫童話館」で、エンデについてのシンポジウムが開かれたのだ。
そのパネラーの一人として演壇に座ったのが子安美知子さんだった。

小柄で痩せていて、足首までのストンとした長いドレスを着ている。
短くカットした髪は白髪で、年はとっていても知的にキラリと光るその目は、
油断したらとんでもない目に会うことを教えてくれる。
子安美知子さんが、エンデの『はてしない物語』を引用するときに、
「ふぁんたあじえん」と「たあ」のところにチカラをこめて、
やや伸ばしながら発語するようすは、いかにも魔女だった。

童話館館長がのらりくらり発言するのを遮って、「いいえ、こうですよ」とキッパリ言う調子に、
「ほらほら」と思ったものだった。

僕が思っている魔女とは、ハル文庫の理事長を務めるハルさんのことだ。
老婆といえる年齢にかかっていても、そのチカラは誰もないがしろにはできない。
金を生み出すそのノウハウや経験値は特別なもので、若いものは到底かなわない。
そして、高飛車に詰め寄る男は、とんでもなくこっぴどい目に会う。
こういう女性たちが、影で世の中を動かしているのかも、と思わせる風格があるのだ。
時代が違えば女呪術師で通っていたかもしれないぞ、と僕は常々思っている。

そのハルさんと同じように、子安美知子さんにもある種特別の風格があった。
年を取ってさらにパワーをつけていく女性にはかなわないよな、と僕は思うのだ。

さて、その子安さんは、1985年にエンデと知り合う。
『朝日ジャーナル』に会見記を書くために、
ドイツでエンデにインタビューをすることになったのだ。
子安さんは、行きの飛行機の中で質問を練ったあげく、「人間とは何なのか」
「私は生まれてきて、何をすることになっているのか?」という根源的な問いをエンデにぶつける。
するとエンデは、「シュタイナーも言っているように」と前置きをして、こう答えたそうだ。

「自分探しをしようと思って自分の深層心理をぐるぐる探っても、何も見つからない。
自分を探したかったら、外の世界をすみずみまで見なさい。
外の世界を何とか変えたいと思ったら、自分自身を深く見つめなさい」


そして、内面と外面、内と外の2つの世界の往復が、両方を健康にするのだと言った。
ちょうど『はてしない物語』で、古本屋の店主コレアンダー氏がこう話しているように。

★「『絶対にファンタージエンにいけない人間もいる。』
コレアンダー氏はいった。
『いけるけれども、そのまま向こうにいきっきりになってしまう人間もいる。
それから、ファンタージエンにいって、またもどってくるものもいくらかいるんだな、
きみのようにね。
そして、そういう人たちが、両方の世界を健やかにするんだ』」

(ちなみにファンタージエンとは、ミヒャエル・エンデが
『はてしない物語』の中に作り上げた物語世界。
人々の想像するファンタジックな想念の集合体のようなものだ。
王国なので女王がいる。幼ごころの君だ。
その幼ごころの君に新しい名前を捧げることができれば、
はてしない物語は自分の物語になる。)

この内と外について、子安さんは『童話の森』(銀河書房/1991年7月発行)というムックに、
まったく別の言い方でもうすこし論を進めて書いている。

★「人間は、見えるこの世と見えない彼岸との両世界の住人だ。
太古の人間には彼岸のほうがよく見えて、ずっと現実的だった。
この世はむしろおぼろげで、夢のようにしか見えなかった。
時代がくだるにつれて人はしだいに物質を知覚しはじめ、この世に生きる意識を獲得してきた。
そしていつしか現実が逆転し、この世こそ人間の住み家だということがたしかになると、
こんどは彼岸がおぼろげになる。
ルネサンスを契機として人間は完全に物質世界を征服し、
十九世紀から二〇世紀にかけてもはや見えない世界などありえないという地点にまで
到達してしまった。
つまりはアングロイマンの思想である。

……忘れて信じられなくなった彼岸への再発見の道を、いまや人間は歩みはじめる。
しかしこんどはこの世をすてて太古にもどるという道ではない。
これまでに獲得してきた物質世界への全能力をひっさげたまま、
つまりこの世への目をしっかり見開いたまま、
見えない世界をとりもどしていく新しいプロセスが始まるのだ。
ある日のエンデは、ひょいと鉛筆をとりあげて、
紙のうえに上から下降しふたたび上昇する曲線をえがきながら、
その底辺に現代の人間が立っている姿を図示してみせた。

『見えない世界への新しいプロセスは、今世紀のうちに始まるだろう、
とシュタイナーは予告していましたよね』
──エンデとの語りあいの日々に、なんど彼とそう確認しあっただろう。
『モモ』『はてしない物語』『鏡のなかの鏡』そのほかミヒャエル・エンデの作品のひとつひとつは、
この新しいプロセスの始まりを示している。
とすると二一世紀にむかうメルヒェンの使命とは、もういうまでもなくあきらかになる。」

当時子安さん(あるいはエンデ、あるいはシュタイナー)が予告した
見えない世界への新しいプロセスは、
すでに始まっていると思う。
どんな形であれ、ファンタジーの復権は顕著だ。
いま、ちょうどその先を模索しながら、さまざまな作家たちが見えない世界を捉えようとしている。
この先、どういう世界がひろがっていくのだろうか。
興味はつきない。

エンデは、20世紀後半の殺伐として乾いた合理主義の風潮のなかで、
ファンタジックな内面の物語をつむいでいった。その意味は、本当に大きかったのだと僕は思う。

【見つけたこと】物語の世界と現実世界とは、つまりは内と外の世界。
この両方の世界を自在に行き来する能力を、人間は潜在的に持っている。

●子安さんのプロフィール
1933年、ソウルに生まれる。
東京大学教養学科ドイツ文科卒業、大学院比較文学比較文化専修修士課程修了。早稲田大学名誉教授。
1970年代、家族で西ドイツに留学し、シュタイナー教育に触れる。
その体験を描いた『ミュンヘンの小学生』が話題となり、毎日出版文化賞を受賞。
その後もシュタイナー教育に関する本を出し、ついでミヒャエル・エンデに関する著書も著した。
NPO法人「あしたの国まちづくりの会」理事。
株式会社ルドルフ・シュタイナー・モルゲンランド取締役。2012年瑞宝中綬章受勲。

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レディバードが言ったこと
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「エンデさんは偉大な語り部だわ。
65歳でガンで亡くなったのだけど、『死』はいわゆる物質的な『生』の終わりではなく、
生まれる前に属していた世界に再び入る『門』だととらえていたの。
『門』の中に入るのは『授かる』もの。
死ぬってことは、生れ落ちたときから、再び見ることは決してなかった故郷に、帰るってことよ。
だから、死を迎えるエンデさんの思いは、懐かしさと畏敬の念に満ちていた。
落ち着いて死を受け入れ、門の向こう側に行けることに喜びさえ感じる、偉大な旅立ちだったそうよ。
『門』をくぐることを恐れることはないわ。
エンデさんは門をくぐって、光に包まれ、そして物語の島の住人になったわ。
多くの島の住人が、エンデさんのもとを訪ねては、お話をきかせてもらっているの。
妖精の仲間も、よく花の香りと蜜を届けるのよ」

「ふうん。お伽噺みたいだね」
僕は何気なしにそう言ってから、しまった、と思った。

「お伽噺って、あなた」
レディバードはびっくりした顔で僕を見た。

「物語は人が生きることと同義なのよ。
そして死ぬこともまた物語。
生きる意味が物語であるように、死もまた物語につづく道筋よ。
この世界は、あなたが物事に対して、どう考えるか、思うか、感じるか…
それがすべてよ。
あなたは物語の島への案内人なのに、そのことをちゃんとわかってる!?」

そう言うと、レディバードはヤレヤレというように首を振り、僕を哀れむように見た。

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