サラ☆の物語な毎日とハル文庫

バオバブの盆栽と星の王子さま~サン=テグジュペリ←「鈴木ショウの物語眼鏡」

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  バオバブの盆栽と星の王子さま~サン=テグジュペリ

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僕はマンションのリビングの円いテーブルの前に座り、紙焼きにした写真を手に持って見ていた。
脇から「それなあに?」とレディバードが覗き込んだ。
(レディバードというのは、僕が物語の案内人としてこのメルマガを出そうというときに突如現れた、
物語の島の妖精だ。
20センチ足らずの大きさだが、よく見るととんでもなく美しい女の子の姿をしている。
でも、何と言っても向こうっ気が強く、あけすけにものを言うので、その可愛らしさも霞んでしまうのだ。
こう書いているのを読んだレディバードは、怒って天井まで高く上がり、僕をにらみつけている。
僕はかまわず、天井を見上げて、こう言う。)

「これさ、バオバブっていうんだ」
写真には、ねじれた幹の先に、根っこのような枝が広がる小さな奇妙な木が写っている。
「バオバブ? 確かビルぐらいある大きな木のはずよ」
「だから、それを盆栽にしたものなんだよ」
「マダガスカルとかアフリカに生える木を盆栽にするなんて」
と、レディバードは鼻を鳴らした。
「こないだ、銀座で《ウルトラ植物博覧会》という展覧会をやってたんだけど、そのときに撮影したんだ。
西畠清順さんという人が、世界中から集めてきた珍しい植物を展示していて、
これはそのなかのひとつだよ。
西畠さんは、幕末からつづく花と植木の卸問屋の五代目でさ、
世界中から数千種類の植物を収集しているんだって。
ひとの心に植物を植える《そら植物園》という活動を展開しているらしいよ。
で、『見ただけで涙が出た、そんな経験は、いまのところマダガスカルでバオバブの木を見たときだけだ』
とコメントしてる」
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星の王子さまはバオバブの木を排除したがっている
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「バオバブといえば、『星の王子さま』だわ」
とレディバードは得意げに言った。
もう機嫌を直して、テーブルの上におりてきている。
「そうだね。作者のサン=テグジュペリは、アフリカや南米を往復飛行する職業パイロットだった。
だから、アフリカあたりでバオバブの木を見たことがあるんだろう。
きっと、彼だってバオバブの木に、いたく感動したに違いないよ」

もっとも、星の王子さま自身は、バオバブの木を賛美しているわけじゃない。
というか、むしろ有害植物に位置づけている。
こういう話だ。
リビア砂漠に不時着したパイロットのもとに、小さな王子さまがやってくる。

★最初の晩、人の住む地から千マイルもかなたの砂の上で、僕は眠りについた。
(と本に書かれている。僕というのは、パイロットのこと)
船が沈んで、大海原のただなかをいかだで漂流している人より、もっと孤独だった。
だから、夜明けに、小さな変わった声で起こされたときには、どんなに驚いたことだろう。
聞こえてきたのは、こんな声……
「おねがい……ヒツジの絵を描いて!」

パイロットの「僕」の目の前にいたのは、輝くばかりに愛らしい姿の、不思議な雰囲気の小さな男の子。

なぜヒツジがほしいかというと、自分の星に連れ帰って、
バオバブの木がまだ小さい木のうちに食べさせたいからだという。

★「ヒツジが小さな木を食べるって、ほんとだよね?」
「じゃあ、バオバブも食べる?」

そこで僕は答える
★「バオバブは小さな木なんかじゃなくて、教会の建物みたいに巨大だから、
ゾウの群れを引きつれていったって食べきれやしない」と。
「でも大きくなる前は小さいでしょ」と王子さま。

なぜ王子さまがバオバブを小さい木のうちに、
ヒツジに食べさせてしまいたがっているのかというと、
小さい王子さまの小さい星には、土のなかにたくさんの種がある。
その種には、いい種と悪い種があって、それぞれが地面から芽吹くのだ。
よい植物、ラディッシュやバラの茎なら、のびるにまかしておいてもいい。
でもバオバブは見つけたら直ちに抜かなくてはならない。  
抜くのが遅くなると、二度と取りのぞけなくなる。そして星全体をおおう。
根が星を貫通する。
星はとても小さいからバオバブが増えすぎると、ついには破裂してしまう。
小さい木のうちにヒツジに食べてさせてしまいたい。
だからヒツジの絵を描いてほしい……というわけだ。
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星の王子さまが語る男と女の物語
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再読してわかったのだが、『星の王子さま』に出てくるバラの話は、恋人の話なのだ。
『星の王子さま』は大人になって読むと、大人の物語になる。
すぐれた子どもの本には、多かれ少なかれ、そういう要素があるんじゃないだろうか?
(ここでレディバードが横槍を入れる。
「女の気持ちがわからない、バカな男の話よ」
やれやれ、と僕は思う。世界に名だたる文学者のサン=テグジュペリの分身を、バカ男呼ばわり。
あのいたいけない、輝くような王子さまを、バカ男っていうのかい?
「あの子はね、私の昔の恋人よ」とレディバードは言う。
僕は「いいから、もう」と冷蔵庫から黄桃のコンポートの皿を取り出して、レディバードを黙らせた。
果物のシロップ煮は、レディバードの大好物なのだ。)

さて、王子さまはこう言う。
★「ぼくはあのころ、なんにもわかっていなかった!
ことばじゃなくて、してくれたことで、あの花を見るべきだった。
あの花はぼくをいい香りでつつんでくれたし、ぼくの星を明るくしてくれたんだ。
ぼくは、逃げ出したりしちゃいけなかった!
あれこれ言うかげには愛情があったことを、見ぬくべきだった。
花って、ほんとに矛盾してるんだね!
でもぼくはまだ、あまりに子どもで、あの花を愛することができなかった」

星を出て行くとき、王子さまはバラの花にさよならを言った。
★「さようなら」もう一度言った。
花は咳をした。でも風邪のせいではなかった。
「わたし、ばかだった」とうとう花が言った。「ごめんなさい。幸せになってね」
ひとことも責められなかったので、王子さまは驚いた。
そして、その場に立ちつくした。

「そうよ、わたし、あなたを愛してる」花が言った。「知らなかったでしょう、あなた。
わたしのせいね。どうでもいいけど。
でも、あなたもわたしと同じくらい、ばかだった。幸せになってね……」
「さあ、いつまでもぐずぐずしてないで。いらいらするから。
行くって決めたのなら、もう行って」
でもそれは、泣くのを王子さまに見られたくなかったからなのだ。

いくつもの星をめぐったあと、王子さまは地球にやってくる。
最初に出会ったのはヘビだ。
ヘビは「ここには、なにをしにきた?」と尋ねる。
王子さまは言う。
「ぼく、花とうまくいかなくなっちゃったんだ」
「ああ!」とヘビはうなづいた。

そのあと王子さまはバラ園を訪れる。
王子さまは暗い気持ちで胸をしめつけられた。
あの花は、自分のような花はこの世に一輪しかないと話していたのだ。
ところがいま目の前に、そっくりの花が五千もあるではないか。
それもたったひとつの庭園のなかに。

それから王子さまはキツネに出会った。
キツネはこう言った。
「おねがい……なつかせて!」
そして「なつかせたもの、絆を結んだものしか、ほんとうに知ることはできないよ」
「……きみも友だちがほしいなら、ぼくをなつかせて!」

なついたキツネと別れるとき、キツネは泣きそうになりながらこう言った。
「もう一度、バラたちに会いに行ってごらん。
きみのバラが、この世に一輪だけだってことがわかるから。
それからぼくに、さよならを言いにきて。
そうしたらきみへの贈り物に、秘密をひとつ、教えてあげよう」

王子さまはキツネの言うように、バラたちに会いに行った。
★「あれ、きみたちは、ぼくのバラにはぜんぜん似てないや。
きみたちはまだ、いてもいなくてもおんなじだ」
「誰も、きみたちをなつかせたことはなかったし、きみたちも、誰もなつかせたことがないんだ。
はじめて会ったときの、キツネみたいだ。
最初はほかの十万のキツネと同じ、ただのキツネだったもの。
でも、それからぼくたちは友だちになって、
今ではこの世で一匹だけの、かけがえのないキツネなんだ」
「きみたちのためには死ねない。
もちろんぼくのバラだって、通りすがりの人が見れば、きみたちと同じだと思うだろう。
でもあのバラだけ、彼女だけが、きみたちぜんぶよりもたいせつだ。
ぼくが水をやったのは、あのバラだもの。ガラスのおおいをかけてやったのも、あのバラだもの。
ついたてで守ってやったのも、
毛虫を(蝶々になるのを待つために二、三匹残した以外)やっつけてやったのも、
文句を言ったり自慢したり、ときどきは黙りこんだりするのにまで、耳をかたむけてやったのも。
だって彼女は、ぼくのバラだもの」

王子さまはさようならを言うために、狐のところに戻った。
キツネは言う。
★「じゃあ、秘密を教えるよ。とてもかんたんなことだ。
ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。
いちばんたいせつなことは、目にみえない」
「きみのバラをかけがえのないものにしたのは、きみが、バラのために費やした時間だったんだ」
「人間たちは、こういう真理を忘れてしまった」
「でも、きみは忘れちゃいけない。きみは、なつかせたもの、絆を結んだものには、
永遠に責任を持つんだ。
きみは、きみのバラに、責任がある……」
「ぼくは、ぼくのバラに、責任がある……」忘れないでいるために、王子さまはくり返した。

王子さまは砂漠の夜空を見上げながら、こう言った。
★「星々が美しいのは、ここからは見えない花が、どこかで一輪咲いてるからだね……」

王子さまにとって、空の星は、ただの景色ではない。
五億もの星のなかの一つに、愛する一輪のバラの花があるから、
星という星ぜんぶに、花が咲いているように見える。
星空は心がなごむ美しいものとなる。
目には見えないけれど、あの空のどこかに愛するものが存在しているから。

「大切なことは、目に見えない」というのは、愛とか希望とか、絆とか、時間とか、
そういう抽象的なもののことだろうと思う。
(あとは、どんなものがあげられるだろう?)
目に見えている景色、事象の奥にある秘密を、僕はいつも注意して見ることにしよう。
大事なもの、大事なことをついつい見逃してしまわないように。

【見つけたこと】よい物語は、人生の道案内となる哲学書でもある。

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レディバードの言ったこと
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「本は語り手と読み手で支えあっていくものよね。いくら素敵な物語を語っても、
たとえば受け取り手が食いしん坊で食べることしか考えていなければ、豚に真珠だもの」

「物語の作者の才能も問われるけど、読み手の才能っていうのもあるかもしれないね。
作者の物語の言外の意味を汲み取るのは、読者の作業なんだから」と僕。

「ふうん」とレディバードはしたり顔で頷く。
「自分の作品がどんな読み方をされてもいい。
その人に寄り添う本であればいい、と言った作家もいたわよ。
それよりも、私の存在って、あなたにとっては、豚に真珠よね」

「なんで?」というのは、間抜けな質問だったかもしれない。

「私の美しさなんてどうでもいいっていうようなこと、さっき言ってたわよね。
あなたって、審美眼がお粗末と言うか、女性の扱い方がなってないというか、
もう最低だわよ。
ただの本好きの坊やだわ」
レディバードはツンとすまして僕を見た。

「ごめんよ」と僕は謝った。
なんだか謝らなくてはいけないような気がしたからだ。

バラの花をもてあました星の王子様の気持ちが、わかった気がするな。

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