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神話学者が説く「幸せになる方法」とは?
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「何を読んでるの」
金木犀の小枝とともにテーブルの上に出現したレディバードが、そう聞いた。
突然目の前に出現するのは、もう慣れっこになっているから、それほど驚きはしない。
とはいえ、しばらくぶりでその姿を見ると、この世界にはズレがあるのではないかと思えて仕方がない。
そのズレとは、自分たちが生活しているこの世界と異世界との境目だ。
普通の人はまるでそんなものがあるなど想像もしていないズレだ。
僕ひとりが体験しているなんてありっこない。
地球上には70億もの人間がいるのだ。
僕がこのズレを感じているということは、ずいぶんと数多くの人が、
同じようなズレの感覚を体験しているに違いない…。
ともかく、僕は本を読んでいた。
ハヤカワ書房から出ているジョーゼフ・キャンベルとビル・モイヤーズとの対談本『神話の力』だ。
テレビ番組の録画テープを書籍化したもの。
番組の収録は、ジョージ・ルーカス(映画『スター・ウォーズ』を作った人)のスカイウォーカー・ランチと、
ニューヨーク自然史博物館で行われたそうだ。
「ジョーゼフ・キャンベルってだあれ?」とレディバードが聞いてきた。
「アメリカの神話学者だよ。
1904年に生まれ、1987年に83歳で亡くなった《偉大な知の導き手》さ」
例えば、ジョージ・ルーカスは、大学で神話学者ジョーゼフ・キャンベルの授業を受け、
キャンベルが解く英雄伝説の成り立ちに深い感銘を受けた。
やがて、自らの映画製作会社ルーカスフィルムを設立した彼は、
1977年から1983年にかけて、キャンベルに学んだ英雄伝説の枠組みにのっとって、
SF映画を製作した。
世界中を興奮の渦に巻き込んだ『スター・ウォーズ』3部作だ。
「へー、そのキャンベルという人、何か面白いことを書いてるの?」
「どのページをめくっても、面白い、刺激的なことばかりさ。
でも、早速生きるヒントになりそうなのは、幸せになれる方法について語っているところかな」
★キャンベルは言っている。
「私たちはみな、この一時の生において私たちの人間性を最もよく養い育て、
開花させてくれるものはなにかを知り、それに自己を捧げなくてはなりません」
(…僕たちは「世を救うという華々しい英雄」ではないにしても、
英雄たちと同じように、自分の内部における精神的、心理的な旅をしなければならない。)
★具体的にはどうするのか?
「私が一般論として学生達に言うのは、『自分の至福を追求しなさい』ということです。
自分にとっての無上の喜びを見つけ、恐れずにそれについて行くことです」
「もしあなたのしている仕事が、好きで選んだ仕事ならば、それが至福です。
しかし、あなたがある仕事をしたいのに『駄目だ、とてもできっこない」と思っているとしたら、
それはあなたを閉じ込めている龍ですよ。
『どうせ、作家になんかなれるわけがない』とか、
『いやいや、だれそれがやっていることは、私にはとてもできやしない』とかいうのはね」
(…英雄は龍を退治する。僕たちも《自我》という自分の中に巣食う龍を退治しなくてはいけない。)
★で、対談相手のモイヤーズが「私たちはプロメテウスやイエスのような英雄と違って、
世界を救う旅路ではなく、自分を救う旅に出かけるんですね」と言うと、キャンベルはこう答える。
「しかし、そうすることであなたは世界を救うことになります。
いきいきとした人間が世界に生気を与える。
これには疑う余地はありません」
「必要なのは世界に生命をもたらすこと、そのためのただひとつの道は、
自分自身にとっての生命のありかを見つけ、自分がいきいきと生きることです」
★そして、さらにこう語る。
「自分の幸福について知ろうと思ったら、心を、自分が最も幸福を感じた時期に向けることです。
ほんとうに幸福だったとき。
──ただ興奮したりわくわくしたりではなく、深い幸せを感じたとき。
そのためには、自己分析が少し必要ですね。
なにが自分を幸福にしたのだろう、と考えてみる。
そしてだれがなんと言おうと、それから離れないことです。
私が『あなたの至福を追求しなさい』と言う意味はそれなんです」
そういえば、同じようなことを、サン=テグジュペリも『人間の土地』に書いていたっけ。
「たとえ、どんなにそれが小さかろうと、ぼくらが、自分たちの役割を認識したとき、
はじめてぼくらは、幸福になりうる、
そのときはじめて、ぼくらは平和に生き、平和に死ぬことができる。
なぜかというに、生命に意味を与えるものは、また死にも意味を与えるはずだから」
「あなたは何が言いたいわけ?」と、レディバードは腕組みをして、ぼくを見上げながらそういった。
「だからさ、幸せになりたいなら、いい人生を生きたいと思うなら、
自分の役割とか、自分が至福に感じる物事を追い求めようよ、ってことだよ」
「それが見つからない人はどうすればいいの?」
「どんな方法でもいいから、模索するべきなんじゃないかなぁ、自分の人生なんだもの。
自分にとって何が至福なのかは、自分にしかわからない。
大それたことじゃなくていいのだと思う。
とにかく、まず自分にとって楽しいことは…って考えてみるといいんじゃないか。
きみはどうなの、レディバード?」
「ふん、それと物語とどういう関係があるっていうの」
「英雄物語はその人その人のなかにある、って言いたいんだよ。
誰でもが英雄になれると、ジョーゼフ・キャンベルは言ってる。
つまりそれは、物語の主人公になれるってこと」
「あなたの言ってることは、わかりづらいわね」と言うと
レディバードは、僕の部屋の天井近くを飛びまわった。
考えているのだ。
そうすると集中できるんだそうだ。
それから宙返りしてストンとテーブルの上に降り立つと、このように言った。
「わたしの役割はね、あなたにちゃんと物語の島への案内を書いてもらうこと。
この役割は私に与えられた仕事です。
物語の島に貢献することは、これまでに語られた物語、これから語られるであろう物語を守ることになるの。
それは、とりもなおさず、私の種族や愛するものたちを守ることになるわ。
それは、人間の子ども達や、物語を欲している全ての人にすてきな物語を届ける
という遠大な事業に参画することでもあるわ。
もちろん、私が活動し出没しているのは、あなたのところだけではないのよ」
とニッと笑う。
「だから…」と続ける。
それから腰に手を当て、キッとした表情を浮かべ、怖い顔をして、こう言い放った。
「仕事をしなさい!
原稿を書きなさい!
お金にならないからと、後回しにしないで、さっさと仕事するのっ」
というわけで、レディバードに怒られ、見張られながら、ぼくは慌ててこの原稿を書いている。
金木犀の花の、なんともいえない、いい香りが部屋を満たしている。
秋になったんだな…、と思いつつ。
【見つけたこと】英雄は旅立ち、さまざまな困難に勝利して、帰還する。
僕たちも、自分の至福を求めて旅立つことが求められている。
物語はそこから生まれるのだ。
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