☆マルコはこんな少年です
「勘のいい人間だったら、この少年の顔かたちからにじみ出ている、静かな雰囲気に気づいて、はっとしたかもしれない」
「マルコはごく小さいときから、とくべつな訓練を受けていた。
知らない人と話さないというだけではなかった。
マルコは、表情や声音を思いのままにコントロールできるようになっていた。
とくに、いつも冷静でいること、驚きの表情を不用意に他人に見せないこと」
「少年はふと顔を上げてマルコに気づき、『おい、そこのやつ、断りもせずに立ち聞きしやがって!』と言うなり、足もとの石を拾って投げつけた。
石はマルコの肩に当たったが、たいして痛くはなかった。
しかし、なんのまえぶれもなしに石をぶつけられるというのは、いい気持ちではない。
ほかにもふたりばかりが、かがんで石を拾った。
ますます気に入らなかった。
マルコは少年たちの群れにつかつかと割って入り、背骨のまがった少年のまえにたった。
『どうして石なんか投げたんだい?』と、マルコはきいた。
深い響きのこもる、落ち着いた声だった。
マルコは背が高く、がっしりとした体格で、大勢でかかっても、たやすくやっつけられそうになかった。
しかしその一団の少年たちが押し黙って見つめたのは、マルコが強そうだからではなかった。
それは内からあふれる何かによっていた。
石をぶつけられて腹を立て、かっとなったり、侮辱を受けたように感じたりしているのではなく、『いったい、なんだっていきなり?』という、まったくの好奇心から問いかけている──少年たちはそう感じていた」
「マルコが問いかけに応じたこと、少年らしくなんの気取りもなく、しかし落ち着いた声で答えたようす、とくに、相手が耳をかたむけることを信じている、その態度に、少年たちはこの侵入者をむかえ入れる気持ちになっていた。
男の子にとって、第一印象はすべてだ。
生まれながらのリーダーは、見ればわかる」
「物心ついて以来、自分をおさえる訓練を受けてきたマルコは、驚きをぐっとおさえた」
「『おまえがイヴォール王子だったら、息子に何て話す?』
『ぼくだったら、まずサマヴィアについてよく学べって、息子に言って聞かせるだろう。
国王がしなければならないのはどういうことなのか、知ってもらいたいしね。
法律や、ほかの国々についての知識も必要だろうし。
よけいなことは口にしないってことも大切じゃないだろうか。
ぼくだったら息子に、戦いにのぞむ将軍のように、自分をおさえることを学ばせたい。
やるつもりでなかったことを、うっかりやってしまったり、あとで恥ずかしく思うようなことをしたりしないようにね』」
「マルコはごく小さな子どものころから、自分をコントロールすることを知っており、つねに礼儀正しく、優雅に、しかも自然にふるまうことができた。
まだほんの少年でありながら、目だって姿勢がよく、頭をしゃんと上げていながら、気どりとか、はったりをまったく感じさせず、少年にありがちなぎこちなさもなかった」
「マルコも父親と同様、人が言ってほしくないことを読みとる勘のようなものをそなえていた」
「『心のうちに荒れくるう感情を爆発させることは、恐水病にかかった動物を解き放つことと同じで、危険だし、およそばかげているってことなのさ。
自分がまずめちゃめちゃになるんだから』」
「ラットはマルコの落ち着いた態度にいまさらのように感嘆していた。
何も言わず、何も問わず、まわりのようすをそわそわとうかがうこともせず、他人の注目をまったく期待していない、その物腰を見て、ラットは、そうした態度が、その若さにもかかわらず、マルコをひとかどの人間としてきわだたせているのだと思わずにはいられなかった」
「『幼い子どものときから、ぼくはよけいなことを言わないように教えられてきました。
ぼくは大人ではありませんから、戦うことも、つかえることもできません。
重要な問題について、議論することもできません。
ぼくにできるのは沈黙を守ることだけです。
必要なことを記憶するように訓練すること、呼ばれたときに備えて待機すること。
ぼくにできるには、それだけです』」
「ロリスタン父子にだけ可能な、あくまでも静かな姿勢で、マルコはそこにすっくと立っていた。
どうしてあんなふうに、じっと立っていられるんだろう?
何が起ころうと、すべてをあるがままに受け止めようという心がまえで、マルコはいとも自然な姿勢で立っていた。
自分はほんの少年にすぎないが、父の代理としてここに立っているのだ──そう思いさざめて頭を上げ、ふしぎなくらい、落ち着きを保っているのだ」
いかがですか?
岩波少年文庫の『消えた王子』から、マルコの人となりがわかる部分を抜粋しました。
これだけでも、人としてどうあるべきかを考える材料となるのではないでしょうか。
次は、マルコが受けた興味深い教育について、抜粋したいと思います。
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