BBC NEWS JAPANより https://www.bbc.com/japanese/53899492
「米ウィスコンシン州ケノーシャで23日夕、警官が黒人男性を背後から複数回銃撃する事件があり、市民数百人による抗議デモが続いている。州知事は24日、「治安」維持のために州兵を動員した。警官に撃たれたのは、ジェイコブ・ブレイク氏(29)。」
米国でまたもや黒人男性が警官に銃撃された。詳細はリンクを見てもらいたい。
テニスの大坂なおみさんが抗議として試合を欠場するという。NBAやMLBもボイコットの動きが出ている。
大坂なおみさんが言っていたが、テニスするよりも黒人女性として重要なことがあるとTwitterで言及した。TBSはこれを取り上げ「勇気のある行為」だと論評を組み込んだ。「勇気のある行為」との評価に違和感を感じる。
日本のアスリートにこのような政治姿勢は感じられない。スポーツが社会的行為であること、社会がスポーツを許容し、ましてやプロスポーツとしてスポーツを職業とすることの社会性を誰が意識しているのだろうか。日本では有名だと自惚れるだけである。
スポーツ選手はスポーツ選手である前に、社会の一員であることの意味を問うことが当然必要である。日本では、幸運なことにという言い方をすることもあるが、間違いなく不幸なことに、社会性の意識が欠如している。彼らが見ているのは、業界内力学だけなのであろう。ゆえに、たまにパワハラ問題が噴出するわけだ。
無政治性こそ、愚行としての政治性である。先ほどの「勇気のある行為」との評価は、このような無政治性を土台として発せられている。今米国で「勇気のある行為」と評価されれば、そのままの意味を持つであろう。
もし日本のアスリートに大坂なおみさんの行為に対する感想でも聞けば、「勇気のある行為」「立派だと思う」「尊敬します」「私も抗議する気持ちです」などと返ってくるだろう。しかし、その言葉の土台は無政治性に過ぎない事を指摘しておく。
無知である事。それを自覚しないことは罪になると思う。無政治性とはそういうところに生じる。