それは一本の電話(でんわ)で始まった。電話の相手(あいて)はお袋(ふくろ)で、早口(はやくち)でまくし立てる。僕(ぼく)はその電話で起こされたので、寝惚(ねぼ)けながら生返事(なまへんじ)で聞き流す。最後(さいご)にお袋は、「じゃあ頼(たの)んだよ。よろしくね」と言って電話を切った。僕はベッドに起き上がり、今のは何だったのか、しばらくボーッと考えた。
「誰(だれ)かが…、どっかへ行くって…。それで、その…」
僕は一つの単語(たんご)が頭の中で大きく膨(ふく)らんで思わず叫(さけ)んだ。「姉(ねえ)さんが!」
あの、爆弾(ばくだん)女が…、ここへ来る。僕はベッドから飛び出すと、鞄(かばん)をつかんで玄関(げんかん)へ走った。あやうく寝巻(ねまき)姿で会社へ行くところだった。僕は部屋へ戻(もど)ると慌(あわ)てて着替えをすませ、ネクタイをもどかしくしめる。その時だ。玄関のチャイムがピンポーンと鳴(な)った。僕は思わず唾(つば)をのみ込んだ。そして心の中で、「誰もいません。留守(るす)ですよ」と呟(つぶや)いた。
玄関の方から姉(あね)の声が、「あたし。お姉さんですよ。いるんでしょ。開けなさいよ。開けないと、どういうことになるか、分かってるんでしょうね」
姉は何をするか分からない。姉には一般常識(いっぱんじょうしき)なんて通(つう)じないのだ。僕は、恐(おそ)る恐る玄関の鍵(かぎ)をはずし扉(とびら)を開ける。いきなり姉の平手(ひらて)が僕の頭へ飛んで来た。
「もう、遅(おそ)いんだよ。しばらく泊(と)まるから、よろしくね」
姉はそう言うと、ずかずかと部屋へ上がり込み、僕のベッドへ潜(もぐ)り込んだ。
<つぶやき>自由奔放(ほんぽう)に生きるのも、大変なのかもしれません。嵐(あらし)が去るのを待ちましょ。
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