祖父(そふ)の臨終(りんじゅう)に立ち合うことになった孫娘(まごむすめ)。病院(びょういん)のベッドで祖父が目を覚ますと、
「おじいちゃん。もうすぐみんな…、父さんも母さんも、隆(たかし)も来るからね。しっかりして」
祖父は孫娘の顔を見ると、かすれた声で息(いき)も絶(た)え絶(だ)えにささやいた。
「ああ…、好子(よしこ)さん。今度は…わしが…君(きみ)を見つける番(ばん)だな…。待っててくれ、すぐに…」
好子とは、祖母(そぼ)の名前(なまえ)だ。以前(いぜん)、父親から<若い頃(ころ)のばあちゃんにそっくりになってきたな>と、言われたことがある。きっと祖母と間違(まちが)えてるんだわ。と、孫娘は思った。
祖父は家族(かぞく)の到着(とうちゃく)を待っていたかのように、みんなに看取(みと)られて息を引き取った。
――それから一年後。孫娘の前に素敵(すてき)な男性が現れた。彼女が恋(こい)に落ちるのに、それほど時間はかからなかった。彼女から、会ってほしい人がいると聞かされたとき、両親(りょうしん)の驚(おどろ)きは大変(たいへん)なものだった。今まで男っ気(け)がなかったので、両親はほっと胸(むね)をなで下ろした。
二人はほどなく結婚(けっこん)した。両親はまだ早いと反対(はんたい)したが、彼女の決意(けつい)は変わらなかった。彼女の実家(じっか)からそれほど遠くないアパートで、二人は暮(く)らすことになった。
ある朝のこと…。彼女が目を覚ますと、隣(となり)で寝ている彼の寝言(ねごと)が聞こえた。
「よしこ…さん。やっと…あえたね……」
彼女は思わず飛(と)び起きた。それで、彼の方も目を覚ました。彼女は疑(うたが)いの目で言った。「よしこって、誰(だれ)なの? 誰と会ってるのよ」
彼は、彼女が何を言ってるのか分からず、きょとんとしているだけだった。
<つぶやき>寝言ですから。彼に責任(せきにん)は…。それにしても、彼が祖父の生まれ変わりなの?
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帰り道。いきなり見ず知らずの女子高生が話しかけてきた。彼女は、僕(ぼく)のことを先生(せんせい)と呼んで、人懐(ひとなつ)っこくすり寄(よ)って来る。僕が人違(ひとちが)いだと言っても、まったく意(い)に介(かい)さない。
「もう。学校(がっこう)の外(そと)だからって、先生は先生でしょ。一緒(いっしょ)に写(しゃ)メしよっ」
彼女は持っているスマホで、ツーショット写真(しゃしん)を何枚も撮(と)って、
「ほら、これはもう恋人同士(こいびとどうし)だよね。みんなにも送(おく)ってあげようかなぁ」
僕は、その写真を見て愕然(がくぜん)とした。そこに写(うつ)っていたのは僕じゃない。まったく違う顔をした男だった。これは、どういうことなんだ?
僕はその娘(こ)と別れると、近くの公衆(こうしゅう)トイレに駆(か)け込んだ。そして、トイレの鏡(かがみ)を見た。そこに写っていたのは、確(たし)かに自分(じぶん)の顔だ。僕はほっと胸(むね)をなで下ろした。
トイレを出ると、また声をかけられた。今度は、強面(こわもて)のお兄(にい)さん! 僕に駆け寄ると、
「兄貴(あにき)、こんなとこで何してるんすか? 親分(おやぶん)が、捜(さが)してましたぜ」
僕は、思わず逃げ出した。必死(ひっし)に走って、後(うしろ)を振(ふ)り返る。さっきの男は追(お)いかけては来ないようだ。僕は息(いき)を整(ととの)えながら、また歩き出した。いったい何が起(お)こっているのか…。みんな、僕のことを他(ほか)の人と間違(まちが)えるなんて。どうなってるんだよ。
僕の前に、二人の警官(けいかん)が立っていた。僕の顔を見て、何かを話し合っている。僕は、思わず後(あと)ずさりした。警官たちは、それを見て僕に向(む)かって走り出した。
<つぶやき>これは、相手(あいて)の会いたい人の顔に見えてしまう現象(げんしょう)なのかもしれませんね。
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人通(ひとどお)りの少なくなった繁華街(はんかがい)に、先(さき)に帰ったはずのアキの姿(すがた)があった。彼女は何をするでもなく、通りをぶらぶらと歩いている。どこへ行こうとしているのか?
――薄暗(うすぐら)い路地(ろじ)から男が現れた。人目(ひとめ)を気にしながらアキの背後(はいご)へ回ると、アキの口を押(お)さえて路地へ連(つ)れ込んだ。そこには別の男達がいて、もがくアキの足をつかんで持ち上げる。そして、近くに停(と)めてあったワゴン車へ押し込めようとした。
その時だ。男の後(うしろ)からえり首(くび)をつかむ者(もの)がいた。男たちを次々(つぎつぎ)になぎ倒(たお)すと、アキを腕(うで)の中へ抱(かか)え込んだ。アキが目をやると、そこに柊(ひいらぎ)あずみがいた。あずみは、
「大丈夫(だいじょうぶ)? もう、こんなとこで何してるのよ。私から離(はな)れないでね」
あずみはアキを後にやると、男達と対峙(たいじ)した。男達は互(たが)いに顔を見合わせて、不敵(ふてき)な笑(え)みを浮(う)かべて近づいて来る。あずみは能力(ちから)を使おうと手をかざした。その時、目の前にエリスが姿を現した。あずみの腕をつかんでひねろうとする。あずみはそれをかわすと、エリスに一撃(いちげき)を与(あた)えた。エリスはあずみから離れると、男達に言った。
「何してるのよ。小娘(こむすめ)ひとり捕(つか)まえられないなんて」
エリスはナイフを出すと、「少しは歯応(はごた)えがありそうね。楽(たの)しませてよ」
エリスとあずみの戦(たたか)いが始まった。男達はその隙(すき)にアキを捕まえようと走った。アキは逃(に)げようとするが、恐怖(きょうふ)のためか身体(からだ)が思うように動かなかった。
<つぶやき>ちゃんと訓練(くんれん)してないから、こんなことになるのよ。でも、どうなるのか…。
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彼は出社(しゅっしゃ)すると自分(じぶん)のデスクに着いた。さて、仕事(しごと)に取りかかろうとしたとき、どういうわけか急に眠気(ねむけ)が襲(おそ)ってきた。彼は眠気を吹(ふ)き飛ばそうと、コーヒーを飲んでみたり、身体(からだ)を動かしてもみた。しかし、それでも眠気がさめない。
何でこんなに眠たいのか…。彼は考えてみた。昨夜(ゆうべ)は遅(おそ)くまで起きていたわけでもないし、毎日(まいにち)ぐっすり眠っているはずだ。妻(つま)に言わせれば、<よくそんなに眠れるわね>と嫌味(いやみ)を言われるほどだ。それなのに、何で今日はこんなに眠たいのか?
会社で居眠(いねむ)りをするなんて、これはあり得(え)ないことだ。そんなところを上司(じょうし)に見つかったら、査定(さてい)にどれだけ影響(えいきょう)するか分からない。彼は必死(ひっし)になっていた。せめて、昼休(ひるやす)みまでは何とか起(お)きていないと――。
どうやら彼は、いつの間(ま)にか眠ってしまったようだ。時計(とけい)を見ると、もう夕方(ゆうがた)になっている。周(まわ)りを見回すと、他の社員(しゃいん)はいつものように働(はたら)いていた。彼は思った。
どうして、誰(だれ)も起こしてくれなかったんだ?
目の前にあるパソコンのモニターには、いくつも付箋(ふせん)が貼(は)りつけてあった。彼はハッとした。そういえば、午後(ごご)から大事(だいじ)な会議(かいぎ)の予定(よてい)が入っていたはずだ。彼は立ち上がると、必要(ひつよう)な資料(しりょう)をかかえて会議室へ向かった。だが、会議室にはもう誰もいなかった。どうして、誰も彼を呼(よ)びに行かなかったのか? まさか、彼がいないことに気づかなかった?
<つぶやき>これは、何かの陰謀(いんぼう)なのかも知れませんね。彼を会議から排除(はいじょ)しようと…。
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喫茶店(きっさてん)で、珈琲(コーヒー)を飲みならが時間を気にしている男がいた。そこへ、慌(あわ)ててやって来た別の男。どうやら、待ち合わせに遅(おく)れたようだ。席(せき)に着くなり遅れた男が言った。
「わるいな。すっかり約束(やくそく)を忘(わす)れてたんだ。ずいぶん待(ま)たせてしまって…」
「かまわないさ。こっちは暇(ひま)を持て余(あま)してるんだから。お前の方は忙(いそが)しそうだな」
「まあなぁ。やることが多すぎて…。どうでもいいようなことは頭から飛(と)んでしまうんだ」
「それはすまなかったなぁ。どうでもいいことに付き合わせて…」
「皮肉(ひにく)を言うなよ。ここは、俺(おれ)がおごるから…。で、何か話しでもあるのか?」
「別にたいしたことじゃないんだ。久(ひさ)しぶりにこっちへ来たんで、お前の顔でも見とこうと思ってなぁ。元気(げんき)そうで安心(あんしん)したよ」
「それは、どうも。お前も相変(あいか)わらずか? 仕事(しごと)は、どうなんだ?」
「まぁ、ぼちぼちさ。お前…、同期(どうき)だった斉藤(さいとう)のこと、覚(おぼ)えてるか?」
「ああ、何年か一緒(いっしょ)だったからなぁ。確(たし)か、名古屋(なごや)に転勤(てんきん)になったって聞いたけど…」
「あいつ、先月、亡(な)くなったよ。心筋梗塞(しんきんこうそく)だったらしい」
「ウソだろ…。あんな元気だったヤツが…。信(しん)じられないなぁ」
「働(はたら)き過(す)ぎだったんじゃないのかなぁ。それが原因(げんいん)で…。お前も気をつけろよ」
「ああ、そうだな。でも、分かってるんだけど、こればっかりは――」
<つぶやき>人生(じんせい)でいちばん大切(たいせつ)なもの、何ですか? いつも心の片隅(かたすみ)においておこう。
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