夜半、枕元を照らし出す不思議な明るさに目が覚めた。夜明けの色とは違う銀の光をいぶかしく思いカーテンを開けると、ミッドナイトブルーの空に木立が影絵のように浮き上がり、枝の間に満月が冴え冴えと浮かんでいる。こんなにも光り輝く月あかりを見たのは初めてだった。
太陽は、家々に迎えられるのは当然、といわんばかりの自信に満ちた金色の帯を勢いよく窓に射し込む。それに比べ、温もりを携えない蒼く透きとおった月の光は、時に冷たく妖しいと疎んじられ、時に神秘的な美しさを讃えられるが、おずおずと戸惑いながら窓辺にゆらめく様はどこか恥ずかしげにみえる。
月は日々姿形を変えては、はかなく湖上をうつろい、すがすがしく山あいに佇み、銀の雫となって心の奥深い襞にそっと触れる。すべての音を吸い込んでしまいそうな穏やかな静謐は、幸せに満ちた者より、世の流れに取り残された不運を嘆く者に優しい。
「私だって陽の光のご機嫌に翻弄されているのですよ。それに陽が何日も見えなければ皆大騒ぎするのに、私なぞ何日姿を見せなくても、誰も気にしたりなんかしません。でも、あなたが私に気づいてくれたように、きっといつか誰かがあなたに気づいてくれますよ」
月下に音を奏で、詩や物語を綴った人々は、漆黒の闇をひそやかに漂う銀糸のヴェールと戯れながら月とみつめ合い、こんなささやきを交わしたのかもしれない。それは自身の内なる声との語り合いでもあっただろう。
夜の色が残されていた地方ですら派手なイルミネーションがもてはやされる今日では、このような情景を想像することは難しい。人々は月あかりから眼をそらし、自身の心に背を向けて、あだ花のように華やかなだけの人工的な輝きに刹那的な高揚を分かち合う。
しかしその輝きが増せば増すほど、人と人との温もりが失われ、心の内が荒涼としていくような気がする。
イルミネーションは空に月や星の輝きを失った殺伐とした都市を明るく暖かい雰囲気にする、という考え方もあるが、その画一的なきらめきに惑わされ、人はいつしか天空の美しい輝きを忘れ、自身と語り合うことも忘れ去ってしまうように思えてならない。
こんな不安をよそに、月は点滅を繰り返すイルミネーションを静かに微笑んで眺めながら、いつか人々が再び自分の存在に気づいてくれるのを、気長に待っているのかもしれない。
とりとめのない考えを巡らせているうちに、月が傾いたのか、いつしか窓辺の明るさが消え、わずかにうとうとした、と思ったら、月の憂いなどまるで頓着しない陽気な朝日に起こされた。
きょうも一日が始まる。私は昨夜の月あかりをいつまで心に留めておけるだろうか。
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