松山鏡
村中捜しても鏡というものがないひなびた松山村に、
正直正助という男が住んでいた。とても親孝行な男で、両親が
亡くなってから十八年もの間、墓参りをかかしたことがない。
その評判が領主に届き、ごほうびがもらえることになった。
「何か望みはないか」
と領主が尋ねると、正助は十八年前に死んだ父の顔を、
一目でいいからもう一度見たいという。
思案した領主は名主に、
「正助は父親に似ておるか」と尋ねた。
「瓜二つでございます」
そこで領主が取りだしたのが、国の宝にしてある鏡を入れた箱。
箱のふたをあけ、正助に中を見るようにと言った。中の鏡には、
当然、正助の顔が映る。鏡というものを知らない正助はびっくり仰天。
自分の顔を死んだ父親だと信じこみ、「会いたかった」と泣きくずれてしまった。
領主は満足げにうなずき、他人には決して見せないようにと申しつけて、
鏡の入った箱をほうびとして与えた。
鏡をもらった正助は言いつけどおり他人に見られぬよう、納屋の古いつづらに
鏡の箱を隠し、毎朝、毎晩、「とっつぁま、いってめえります」「ただいま
帰りました」。
不思議に思った女房のお光が、正助の留守に納屋へいき、古いつづらの
ふたをとって鏡に映った自分の顔を見た。
もちろんお光も鏡なんか見たことがない。てっきり正助が箱の中に女を
かこっていたと思い、鏡に向かってののしりはじめた。
「他人の亭主をとる悪い女め、タヌキみたいな顔して」
などとわめくがいっこうに反応がない。馬鹿にされたと泣くと、相手も泣く。
それを見てまた腹が立つ。
そのうち正助が帰ってきて、夫婦ゲンカが始まった。
「つづらの女はなんだーっ」
くんずほぐれつの大ゲンカ。ちょうど家の前を通りかかった尼さんが、
これを聞きつけて仲裁に入った。
「黙ってちゃわからねえ。話をしなせえ。うん、うん、女をつづらの中へ、うん、うん」
父親だという正助をわけ知り顔でなだめ、
「よし、おらがその女に会う。このつづらか」
尼さんもやっぱり鏡を見るのは初めて。
「お光よ、正さんよ、ケンカせんがええよ。中の女はきまりが悪いって坊主になった」
立川志の輔 古典落語100席引用
おとんでもおかんがします。さっぶぅ。くるりん
冷えたおでんにもそら・あかね。
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