お酒のお供・・・76 2014-10-11 10:06:36 | 日記 人格そのものが露出するとき ふだん、誰かの人格そのものとか 生の彼自身というものをあらわに見ることはあまりない。 なぜならば、仕事の忙しさとか、世間的つきあい、 肩書きや立場、能力や才能といったもので、 本人の中身が化粧のように覆われて見えなくなっているからだ。 だから、彼の仕事がなくなったとき、 もはや才能も能力も地位も使えなくなったとき、 彼自身が実際どういう人間であるのか、 多くの人の眼にさらされることになる。 ニーチェの言葉Ⅱ引用 そらあかね « お酒のお供・・・75 | トップ | お酒のお供・・・77 »
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