2024年12月、厚生労働省は2025年の年金制度改革において、「第3号被保険者制度の廃止は盛り込まない」方針を明らかにしました。
厚生年金に加入している配偶者に扶養されている人が年金保険料を納めずとも年金が受け取れる「第3号被保険者制度」は、別名「主婦年金」とも呼ばれ、その不公平感や「年収の壁」の原因として批判の対象となることが増えています。
今回、同制度の廃止に向けた動きが滞ったことで、「結局、専業主婦丸儲け」「恵まれている専業主婦のために、なんで私らが保険料払わなならんねん」といった不満の声も聞こえてくるところです。
高度成長期に設けられた所得税の配偶者控除や、近年見直しが進む「扶養手当」も同じこと。成果主義、ジョブ型雇用が進む中、同じ仕事をしているのに、「仕事をしていない妻がいる」というだけで手取りが何万円も違うなんておかしいだろ?…と言われれば、確かにそんな気もしてきます。
総務省の「労働力調査」によると専業主婦は年々減少しており、2022年現在で全世帯の約3割とされています。つまり、約7割が共働き世帯となっていることから、「特権階級」などと風当たりが強くなるのもやむを得ないのかもしれません。
こうして「専業主婦」と呼ばれる立場の女性への世間の風向きが変わる中、昨年暮れ(12月19日)のライフスタイル情報メディア「TRILL」 に、フェニミズムの論客として知られる東京大学名誉教授の上野千鶴子氏が、「103万円の壁で得してきたのは主婦ではなくオジサン」と題する目を引くタイトルの論考を寄せているので、参考までにその指摘を(2回に分けて)残しておきたいと思います。
1961年に作られた専業主婦の「内助の功」を評価する配偶者控除。そして、その25年後に創設された第3号被保険者制度などは(まちがって)「専業主婦優遇策」などと呼ばれているが、その実、この制度から得をするのは専業主婦を妻に持つ夫であり、その専業主婦を「見なし専業主婦」として「130万円の壁(のちに150万円)」まで低賃金で保険料の使用者負担なしで働かせる雇用主たちだと、上野氏は論考の冒頭に綴っています。
(ストレートに言えば)これらの制度は、労働力不足を補うために政財官界で権力を持つ男性たちが結託して創った「オジサン優遇制度」だと氏は言います。1980年代、「高齢社会」に突入しつつある日本では、当時の中曽根首相が「家族は福祉の含み資産」などと言って「日本型福祉」を唱えていた。日本には強固な家族制度があるので、国家は福祉について心配しなくていい…要するに、無業の主婦には当然のように老人の介護をすることを強く期待されていたということです。
無業の既婚女性であればそこから逃れられない。つまり、(裏を返せば)老人介護のごほうびとして専業主婦に与えられたのが、「第3号」の女性に年金をくれるというものだったというのが氏の認識です。しかしその後、90年代を通じて既婚女性の就労率は上がり、10年後の1995年には、パートタイムで働く主婦を含む「共働き世帯」の数が「専業主婦世帯」を逆転。どんどん「共働き世帯」が増え、現在では「専業主婦世帯」の3倍になっていると氏は解説しています。
なぜそうなったか言えば、バブル崩壊後の「失われた…」と呼ばれる時代に夫の給与所得が減少したから。2008年のリーマンショックも追い打ちをかけ、ピーク時に比べて夫の収入が年収で100万円以上減った分を、妻が家計補助収入を稼がなければ家計が維持できなくなったということです。
一方、「共働き」といっても、パート雇用の妻の家計寄与率は(現時点でも)25%未満に過ぎない。正社員カップルの場合でも男女賃金格差は大きく、妻の家計寄与率は4割未満だと氏は言います。パートタイム勤務・アルバイトをしている男女は約1474万人(2022年)いるが、そのうちの1126万人(76%)は女性。この1126万人を含む女性の非正規雇用者1432万人のうち、年収100万円未満の人は41.2%であることを考えれば、実際、「夫の扶養の範囲で」と就業調整をしている女性は多いということです。
妻の家計補助収入で世帯の収入は増えたが、女性は、家事・育児・介護に加えて、外で働く時間が増えたことで、結果的に長時間労働になった。この現状を私(←上野氏)たちは「新・性別役割分担」と呼んでいると、この論考で氏は話しています。
日本経済の「失われた30年」(1990~2020年)の間に、非正規雇用がものすごく増えて、雇用全体の37%、女性労働者に限れば(過半の)54%に達するまでとなった。今でも、非正規労働者全体の7割を女性が占めており、そこに、家計支持をしなければならないシングルの男女やシングルマザーが入って、不安定の就労形態の下、日本経済の底辺を支えてきたということです。
さて、そうした大きな流れに変化が見られるのが昨今のこと。少子高齢化に伴う人手不足が進行し、それに伴い賃金も上昇の兆しを見せています。正規雇用労働者は2015年に8年ぶりにプラスに転じ、9年連続で増加。非正規雇用労働者は2010年以降増加が続き、2020年、2021年は減少したが、2022年以降は再び増加しているとされています。
定年を迎え、多くの正規雇用労働者が職を離れる中、労働市場で(主に非正規として)日本の雇用を支えてきたのが女性と退職後の高齢者であることは、データからも間違いありません。しかし、それにも限界というものがある。これから先は、より多くの人に(できるだけ長時間の)労働参加を促し、また(「稼ぐ側」として)社会保障の担い手となってもらう必要があるということなのでしょう。
果たして、そこに立ちはだかる「壁」とは何なのか?上野氏の話はさらに続きます。(「#2759壁で得しているのは主婦ではない(その2)」に続く)