MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2745 民主政はなぜ抜け穴だらけなのか

2025年02月15日 | 日記・エッセイ・コラム

 私たちの社会制度の多くは「性善説」に基づいて設計されている。喩えて言えば、田舎の道にある無人販売所みたいなもので、「りんご5個で300円」と書いてあれば、普通の人はりんごを取って代価を置いておくようなものだと、神戸女学院大学名誉教授で思想家の内田樹(うちだ・たつる)氏が昨年12月16日の自身のブログ(「内田樹の研究室」)に記しています。

 こういうシステムでは、お金を払わずにりんごを持っていこうと思えば簡単にできてしまう。ついでに、置かれたままの代金まで盗んでゆく人たちは、「性善説を信じているやつらはバカだ」と高笑いするのだろうと氏は言います。

 しかし、りんご農家がこれに懲りて店番を置いたり防犯カメラを設置したりすれば、そのコストは商品価格に転嫁される。次は「りんご5個500円」に値上がりしたりして、結果、リンゴや代金を持ち去った者の取り分はその他の人が分担することになるというのが氏の指摘するところです。

 話は戻って、社会制度について。(内田氏は)こうして「制度の穴」をみつけて自己利益を増やす人間を「スマートだ」とか「クレバーだ」とか誉めそやす風潮が生まれているが、結局、そうした人たちは自分も(こうした人たちに)盗まれていることに気がついていないと氏は話しています。

 盗まれるだけでは業腹だから、「オレも今日から盗る側になる」と皆が我先に「制度の穴」を探すようになれば、今度は社会制度をすべて性悪説で作り直さなければならない。そして、そこに顕現するのは、「市民全員が潜在的には泥棒である」と思われて暮らす社会であり、何よりも全く価値を生み出さない「防犯コスト」を全員が負担しなければならない高コストの社会だということです。

 さてそこで、公選法が想定していない候補者のトリッキーな動きにより、カオス化が進んでいる昨今の選挙の話です。(選挙の「作法」が細かくきっちりと規定されていると考えられている)公選法も、その実、他の制度と同じく「市民は遵法的であり、良識に従ってふるまう」ことを暗黙の前提にして設計されていると、内田氏は12月19日の自身のブログ(内田樹の研究室『常識にもう一度力を』)に綴っています。

 もちろん昔から、政見放送や選挙公報で「非常識なこと」を言う候補者はいた。けれども、そういう常識をわきまえない人に被選挙権を確保することも、「民主主義のコスト」だと思って人々は黙って受け入れてきたと氏は言います。

 何らかの外形的な基準を設けて「非常識な人」を排除することは、(やろうと思えば)できただろう。けれども、先人たちはそうしなかった。それは、「そんなの非常識だ…」と(多くの人が)思ったからだというのが氏の認識です。

 なぜそう思ったのかと言えば、民主政下の社会制度の多くは「市民は原則として遵法的であり、良識を持って行動する」ことを前提に、つまり「性善説」に基づいて設計されているから。なので、(一方の)社会の一員として成熟しきれていない人の目には、現在の状態は「抜け穴」だらけに見える(かもしれない)ということです。

 しかし、それを「制度の欠陥」だと思ってはならないと内田氏は続けます。性悪説に基づいて制度を作り直すことはしようと思えばできる。事実、市民の一挙手一投足を監視するシステムを完成させた国はあるし、日本にもそれを真似たいと思っている政治家もいると氏は話しています。

 しかし、(心しておくべきは)例えどれほど網羅的な監視システムを作っても、人々はその監視の目を逃れる方途を必ず見つけ出す…ということ。国民監視システムは国民に向かって絶えず「お前たちは潜在的には全員が泥棒であり、謀反人なのだ」と告げている。そうした、朝から晩まで耳元で「お前は悪人だ」と言われ続ける社会に、「私一人でも遵法的で良識ある市民として生きよう」と思う(志の高い)国民が出現するとは思えないということです。

 性悪説に基づく制度は「悪人であることが市民のデフォルトである」という人間観を政府が公式見解として発信し宣布しているということだと氏は説いています。逆に、性善説に基づく制度は市民に向かって「あなたたちが遵法的で、良識ある人であることを私たちは願う」というメッセージを送っている。制度そのものが市民に向かって「善良な人であってください」と懇請しているということです。

 市民に道義的であることを求める制度と、市民が利己的で不道徳であることを前提にする制度。とどちらが長期的に「住みよい社会」を創り出すかは考えるまでもないと話す内田氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。



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