今一ツ理屈を並ぶれば昨年十月の開校式が表面的に我校を吹聴したるに対し此の、雑誌は裏面的に我校を吹聴するものなり、而め学校の盛大となるには固より種々の原因ある可しと雖も人をして学校あるを知らしむるは重要原因の一なる可しと信ず吾人豈に祝せざるを得んや吾人は男児(在学中)の快事茲に極めると迄絶叫せんと欲するほどなり
然るに人は数多の弱点を有するものなる可く而して極端を走り易きが如きも其弱点の一なる可きか顧みれば上の如き快事に遇うも是迄筆写の雑誌一部なりしものが之を印刷に付することなり雑誌部を設け編集部を置く等に至れば既に新聞屋雑誌記者然たる気取りして此の文は幼稚とか空理てきとか故に此れを掲げるは学校の体面に関するとて人の文を添削取捨すると言うが如き事なすにも至らずとも限らず言を換えれば編集局に一の程度標準若しくは主義を立て置き之に適合かと一々捨てと言うごときに至らば大変なることなり、何となれば本会の大目的巳に文武の賛技を奨励するにあり而して此れを為すには満事自由の空気と自然の競争に任せざる可らざればなり即ち文体も自由に放任し思想も自然に放任せざるを可らず即概括的に云わば編集局は会員の投稿を一も二もなく其儘印刷に付して可なる程なり、言を換えれば編集局には現行取り纏めと此れを印刷に付する事と雑報記事を書いて其専務とする事を以って之に希望せざるを得ず而して取捨とか選択とかは須史を高閣の道具となし置かれたし
若し夫れ体面とか高尚とかを唯一の本尊とし文芸の発達とか生徒の感情とか興味とかを属神となす如き事あるとする時は、即対外を主とし内実を客とする時は遂に生徒の文は出ずに足るものなきに至る可く、遂に二三の生徒と学士教授の投稿のみの雑誌となるの憂いなきを得るか、又一層選択せば遂に学士教授の実の雑誌となる可しとの棺憂を抱くものはあらざる可しと信ずるが七ヶ級N7組の生徒、四百名に近き生徒中には趣味を異にするものあるは吾人が屡屡々見出す事実なる可し焉ぞ異を棄て同のみを取るを得んや若し又論ずる所高尚なる理論のみなるか厳格なる道徳論のみなる時は読者漸く倦厭を来す可く遂には雑誌の衰運となる可し且つ夫年少の人は年少の趣味あり成人の人は成年の趣味あり或いは偏理的にを愛し或いは小説的を好む人々各好尚を事にす然るを一を棄てヽ専ら他に従わしめんとす難哉故に曰く多数の趣味を満足せしめんと欲せば可成多数異類の文を凡作傑作の別なく網羅せざる可らず
且つ夫れ之を以って商売をするに非ず公に販売するにあらず云わば作文の一課の下稽古なる一雑誌中の文章を見て其学校の品位を朴とせんとする如き人あらば是其人の過ちにて吾人の価値に於いて何おかあらん例えば茲に玉石混合せる山あり素人これを表面より見て頑々たる石のみなりと云うも其山の値を損するに足るか仰も又其玉の値を減ずるに足るかされば雑誌中に名文と非名文とを含むも雑誌其物に於いて何かあらん況や又其名文傑作に於いてをや却ってその値を揖す可し蓋し物の値位は其比確立なればなり
且つ夫一部分を標準として全体を批判するは誤謬に陥るを免れず例えば山鹿には温泉一個を有し日奈久は山鹿より優れと云わば誰が之を笑はざらんや之と同く文章の一課拙なるを見て其学校の全体課業の程度を判せしんとするものは上お例の如きものにして適以って判者の愚を顕すに過ぎざきるのみ豈に之を意とするに足らんや吾祝せんとするに当たり胸間に鬱勃し来れるものあるを覚ふ故に退之に倣うて頌を以ってせずして規を以ってす偏者願わくは編纂上捨ての範囲を小にすると共に取りの領分を大にして天空海潤塩谷判顔官の瑕物なしも利用せるの意に取る所あれ
今日は1月4日御用始と言って10時ごろまで出て行ったのは何年前までであったろうか?、何時の日頃だったろうか?、
私は定年退官して以来、週に一回は非常勤で出ていたので4日がその出て行く日に当たっていた時は職員がバタバタしているのを見て「あぁ」今日は御用始だということを知ったものであったが、昨年12月28日にも言ったが、私の現役時代は大会議室に集合し10時より学長の新年の挨拶があり、その後は各自の所属の場所でお神酒を挙げることが事が慣習で行われたいたものであった。結局12月28日と1月4日の各午後は都合1日は仕事をしないことが常であった。
これは公務員の悪習であったのであろう、勤務時間は両日とも17時15分までと言うことが徹底され、現役時代はこれでは御用納めも、御用始もないんじゃないかと思ったこともあったが、現代の職員は採用されて以来通常の勤務であると教えられているので何とも思わないだろう、我らのように両日とも昼からは休みとながい間教育され、教え込まれていた者にとっては苦痛であった。人間長い間の習慣を急に変更するということは難しいものであったという思いは今も変わっていない。
次に御用納め御用始を調べて見ることにした。官公庁で年末年始休み前のその年最後の事務をとる日のことを「御用納め」、新年最初の事務をとる日を「御用始め」という。1873年(明治6年)に官公庁は12月29日から1月3日までを休日とすることが定められ、28日を「御用納め」、4日を「御用始め」としたということであった。
現在は「仕事納め」「仕事始め」と呼ばれる。「仕事納め」は通常12月28日だが、土日の場合はその直前金曜日となる。「仕事始め」は通常1月4日だが、土日の場合はその翌月曜日となる