「東京新聞」社説2022年11月26日
森友学園を巡る財務省の公文書改ざんにより自殺した元職員の遺族が起こした訴訟で、大阪地裁は佐川宣寿元国税庁長官に損害賠償を認めなかった。政府や高官の暗部を闇に葬ってはいけない。
公文書改ざん問題の本質は、民主主義、法治主義の国でありながら、国民がどんな手段を使っても、権力がひた隠す闇の実態に迫ることができないことだ。
それが財務省の公文書改ざんの真相を突き止めようとする元職員・故赤木俊夫さんの妻・雅子さんの行動から明らかになったといえる。
まず佐川氏ら財務省幹部は刑事告発されていたが、検察は全員を不起訴。検察審査会が「不起訴不当」と議決しても、再び不起訴となり、捜査は終結した。
財務省の報告書には、自殺の記載も改ざんの指揮系統などの記載もなかった。森友学園問題では、故安倍晋三元首相が「私や妻が関わっていれば総理も国会議員も辞める」と国会答弁した。それとの関わりや、財務省内部での意思決定などが不明のままなのだ。
情報公開の問題もある。いわゆる「赤木ファイル」は開示されたものの、黒塗り部分が約四百カ所にも及んだ。佐川氏の指示をうかがわせる内容はあったが、やはり肝心な部分は不明だった。
国会での解明も期待されたが、野党議員が質問を繰り返しても政府は口をつぐんだ。つまりことごとく不発に終わった。
雅子さんが二〇二〇年に国と佐川氏に損害賠償を求めて起こした裁判が真相解明の最後の手段ともいえた。だが、国側は昨年暮れ、請求を全面的に受け入れる「認諾」をして裁判は終結した。国は幕引きを図ったわけである。
佐川氏に対する裁判だけが残っていたが、雅子さんが望んだ佐川氏本人への証人尋問は裁判所が認めず、実現しなかった。判決では「佐川氏に謝罪や説明の法的義務はない」とも述べたほどだ。
どんな手段でも真実をつかめない−権力による隠蔽(いんぺい)そのものではないか。一人の公務員が命を絶った原因や経緯を説明するのは政府の当然の務めでもあるのに…。
巨大な権力の「闇」を明らかにするためには、多くの国民の「目」が必要である。孤立させず、共にあることを・・・
2022.11.27追加記事
赤木雅子さん 控訴にためらいなし 判決前日の憂鬱気分を振り払った一本の電話
日刊ゲンダイDIGITAL2022/11/26
赤木雅子さんは憂鬱だった。財務省の公文書改ざんで死に追い込まれた近畿財務局職員、赤木俊夫さんの妻。真実を知るため、国と、改ざんを決定づけた当時の財務省理財局長、佐川宣寿氏を相手に裁判を起こした。国は相手の請求を丸呑みする“認諾”という手段で裁判から逃げたが、佐川氏との裁判が続いていた。その一審判決が迫り、報道各社から次々に取材要請が舞い込んできた。聞くことは誰しも同じだ。
「判決に何を求めますか?」
「どんなことを期待しますか?」
それに一つ一つ丁寧に答えてきたのだが、雅子さんはどこかで醒めていた。
「だってもう結論は見えてるじゃないの……」
結論=すなわち、判決で訴えが認められることはないし、一番の願いだった真相解明がかなうこともない。それは半年前からわかっている。雅子さんが裁判で求めていた、佐川氏をはじめ財務官僚らの法廷での証言。新たな真実に迫るチャンスだったが、5月の弁論で裁判長から退けられてしまったから。その瞬間、雅子さんの敗訴は決まったようなものだ。
しかし、それを言っては身もふたもない。立場上「いい判決を期待しています」と答えざるを得ない。でも実際は何の期待も持てないまま判決の日が近づいてくる。だいたいマスコミの記者は普段あまり関心を示さないのに、大きな節目が近づいてくると騒ぎがちだ。雅子さんの気分は沈んでいった。
それを振り払ってくれたのが、判決前日の一本の電話だった。TBS「報道特集」の金平茂紀さん。裁判の途中もずっと雅子さんのことを気にかけて、折に触れ番組で取り上げてくれた。判決直前のマスコミの大騒ぎを雅子さんが愚痴ると、金平さんは笑い飛ばした。
「それでいいんだよ。裁判が終わったら、その先は誰も関心を持たなくなるよ。だからこの際、マスコミに大騒ぎして大きく取り上げてもらって、世間の関心をひきつけた方がいいんだ。次につながるからね」
なるほど、それもそうだ。雅子さんはスッキリした。
そして迎えた11月25日、判決当日の朝。雅子さんはビシッとスーツ姿で身を引き締めた。首には夫が使っていたマフラー。巻いていると夫が一緒にいてくれる気がする。
「佐川さんは法律に守られ、夫は守ってもらえなかった」
判決は予想通り「請求を棄却する」。雅子さんの訴えはすべて退けられた。国家公務員が職務上行った行為は国が賠償責任を負い、公務員個人に賠償を求められないという、最高裁判例通りの判断だ。
だがそれは想定の範囲内。判決をじっと聞いていた雅子さんは最後に裁判長に一礼し「ありがとうございました」と述べた。もちろん負けたのは悔しい。でも、この裁判長と会うのはこれが最後だから、という気持ちであいさつした。
判決で雅子さんが最も感じたこと。それは「佐川さんは法律に守られているけど、夫は守ってもらえなかった」ということ。これじゃあ同じことが繰り返されてしまう。それを防ぐためにも真実を知ることが大切なのに。だから控訴にためらいはなかった。実は前日まで迷いに迷っていたが、もう吹っ切れた。
それより引っかかったのは、法廷の被告席に誰もいなかったこと。佐川氏本人だけでなく代理人の弁護士もいない。これには満席の傍聴席から「おかしいんじゃないの」と声が上がった。
法廷に駆けつけていた金平さんは、判決後のインタビューでその点を尋ねた。すると雅子さんは……、
「判決を聞く価値がないと思ってるみたいですよね。残念だし、きちんと聞いてほしかったと思います」
そもそも佐川氏がきちんと真相を説明して謝罪してくれたら、雅子さんが裁判を起こすこともなかったし、控訴する必要もない。でも佐川氏はついに一度も法廷に来なかった。
雅子さんは9月に佐川氏らを新たに虚偽公文書作成罪で東京地検特捜部に告発状を提出している。
「佐川さんは刑事罰を受けるべきだと夫は手記に書き遺しました。検察には告発を受理して取り調べを進めてほしいと思います」
最後に金平さん。
「帰ってから俊夫さんにどう報告しますか?」
雅子さんは首に巻いた俊夫さんのマフラーをなでながら、にっこり答えた。
「夫はずっと隣にいた気がしますから、もうわかっていると思いますよ」
控訴により法廷での闘いはさらに続くことになる。これからどうなるのか? 金平さんは語った。
「外形的状況が変わらないと、同じ結論にしかならないよ」
世の中の状況に大きな変化が起きるだろうか?
「意外と変わることがあるんだよね」
■26日、初のテレビ生出演へ
金平さんの取材成果は26日午後5時半からTBS「報道特集」で放送される。この番組で赤木雅子さんは、顔は出さない形で生出演する。雅子さんがテレビでスタジオ生出演するのは、これが初めてだ。(随時掲載)
相澤冬樹ジャーナリスト・元NHK記者
1962年宮崎県生まれ。東京大学法学部卒業。1987年NHKに記者職で入局。東京社会部、大阪府警キャップ・ニュースデスクなどを歴任。著書『安倍官邸vs.NHK 森友事件をスクープした私が辞めた理由 』(文藝春秋)がベストセラーとなった。