何故死んでしまったの…祥一郎の生きた証

私は2015年12月28日、20数年共に暮らした伴侶である祥一郎を突然喪いました。このブログは彼の生きた証です。

壊れて行く自分・・・祥一郎のために・・・

2016年01月17日 | 日記
祥一郎………
今帰ったよ。

きょうは職場でつい涙が出てしまったよ。
誰も居ない喫煙所だけどね。


見つからないようにティッシュで涙をぬぐって、休憩をおわりにしたよ。
相変らず同僚や上司が、腫れものに触るように接してくるよ。でも、申し訳ないけどそれに笑顔で返すことはまだできないよ。


祥一郎………
道行く赤の他人を見て、「なんでこの人が生きているのに、祥一郎は死ななければならなかったの?なんでお前じゃなくて、あそこを歩いているあの人が死ななかったの?」
なんて思ってしまう。


私は段々、あまりの悲しみに邪悪に壊れていくんじゃないかな。
職場でも、そりの合わない職員を見ては、「なんでコイツが生きてるのに、祥一郎は……」
なんて思ってる。


怖いね。
巨大な悲しみは、人を悪魔にするんだろうか。


祥一郎。
きょうの夕食は、二人でときおり買って食べた、西友の安くて不味い弁当だよ。
相変らず不味い。

でも、お前が居たら少しは美味しかったのかもしれないね。


祥一郎………
明日は休みだけど、雑用で終わりそうだよ。

洗濯、支払い、掃除、ちょっとした買い物で終わるだろうね。
ひとりでそれをやることになるんだね。

休みの度のお前との晩さんのメニューを、もう考えることもない………
祥一郎………寂しいよ……孤独感に殺されそうだよ。

いっそ殺されたいよ………


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