祥一郎と私、20数年暮らしている内には、当然ながら何度かもう俺達は駄目なんだろうかという危機はあった。
これも当然ながら原因は様々。
恥ずかしながら、私がろくでもない他の男に横恋慕したことや、祥一郎が電話代の事でちょっとしたおいたをしたこと、お互いの友人の非難をしたことが理由になったり、飼えもしない猫を祥一郎が買ってきたこと、生活が苦しくて私が祥一郎に八つ当たりしたことで揉めたこともある。
その他些細なことも含めて、数限りなく喧嘩はした。
ひとつのケース、あれは大阪で二人で住んで居た頃だった。
原因はなんだったか、はっきりとは覚えていないが、やはり日々の苦しい生活の件で険悪な雰囲気になっていたのが理由だったと思う。
二人の喧嘩はいつも私が説教じみた事を言い出して、それを黙って祥一郎が返事もせずに聞いている。
「何とか言ったら?」と私は言うのだが、それでもあいつはいつまでも黙っている。
私は年長でもあり、水商売もしていたのでそれなりに口が立つから、形的には祥一郎を言葉で追い詰めていく。
そしてそれを黙って憮然として聞いていた祥一郎は、とうとうブチ切れる。
ブチ切れてしまうともう止まらない。私が何を言おうが聞く耳を持たない。
「そや、うちが全部悪いんや。」
「もう無理や。やっぱり一緒に暮らすのは無理なんや。」
「おっちゃん自分が全部正しいとどうせ思ってるんやろ。いつもそうや。自分も同じようなことやってるくせに。」
「もうええ、もうええ。うちが居らんかったら丸く収まるんやろ。出て行くわ。」
そんな激昂した台詞を次々と吐きながら、物は投げるわ壊すわ、足蹴にするわ、こうなったらもう手がつけられない。
殆ど何も持たずにプイと夜の街へ出て行ってしまった。
私は私でその時点ではもうどうでも好きにすればいいと思っているので黙って横を向いて知らんぷりを決め込む。
そして時間がある程度経過する。
私は少し落着いて考え始める。
(待てよ、あいつあれだけしか持たんと、それに大阪に知り合いなんか殆どおらんやろし、どうするつもりやろ。歩いて千葉の実家まで帰るつもりやろか。)
(あいつ、ほんま感情の激しやすい奴やから、何をしでかすかわからんな。)
事実祥一郎は、一時問題になった「完全自殺マニュアル」なんて本を持っていて、おまけに注射器まで隠し持っていた事が有った。これは以前の喧嘩で発覚したのだがこれには私も驚き、こいつ、いつか本当に自殺でもしかねんな、と思ったことがある。
とにかく私は段々心配になり、重い腰を上げて夜の大阪の街を、あいつの行きそうな所を探してみる。
とにかくもう一度あいつを落着かせて、もう一度話し合ってみようと思いながら、僅かな祥一郎の知人にも行方を聞いてみる。
どこにも居ない。いくら待っても帰ってこない。
何度も何度も部屋と夜の街を行き来し、足を棒にして探し回る。
その内、こんなに心配して探してやってるのに人の気も知らないで、と段々腹も立ってくる。
夜が白々明ける頃、わたしは(もうええわ。どうにでもなれ。もう二人は終りなんや。)と無理矢理自分を納得させ、朦朧とした睡魔に耐えられず、ひょっとして帰ってくるかもと期待しつつも、寝入ってしまった。
暫く寝入っていた私はふと目が覚める。何か変な音が聞こえるのだ。
(続く)
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