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帝国主義について

2019-04-21 21:40:08 | 歴史諸随想

 ベストセラー『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出書房新社)の上巻で、著者は帝国主義について興味深い主張をしている。第11章「グローバル化を進める帝国のビジョン」には「歴史の中の善人と悪人」という見出しの後、以下の記述があった。

歴史を善人と悪人にすぱっと分け、帝国はすべて悪人の側に含めるというのは魅力的な発想だ。帝国の大多数は地の上に築かれ、迫害と戦争を通して権力を維持してきたのだから。だが、今日の文化の大半は帝国の遺産に基づいている。もし帝国が悪いと決まっているのなら、私たちはいったいどのような存在ということになるのか?

 人類の文化から帝国主義を取り除こうとする思想集団や政治的運動がいくつもある。帝国主義を排せば、罪に汚されていない、無垢で純正な文明が残るというのだ。こうしたイデオロギーは、良くも幼稚で、最悪の場合には、粗野な国民主義や頑迷さを取り繕う不誠実な見せかけの役を果たす。有史時代の幕開けに現れた無数の文化のうちには、無垢で、罪に損なわれておらず、他の社会に毒されていないものがあったと主張することは妥当かもしれない。
 だが、その黎明期以降、そのような主張の出来る文化は一つもない。現在、そのような文化が地上に存在しないのは確実だ。人類の文化はすべて少なくとも部分的には帝国と帝国主義文明の遺産であり、どんな学術的手術あるいは政治的手術をもってしても、患者の命を奪うことなく帝国の遺産を切除することはできない。(251-2頁)

 たとえば、今日の独立したインド共和国とイギリスの支配との愛憎関係について考えてほしい。イギリスによるインド征服と占領のせいで、何百万ものインド人の命が奪われ、さらに何億ものインド人がたえず辱めを受け、搾取された。それにもかかわらず、多くのインド人が、まるで改宗者のような熱意をもって、自決や人権といった西洋の概念を採用し、イギリス人が、生粋のインド人にイギリスの臣民として対等な権利も、独立も与えず、自らが高らかに謳った価値観を実践に移すのを拒んだときには失望落胆した。(252頁)

 それでも、現代のインド人の国家は大英帝国の子供だ。イギリス人はインド亜大陸の居住者を殺し、傷つけ、虐げたが、彼らはまた、相争う藩王国や部族などの、途方にくれるほどの寄せ集めを統一し、インド人が共有する国民意識と、おおむね単一の政治的単位として機能する国家を生み出した。
 彼らはインドの司法制度の基礎を築き、行政機能を創設し、経済統一に不可欠の鉄道網を敷設した。インドは独立にあたり、イギリスに倣って、統一形態として西洋の民主主義を採用した。英語は今なお共通語で、ヒンディー語タミル語マラヤーラム語を母語とする人が使って意志を疎通させる中立的な言葉だ。インド人は熱狂的なクリケット・プレイヤーで、チャイ(紅茶)も大好きだが、このスポーツも飲み物もイギリスの遺産だ。(253頁)

 現代の米のリベラル派の間では近代帝国主義を絶対悪とする見方が主流だし、過去は糾弾しても現代進行中の「帝国主義」は黙殺する傾向が強い。イスラエルも「帝国主義」の落とし子であり、西洋の民主主義を採用している。ユダヤ教の原則では政教一体だし、西欧式の民主制度への強い不満を持ち、神権制を望むイスラエル人もいるが、全体としては少数派に過ぎない。

 著者が指摘したインドと英国の関係は実に的を得ていると感じる。英国支配前のインドも征服王朝のムガル朝だったし、軍事力でインド征服と占領を実行した「帝国主義」国家だった。インド亜大陸の居住者を殺し、傷つけ、虐げたのはムスリム支配者も変わりなかった。
 英領インド時代には英印軍として夥しいインド人が参戦していたことを、日本ではあまり知られていないだろう。第一次世界大戦時には130万人ものインド人兵士は戦場へ動員され、うち戦死者が74,000人とされる。第二次世界大戦で英印軍は250万人を超える志願があったという。好戦的だからではなく、その方が稼げたためだ。

 同時に対外的にインドは、“加害者”の顔を持っていたとも言える。帝国主義の“共犯者”でもあり、第一次世界大戦中には中東でインドの悪名が広まったそうだ。大勢のアイルランド人も「英国兵」として参戦していた。
 同じことは日本の植民地でも起きている。但し支配国と共に参戦、共闘したことをインド人は隠しもしないが、それを徹底隠蔽、旧日本軍と戦った等と歪曲捏造する民族もいる。

◆関連記事:「サピエンス全史
イスラエルの過激派

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2 コメント

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「帝国主義」 (motton)
2019-04-22 09:49:04
>英国支配前のインドも征服王朝のムガル朝だったし、軍事力でインド征服と占領を実行した「帝国主義」国家だった。

そうですね。
北米やニューギニア、オーストラリアのような広域国家を持たなかった地域(先住民の言語が数百もあるような地域)を除いて、古来から「帝国主義」国家ばかりです。それ以外の方法で広域国家は作れないでしょう。隼人や蝦夷を従えた大和しかり。

近代帝国主義がことさらに「悪」とされるのは、その帝国側が「人道的」になって「反省」したからに過ぎません。
善人になったのではなく、帝国として多種多様な人々からなる社会を運営するための合理的な規範としているだけですが。
唐王朝だってモンゴル帝国だってオスマン帝国だって支配を確立してからは似たようなものでしょう。

現代が違うのは、帝国側(G7)が国際社会を支配するために、その規範を全世界に広げているからです。支配してから「お前らは同じことをするな」と言っているみたいなものかもしれません。
だから、中国やロシアなどはそんな規範は持ちません。彼らは当たり前のように帝国主義万歳ですよね。
旧植民地も、逆に自分たちがやる場合であっても「悪」と言える(よく躾けられた)地域がどれくらいあることやら。
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Re:「帝国主義」 (mugi)
2019-04-22 21:52:41
>motton さん、

 面白いことにヒンドゥー至上主義者は英国よりもムガル朝支配者を憎み、インドの左派はこの王朝を評価して英国支配を批判する傾向があります。後者に言わせると英国支配の特徴は余所者性にあり、現地に融和したムガル朝とは違うとのこと。軍事力で冷酷に征服・占領した点では同じですが。

 ニュージーランドも広域国家を持たなかった地域ですが、マオリ族はその東にあるチャタム諸島を軍事征服、原住民のモリオリ族を容赦なく虐殺、滅亡させています。何かと本土に被害者面をする沖縄も、琉球王国は周辺諸島にはモロに「帝国主義」でしたね。つまり、人類史は常に「帝国主義」だったということ。

 外務省副報道局長・秦剛は2005/12/13の定例会見で、「中国は歴史上、他国を侵略したり、他国の領土で殺人・放火をしたことはない」と妄言を吐いたことがありますが、この気質は現代も同じはず。インドも独立後にゴアを制圧した際、「善」とした程。旧植民地で自分たちの「帝国主義」を「悪」と言った地域を、私は今のところ知りません。
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