トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

日本は黒人差別に加担していた? その二

2020-06-29 21:35:11 | 歴史諸随想

その一の続き
 コービー貴恵なる女子大生のコラムの中で、責任転嫁とでっち上げの最たる個所は次の文章であり、記事名もそこからとった。
日本は黒人を奴隷にはしなかったが、欧州諸国との江戸時代の貿易は、間接的に黒人奴隷に支えられており結果的に日本は差別に加担していた。だから、今回のデモは、他人ごとではなく日本人にもかかわりのあることである……

“結果的に日本は差別に加担していた”の箇所だけで、半可通にも達しない小娘風情が何をほざく、と言いたい。江戸時代の欧州との貿易はオランダ一国のみであることは、中学校の世界史で教わるレベルだが?
 あえて言うなら、江戸時代初期までにはポルトガル、スペイン、英国とも貿易は行われたが、スペイン、英国は儲けがなかったこともあり早々に撤退している。ポルトガルも1639年に追放され、オランダが日本貿易を独占することになった。従って「欧州諸国との江戸時代の貿易」の表現は誤りだ。

『危機と人類』(ジャレド・ダイアモンド著、日本新聞出版社)上巻を先日読んだが、この時代の日本と欧州との貿易について興味深い個所があったので引用したい。
日本はすでに中国や朝鮮半島と貿易していたが、これ以降、ポルトガル人、スペイン人、オランダ人、イギリス人との貿易がはじまった。とはいえ、日本とヨーロッパが直接品物をやりとりしていたわけではなく、ヨーロッパ諸国が中国沿岸部や東南アジアに所有した植民地との貿易だった……」(138頁)

 この一文だけで欧州との貿易は、黒人奴隷に支えられていたのではないことが明白だろう。出島のオランダ人を描いた絵は幾つもあるが、黒人が登場する絵を私は未だに見たことがない。出島でバドミントンをするマレー系の子どもを描いた絵はあり、ダイアモンド氏の主張の正しさを裏付けている。
 またダイアモンド氏は、「オランダと日本の貿易は、経済的にはほとんど無視できる規模だった。日本にとっては、オランダ商人がヨーロッパに関する貴重な情報をもたらしてくれることのほうが、重要性が高かった」(139頁)と述べている。要するに黒人奴隷は無関係なのだ。

 間接的にせよ、欧州との貿易が黒人差別に加担することに繋がるとすれば、当時のアジアの大国はこぞって黒人差別に加担していたとなる。欧州にとって東アジア方面の貿易で中心なのは中国であり、当時の中国も事実上の鎖国である海禁政策をとっていたが、いかにお上が規制したところで貿易は止められない。
 ムガル帝国第6代皇帝アウラングゼーブは異教や異端には峻厳な態度で臨んだ教条主義者だったが、英国東インド会社との貿易は容認している。2007-10-04付の記事でも書いたが、皇帝は会社による海外交易はインドの職人や商人の恩恵となり、ひいては国家の財政を潤すと考えたためだ。この異教徒の交易者たちが、一世紀も経たぬうちにインドの重大な脅威になる。

 当時のイランはサファヴィー朝ペルシア。こちらも欧州と交易は行っており、現地に赴いたフランス商人シャルダンはダイヤモンドなどにより大量の利益をあげた。そしてオスマン帝国を無視することはできない。この中東の超大国は欧州との戦争を繰り返しつつも貿易は盛んに行っていた。オスマン帝国の膨大な富は三大陸の地勢を活かした貿易も大なのだ。
 以上のアジア諸国の例を挙げただけで、日本と欧州との貿易など、いかにちっぽけなものかお分かりのはず。件の女子大生は世界史に目を向け、学ばなければならないし、世界史についてもっと知る必要がある。

 ひょっとするとコービー嬢、黒人を奴隷にしたのは欧州諸国の白人だけと思っているのか?欧州に先駆け大々的黒人を奴隷にしたのは、実はイスラム世界である。その背景を米国の中東史権威とされるバーナード・ルイスは、『イスラーム世界の二千年――文明の十字路中東全史』でこう述べている。
 大規模な広域奴隷売買は主としてイスラムが確立した後に発達したが、それがイスラム法の人道的な面に負うところが大だったのは歴史の皮肉である。イスラムの基本事項によれば、ムスリムであれ他の公認の宗教(ユダヤ、キリスト教)の信者であれ、武装した叛徒以外、ムスリム国家で自由の身で生まれた臣民は誰でも借金や犯罪を理由に奴隷にすることは出来なかった。それが奴隷獲得に拍車をかけることに繋がる。

 白人もかなり奴隷にされており、アラビアンナイトに黒人や白人の奴隷が登場しているのはそのためなのだ。白人がキリスト教化されていない地域の白人をムスリムに奴隷として売ったこともあったが、地中海やその沿岸で捕らわれた後に連行され、市場では夥しい白人が奴隷として売られた。欧州と違いイスラム世界では奴隷が活躍していたが、中世の文献から中近東でも黒人への蔑視が強かったことが伺える。
その三に続く

◆関連記事:「イスラーム史のなかの奴隷
固定給を貰っていたトルコの性奴隷たち

よろしかったら、クリックお願いします
  にほんブログ村 歴史ブログへ



最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (クルト)
2020-06-30 10:09:28
戦国時代の交易では黒人系の召使を従えるイエズス会士や南蛮商人の絵があるそうです。日本史で有名なのだと宣教師の所有する奴隷だった弥助という黒人が織田信長に引き渡されたと記録がありますが、彼は武士に取り立てられてますね。
奴隷貿易の利益と間接的に日本が関わっていたというのなら、奴隷貿易で蓄積した資本で産業革命が成し遂げられたわけで、現人類は肌の色関係なく奴隷貿易の間接利益を得ているんでは?と言いたくなる暴論です
返信する
クルトさんへ (mugi)
2020-06-30 21:43:13
 仰る通り、南蛮屏風絵巻にはイエズス会士や南蛮商人と共に黒人が描かれており、白人のために傘をさしたりしているので明らかに奴隷です。但し、描かれた時代は安土桃山。弥助は有名ですが、信長は奴隷ではなく武士として扱っています。彼を主人公としたハリウッド映画が制作されるという話がありましたが、どうなったのでしょうね。

 対照的に出島を描いた絵には黒人は見かけません。狭い出島で人数が制限されていたこともあるのでしょうけど、肌が黒い=黒人とは限らないんですよね。マレー系やインド系なら「黒人」に見えるはず。

 その一にあったコメント、「なんという牽強付会!」が全てでしょう。ならば直接・間接問わず全世界は黒人奴隷に支えられていたとなりますね。黒人に比べ数は少ないにせよ、日本人や中国人も奴隷として欧州や新大陸に売られていったのだから、アジア人も奴隷貿易の利益に貢献していたと言えます。
返信する