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強い多神教と弱い多神教 その二

2021-01-23 21:30:23 | 歴史諸随想

その一の続き
 ヒンドゥー教が「強い」多神教という意見に同意しない読者は稀だろう。しかし、神道も「強い」多神教という主張には違和感を覚える。そもそも殆どの日本人は神道のことを知らないのではないか?
 尤も日本人が神道についてよく知らないのも無理はない。神道にはヒンドゥー教の様な見事な教典や正典もなく、来世についても説いていない。ギリシア・ローマの神々も神話はあっても経典とは言えず、確か『ローマ人の物語』には、ラテン語には僧侶という言葉はなかったという個所があった。これでは論難が得意のキリスト教聖職者に負けてしまうのは無理もない。

 ヒンドゥー教には論駁に長けた聖職者と豊かな経典があり、それらが大いなる強みだったと私は見ている。本書でも神道は仏教に呑み込まれるかたちとなったと記述され、多神教同士なので神仏習合も可能なのだ。
 今月上旬、特別展「奈良・中宮寺の国宝展」を見てきたが、13世紀に制作された「雨宝童子(うほうどうじ)立像」も展示されてあった。雨宝童子とは天照大神の化現だが、どう見ても仏像スタイルだ。神道の最高神ですら、仏像化していたのだ!尤も特別展で私は初めて雨宝童子という神サマがいたことを知ったし、日本人の大半も雨宝童子を知らないだろう。

 例え異郷の神々や人間でも、自分たちの神々として取り込んでしまうのが多神教の特徴。私の住む仙台市には蒙古碑(もうこのひ)があり、元寇における元軍戦歿者の追善の為に建てたものとされている。
 私はかつて蒙古碑に対し、なぜ外敵追善の為にわざわざ碑を建てたのかが不思議でならなかった。戦勝記念というのではなく、日本侵攻で落命した敵兵を供養するとは、よくよく日本人はお人よしと思ったものだった。このような碑があるのは日本くらいと思っていた。

 しかし、インドにも似たようなものがあったのだ。2008-10-22付の記事で書いたが、 ラクナウの村に、1857年のインド大反乱で死亡した英国人将校の墓があり、多くの人に拝まれているという。ゴラ・ババと呼ばれるその英国人の墓は何でも願い事がかなうことで有名で、英国人なので酒、煙草、肉などが供えられているとか。
 この種の話を知ると、やはり共感を感じてしまう。日本の場合は鎮魂目的もあったと思うが、蒙古碑に願掛けする地元民もいたし、多神教なので感性も似てくるのか。これが一神教や儒教圏なら敵の供養碑など到底考えられないだろう。

 優れた教典を持つにも関らず、ヒンドゥー教は定義が極めて困難な宗教なのだ。よく言えば融通無碍というか、多くの迷信や儀式を受け入れ、合理性など顧みられない面がある。毛髪の束、献金、聖地巡り、苦行、祈り、断食、お守り、お供え、お経……あらゆるものが信仰され、迷信溢れる信仰こそヒンドゥーに挫折に挫けぬ回復力を与えるらしい。
 大陸ゆえに中世以降、一神教支配が長かったインドだが、隣国イランと違ってイスラム化はしなかった。インド大反乱で大敗しても、キリスト教に入信した者は至って少ない。大抵の国なら一神教に支配されれば、支配者の宗教を受け入れるものなのに。

 日本もその意味では不思議だ。明治以降もクリスチャンになった日本人は少数だったし、殊に第二次世界大戦後、なぜ日本人はキリスト教徒にならなかったのか、私も不思議だし説明できない。そのため井沢元彦氏は、神道を「強い」多神教と断言したのか?ヒンドゥー教も神道も、よほど一神教を受け付けない精神を持っているようだ。
 ただ、井沢氏は神道とヒンドゥー教との違いに、前者が「清らかさ」を徹底的に重んじることと述べ、これを排除する方法が「ミソギ」としている。これも日本国中にある清流で身を清める環境があるからであり、砂漠では神道は成立しないという。そして死をケガレとする考え方は、人間や動物の死に日常的に接触する人々に対する差別を生んだ。いわゆる部落差別の根源はここにあると井沢氏は考えている。

 これには反論したい点が幾つかある。先ず、神道がヒンドゥー教よりも「清らかさ」を徹底的に重んじるという個所。実はヒンドゥー教も神道に劣らず「清らかさ」を重んじている。ヒンドゥー版「ミソギ」があり、日本と違い清流に身を浸すのではなく、牛糞や灰を使用している。インドにも広大な砂漠地域があり、清流はないが牛糞や灰での「ミソギ」は行なえる。
 牛糞のミソギときくと殆どの日本人は仰天するが、聖なる牛の糞はあらゆるケガレを清めてくれるのだ。特に不可触民に触れた時、牛糞や灰によるキヨメが現代でも行われている。乾燥した牛糞を食べたり、牛の尿を飲んだりするのがヒンドゥー教の浄化の儀式、つまりミソギなのだ。
その三に続く

◆関連記事:「13億人のトイレ
だれも知らなかったインド人の秘密」 

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2 コメント

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神社 (スポンジ頭)
2021-01-28 21:46:20
 GHQは神社をすべて破却する予定だったのが、さすがにストップが掛かって立ち消えになった、と昔神道の解説書で読んだことがあります。もしすべての神社が破壊されていた場合、宗教が変化したかもしれません。神主の中には神社がなくなった場合、心の中に神社を建てる、と誓った人間もいたとか。

 いろいろな神社が壊されたら、神宝も海外に流出したでしょうね。・・・平将門を祀る神田明神はどうなっていたでしょうか。
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Re:神社 (mugi)
2021-01-29 22:19:29
>スポンジ頭さん、

 GHQは靖国神社を焼き払い、ドッグレース場を建設する計画だったことは聞いたことがありますが、実際は全神社が破却予定でしたか!幸いにして立ち消えになりましたが、神社破壊に着手した際、果たして日本人は黙って従ったでしょうか?結構暴動が起きたかもしれませんよ。

 尤も神社が破壊された場合、神宝は確実に海外に流出したことでしょう。平将門といえば首塚が有名ですが、ここで不敬な行為に及べば祟りがあると言われています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%86%E9%96%80%E5%A1%9A#%E7%A5%9F%E3%82%8A%E3%81%AE%E4%BC%9D%E8%AA%AC
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