「花音を捜す」
孝哉は誰にともなく、そう云った。
「捜すって、手掛かり一つないのにか」
孝之輔が、無理だという顔をしながら無言の制止をしているようだ。
「軍人やってきたお蔭で金はある。朝倉家から手繰っていってもいいし、何とかなるさ」
孝哉は、スチュワートにも同じように云う。
「ワタシには一緒に行くな、ということデスカ?」
孝哉は黙っていた。
ただ、少しだけ笑ってこう云った。
「もう誰にも渡したくない」
その言葉を聞き、それまで聞くだけだった母静が声をかけた。
「興味本位や同情では許されません。花音の立場が判っていますか。孝哉さん、花音を捜し出してどうするお心算ですか」
孝哉は、静に対して居住まいを正した。
「きちんと話を通します。僕は花音と一緒にいたい」
そう云うと今度は孝彌に向かう。
「今は孝彌が花音の父親代わりだ。だから聞いて欲しい。人妻となった花音に無理を云う心算はない。花音が今のまま、朝倉家にいると望めば諦める。ただ見守っていきたいんだ、これからも」
そう云った孝哉の顔は決まっているように見える。
「いつから、そんなに花音のこと好きだったの?」
孝彌の言葉に、少しだけ目を細め孝哉は云う。
「いつからだろう。憶えてないな」
孝哉の言葉は愛おしいくらい花音を優しく語る。
「結婚式の前の晩、花音に云った。でも花音は一緒に逃げてはくれなかった。孝彌や家のことを考えたら一歩も動けないと。逃げても幸せになれないという花音を攫ってしまうことは出来なかった」
孝哉は、その時を思い出しているのだろう。
遠くを見るようなその瞳は、うっすらと潤んでいた。
「逃げればよかったんだ」
そこで孝之輔が突然、云い放つ。
皆が孝之輔に視線を集めるなか、静だけが孝哉を見ていた。
「これで解りました。私は花音が嫁ぐとは思っていなかった。いいえ、今の話を聞けば嫁ぐだけはしたんでしょう。でも、その後いなくなると思っていました」
静の言葉に誰もが、息を呑んだ。
「あの子は賢い子です。立場や世間を理解していました。でも誰かを好きになるという感情は別なものです。あの子には孝哉がすべてだったのですね」
そこで一旦言葉を切ると、孝哉に向かって話し出す。
「あの晩、二人は結ばれましたね」
あっ、という孝彌の小さな声はスチュワートの言葉にかき消された。
「タカヤ、貴方はステファと結婚する約束をしたんデスカ」
胸元をつかみ乱暴に揺さぶる彼を、誰も止めることは出来なかった。
彼にとって花音は娘だ。
その娘を結婚の約束もないまま、結婚式の前日に抱いたなどと云われたら、冷静ではいられないだろう。
「ステファが、それを望んだのデスカ」
涙の混じった彼の言葉に、ただ、すまないと孝哉が呟いた。
すると静がスチュアートに声をかけた。
「きっと花音が望んだのでしょう、たった一度と心に決めて。だからこそ、あの子は生きていました。嫁ぎ先で孝哉のいないその場所で。すべての元は私にあります。愚かな私を許して… いいえ、許してくれとは云えないですね」
その静の言葉は孝哉にも向けられたように聞こえた。
「花音は最初から孝哉のことが好きだったんだ。この家に来る前から花音は孝哉を知ってたよ」
驚く孝彌に、孝之輔が続けた。
「美味しいカステラのお兄ちゃんだって。初めて家で孝哉を見た時、口走ってた」
カステラ…のお兄ちゃん。
孝哉の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「あの少女が花音か」
孝之輔は小さく頷いた。
To be continued
※この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体等は実在のものとは関係ありません。
孝哉は誰にともなく、そう云った。
「捜すって、手掛かり一つないのにか」
孝之輔が、無理だという顔をしながら無言の制止をしているようだ。
「軍人やってきたお蔭で金はある。朝倉家から手繰っていってもいいし、何とかなるさ」
孝哉は、スチュワートにも同じように云う。
「ワタシには一緒に行くな、ということデスカ?」
孝哉は黙っていた。
ただ、少しだけ笑ってこう云った。
「もう誰にも渡したくない」
その言葉を聞き、それまで聞くだけだった母静が声をかけた。
「興味本位や同情では許されません。花音の立場が判っていますか。孝哉さん、花音を捜し出してどうするお心算ですか」
孝哉は、静に対して居住まいを正した。
「きちんと話を通します。僕は花音と一緒にいたい」
そう云うと今度は孝彌に向かう。
「今は孝彌が花音の父親代わりだ。だから聞いて欲しい。人妻となった花音に無理を云う心算はない。花音が今のまま、朝倉家にいると望めば諦める。ただ見守っていきたいんだ、これからも」
そう云った孝哉の顔は決まっているように見える。
「いつから、そんなに花音のこと好きだったの?」
孝彌の言葉に、少しだけ目を細め孝哉は云う。
「いつからだろう。憶えてないな」
孝哉の言葉は愛おしいくらい花音を優しく語る。
「結婚式の前の晩、花音に云った。でも花音は一緒に逃げてはくれなかった。孝彌や家のことを考えたら一歩も動けないと。逃げても幸せになれないという花音を攫ってしまうことは出来なかった」
孝哉は、その時を思い出しているのだろう。
遠くを見るようなその瞳は、うっすらと潤んでいた。
「逃げればよかったんだ」
そこで孝之輔が突然、云い放つ。
皆が孝之輔に視線を集めるなか、静だけが孝哉を見ていた。
「これで解りました。私は花音が嫁ぐとは思っていなかった。いいえ、今の話を聞けば嫁ぐだけはしたんでしょう。でも、その後いなくなると思っていました」
静の言葉に誰もが、息を呑んだ。
「あの子は賢い子です。立場や世間を理解していました。でも誰かを好きになるという感情は別なものです。あの子には孝哉がすべてだったのですね」
そこで一旦言葉を切ると、孝哉に向かって話し出す。
「あの晩、二人は結ばれましたね」
あっ、という孝彌の小さな声はスチュワートの言葉にかき消された。
「タカヤ、貴方はステファと結婚する約束をしたんデスカ」
胸元をつかみ乱暴に揺さぶる彼を、誰も止めることは出来なかった。
彼にとって花音は娘だ。
その娘を結婚の約束もないまま、結婚式の前日に抱いたなどと云われたら、冷静ではいられないだろう。
「ステファが、それを望んだのデスカ」
涙の混じった彼の言葉に、ただ、すまないと孝哉が呟いた。
すると静がスチュアートに声をかけた。
「きっと花音が望んだのでしょう、たった一度と心に決めて。だからこそ、あの子は生きていました。嫁ぎ先で孝哉のいないその場所で。すべての元は私にあります。愚かな私を許して… いいえ、許してくれとは云えないですね」
その静の言葉は孝哉にも向けられたように聞こえた。
「花音は最初から孝哉のことが好きだったんだ。この家に来る前から花音は孝哉を知ってたよ」
驚く孝彌に、孝之輔が続けた。
「美味しいカステラのお兄ちゃんだって。初めて家で孝哉を見た時、口走ってた」
カステラ…のお兄ちゃん。
孝哉の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「あの少女が花音か」
孝之輔は小さく頷いた。
To be continued
※この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体等は実在のものとは関係ありません。