『君戀しやと、呟けど。。。』

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『きっと…』(小題:冬支度)

2012-11-27 00:35:50 | ニコタ創作
カテゴリー;Novel


11月自作/冬支度『きっと…』


 春に出会った人は、そよ風のように幸の周りを暖かくしてくれた。
 山が一面の芽吹きに色を変える頃、つきあわないかと告げられた。
 幸はそれを自然に交際のことだと思い、頷いた――。

 彼は夏が好きだと言った。
 若い頃から様々なマリンスポーツを嗜んだという彼と違い、もともとアウトドア派でない幸は何をしても初めてで、目まぐるしい日々はあっという間に過ぎていった…。

 出会いは職場近くの公園だった。
 お昼を公園のベンチで食べようとしていた目の前で、遊んでいた子供たちと一緒になってドッジボールをするサラリーマン風の男性一人。
 保父さんには見えず、どういう人なんだろうと思うと目が離せなくなった。

 そんなことが数回あったろうか。
 彼の方が、先に声をかけてきた。
『いつも、この公園でお昼食べるの』かと。

 制服を着る会社ではなかったので、まさか覚えられているとは思わなかった。
 最初は返事をするだけで、それが一言二言と言葉が増えていく。
 大学を出て数年。こんな風に、何のしがらみもない人と普通に話しているのが信じられなかった。
 おむすびしかなかったお弁当が、いつしか普通の手作り弁当に変わっていた。

 明るく眩しい夏が過ぎると、待っていたのはアンニュイな秋だった。
 夏が好きな人は、秋になるとテンションも下がるのかと最初は思った。
 どこか言葉数も減り、会う回数も減っていった。
 辺りを切り裂くような冷たい木枯らしが、二人の間を駆け抜けた。

 人付き合いが苦手で、友人らしい人も殆んどいなかったけれど決して鈍いわけではない。
 彼が幸との距離を置こうとしていることに、いつの頃からか気付いてしまった。
 人と人は出会いと別れを繰り返すものだ。気持ちが離れてしまうのも仕方がないと思っている。ただ、ちゃんと終わらせようと思った。
 けじめがないと、いつまでも鳴らない電話を待ってしまう。
 かけられない言葉を待ってしまう。
 それは本当に寂しくて、そしてみじめだ。だから彼に別れを告げようと思ったのだ。

 しかし、その思いは果たされることなく、唐突に終わりを告げた。
 季節は晩秋から冬へと変わっていた。

 次にあの人に会った時、ちゃんと笑っていよう。
 何故なら、送られた同僚の結婚式の招待状に、彼の名前があったから。その新郎であるその場所に。
 幸は出席の返事を出した。だから…

 クリスマス前の神前式に、ちゃんとお祝いを言えるように。
 そして幸自身が、冬の寒さに凍えてしまわないように。
 しっかりと、心の冬支度をしなければ。

* * *


『幸なんて名前なのに、いっつも名前負けしちゃうの』
 そう言って笑っていた彼女。幸せって、心から思ったことがないと話していた。
 そんな彼女が愛しくて、幸を悲しませるような男にだけはなるまいと思っていたのに。

 最初は何だったっけ。
 あ~ そうだ。
 公園。いつもベンチに一人で座ってた。

 おにぎりを食べてる姿が子供みたいに見えたんだ。
 小さなおにぎりは彼女の手にすっぽりと隠れて、何を食べてるのか気になって近づいた。
 最初は何も話してくれなくて、俺だけがしゃべってた。

 その後、退社する彼女を偶然見かけて、公園の近くにあるビルに働くのを知った。
 きっかけは何だっただろう。
 ある日、何も言わないまま、おにぎりを差し出された。
『よかったら食べますか』
 と。
 梅干しと鮭のおにぎりは、幸の握ったものに勝るものはないと冗談抜きで話してた。
『男の人は足りないだろうから』
 と、揚げ物を作ってきて、気付けば当たり前になりつつあった昼の時間にけじめをつけようと、つきあってくれと告げた。

 難しい言葉なんてなかった。ただ頷くだけで、楽しい一夏を過ごした。
 秋に、偶然アイツに再会するまでは――。

 大学時代の元カノは、幸の職場の同僚で友人だと告げられた。

 嫌いになって別れたわけじゃない、と解釈していたような我が儘な奴だ。
 自然消滅するように離れて、もう二度と会うこともないと思っていたのに、どうして同じ職場なんだよ。

 気付けば、幸を遠ざけるような結果になっている。
 若気の至りでの出来事だ。
 今更、幸を悲しませてまで、ご機嫌取る必要もなかったと二ヶ月アイツに付き合わされて漸く気付いた。

 もう全部、幸に話そう。
 かつて結婚の言葉を出したことがあった。
 それを破棄したと言われたら、そうだ。それでも別れたんだ。
 中絶したというアイツに悪いと思った。だから償えと言われて、できることならばとつきあった。食事も酒の席でも彼氏だと紹介することだけを勘弁してもらって、ほぼ毎晩つきあった。だが、これ以上つきあう気はない。
 ただ携帯を勝手に解約されて、仕事用に持たされている会社の携帯で凌いでた。幸からも、連絡のしようはなかった。

 疲れた、と本気で思った時、幸の顔だけが浮かんだ。
 泣きだしそうな、笑い顔。
 何をやってるんだ、俺は。

 公園に足を向けた。
 彼女の姿を見つけることは、もうできなかった。

 寒いよ。
 もう冬になったよ。
 冬って苦手だよ。
 もう一度、会いたいよ。

 アイツに会うかもしれないと、それまで会社に行ったことがなかった。
 でもそんなことを言ってる場合じゃない。今、行かなければ取り返しがつかない気がする。

 多くの人間が吐き出されてくるエントランス。
 暫く待っていると、待ち人の姿を見つけた。
「幸」
 そう呼んだら、ひどく驚いた顔をして会釈された。

 何だろう。
 違和感。今まで感じたことのない、不吉な予感。
『おめでとうございます。どうぞ、お幸せに』

 その言葉は確かに俺に向け、告げられた。
「ちょっと待て。何だ、それ」
 思わず大きな声を出してしまった。

「時間ある。話したい」
 そう言ってみたが、彼女は首を横にふる。そしてすり抜け、ビルを出る。
「ちゃんと謝るから、だから話聞いてくれ」
 彼女の左腕を強く掴んでしまった。ただ、そうしないと帰ってしまう。
 今、手を離したら、もう二度と彼女は戻ってこない。そんな気がする。

 その時だった。
 アイツが現れた。
『翔慈郎。待っててくれたの」
 そう言って、俺の腕を掴みそうになる。
「いい加減にしてくれ。もう終わりだ。幸に、全部話すよ」
 幸の腕は掴んだままで、俺はあの悪魔のような女に今度こそ終わりを告げる。

 その時の幸の、不思議そうな顔は何を意味するのだろう。
『何だ、つまんない。折角、軽井沢の教会に一人で待ちぼうけさせようと思ったのに』
 何の話だ。
『待ちぼうけ?』
 幸が、アイツに向かって言葉をかける。
『そうよ。あれは偽物の結婚招待状よ。出席で返事出すなんて、あんた馬鹿じゃない』

 刹那、アイツの頬をはたいていた。

『偽物?』
 そんな言葉を反芻する幸に、行こうと声をかけた。
 歩きながら、手をつなぐ。
「幸、ごめん」
 何から話していいのか、分からなくてとりあえず謝る。
「いてっ」
 繋いだ手はそのままに、幸は空いた手を俺に向けた。
 そして握った拳に、ふ~ふ~と息を吹きかけ、こっちが痛いよと笑っている。

 まだ間に合う。
 きっと幸となら大丈夫。
 だから、これからゆっくりと話をしよう――。

                          【了】
                             著作:紫草
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