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このお話は、
「約束」
「願い」
「秋の夜長」
「ルーツ」
の姉妹編です。
お兄ちゃんに好きな人ができたってこと!?
楓山魅音(あきやまみおん)、二十四歳。血の繋がらない兄と継母。そして父との四人家族だ――。
でも数年前、兄は就職と同時に家を出ていった。最初は研修で大阪に行くのだと言っていたのに。半年か一年、その期間が経っても兄は帰ってこなかった。
メッセすれば既読はつく。すぐではないけれど二日か三日、遅くとも一週間以内には返信もある。ただ教えて欲しいことは何も書いてない。
働いている会社も、住んでいる場所も、そして好きな人がいるのかも。
その兄、流禮(ながれ)が結婚を意識するようになるとは思ってもみなかった。何故なら彼は家庭に夢をみていないから。
継母は正直に言って、良い人じゃない。
人を羨んでばかりいる人。自分が一番大事で、幸福感を味わっていないとすぐに文句を言い始める。
そんな人と再婚した父。全ては魅音のせいだった――。
実の両親が離婚したのは覚えていない。
気づけば実母はいなかった。
たぶん父を困らせたんだと思う。魅音は内弁慶の典型で、家の中は荒れていた。
八つ当たりのように言葉をぶつける日々が続き、全てに嫌気が差していた。そんなとある日、駅前のコーヒー店で見つけたのだ。
『かっこいい男の人がバイトに入ったよ』
反抗するような言葉以外を永遠に聞くことはないかもしれない、と思っていたらしい父だ。その一言が彼の人生を変えるほど大きくなる、とは当時の魅音は分かっていなかった。中学に上がり、父との会話は憎まれ口をたたくことだけ。そんな魅音に変化が生まれた。
思春期前から反抗してきた娘は、思春期になったら恋をした。
見ているだけで楽しかった。中学では学校帰りの寄り道を禁じていたが、そんなことは関係ない。見つからなければ、と言いつつ見つかったこともあったっけ。
とにかく毎日、放課後はお店に通った。バイトなので、いない時もある。それでも毎日、通い続けた。
駅前なので同じ顔触れも多い。何となく会釈する人がいたり、一言二言、言葉をかわす人もできた。
そのせいもあるのだろう。いつの間にか、お店の人に覚えてもらった。友達はいないから、いつも一人。そんな魅音に声をかけることは難しくなかったと思う。いつもいるおばさん店員がコーヒーが好きなのかと尋ねてきた。当然だろう。毎日来ているのだから。頷くだけで応え、でもそれだけ。実際、甘いコーヒーは好きだが何も言えなかった。
ただ気づかれた。
「彼ね。今週はシフトに入ってないよ。次は来週の水曜日」
何かを教えたわけじゃない。その人もそれ以上は何も言わない。驚く魅音に、ありがとうございましたとトレーを差し出してきた。
父はそんな娘をこっそりと見ていた。
大学生らしい彼のことも、ひっそりと見ていた。そして彼の母親の存在を知る。
普通なら、大学生に中学生の恋人はできない。父も娘の失恋を見抜いていた。だから、そんな人を身近に置くことを考えた。
馬鹿だよね。
娘の為だけに再婚しようと思うなんて。
あちらも母子家庭で、どんな理由で一人親なのかは知らないけれど、ともかく知人を通じて再婚を申し込んだのだ。
そんなこととは露知らず。魅音のお店通いは一年以上も続き、受験の話が出る中二の夏休み。父から再婚するからと告げられた。
青天の霹靂。
今更、他人となんて暮らせない。
即座に反対をした。
父は何も説明しなかった。ただ大きな封筒から、書類と写真を出した。
そこに見つけた、彼の顔を。
どうして……。
義兄になる。
あの人が。
それだけでOKを出してしまった。
母親になる人に会ってもいなかったのに。結果、酷い親だった。最初こそ、人並みだったけれど、中学生の娘の扱いをすぐに放棄した。
『もう中学生なんだから一人でできるわよね』
これが決め台詞。そのせいで家事全般、全てをやることになった。
兄になったあの人はいつまで経っても帰ってこない。月に二、三日しかいない。部屋に籠もり出てこない。
やがて少しずつ絶望と諦めが魅音を支配し始めていった。
もともと住んでいたマンションに、あちらの家族が入ってきた形だ。魅音にとっての変化は、人が多くなったということだけ。でもよく考えたら実母がいたらこんな感じだったのかなと思ったりもした。物置に使っていた部屋を片付けて兄の部屋とし、父の部屋に継母が入った。
リビングと自分の部屋には、父と二人だった頃の思い出がある。
『魅音ちゃん。どうしたの』
きっかけは継母の方からの言葉だった。でも、その顔を見た瞬間、恐ろしくて泣き出した。小さな子供のように。
何がどう恐ろしかったのか、説明はできない。ただただ怖かった。雰囲気が怖かった。
暫くして流禮が部屋を出てきて、何もなければそのまま出かけたのだろう。でも響いた泣き声。だからリビングに入ってきた。
「何があった」
すぐに駆け寄って背中をさすってくれる。それで余計に泪が溢れた。暫く泣いて、顔をあげると心配そうな彼の顔があった。そのかっこいい顔に赤い痕を見た。
こっちの方が聞きそうになった、どうしたのと。
でも、その言葉を流禮は視線で止めた。今は聞いちゃ駄目だ。それだけが分かった。
その日から父は変わった。
魅音だけでなく、流禮のことも本当の子供として見るようになった。大学生でも子供だとよく話していた。
知らないうちに二人はとても仲良しになった。
流禮は長らく継母から暴力を受けていて、その秘密が父の知るところになった。すると彼の表情に笑顔が生まれた。それはバイト先で見るものとも違う、優しい温かいかっこいい微笑だった。
流禮のバイトは続いている。
魅音は半年くらい行っていなかったが、久しぶりに学校帰りに寄ることにした。
前とは違う。
ただのお客さんじゃない。どんな顔をするかなと少しだけ楽しみにして。
流禮の反応は至って普通だった。いつも内緒でシフトを教えてくれたおばさんの方が驚いていた――。
高校に進学し最初の夏休み、継母とは殆んど接することもなくなり、家のことは相変わらず父と魅音、少しだけ流禮がする。その流禮の就活で内定が出た。家では話さないけれど、バイト先では話すようで、お店の人からおめでとうと言われ初めて知った。
慌てて父に連絡し、外で会った。そこで就職したらすぐに研修で地方に行くことになるだろうと語る。どうやら会社とはそういうものらしい。
最初から魅音は他人よりは少しだけ近い存在という感じだった。詳しい話は何も教えてもらえない。淋しいけれど、仕方ない。自分の存在は無だから。
流禮と一緒にいたくて家族になった。
今は名前と顔を覚えてもらったという感じ。でもそれだけだ。
大好きな人は恋人にはならない――。
「魅音。もうすぐ誕生日だろう。何か、欲しいものあるか」
ファミレスに三人というのは珍しくない。でも、こんな言葉をかけてくれることなんかない。
どうしたのだろうかと流禮を凝視してしまった。
「そんな顔するなよ」
流禮は、これまで誰かの誕生日を意識したことがなかったと言う。では何故、今日は気にしてくれるのだろう。
「知り合いにさ。妹に何もプレゼントをしたことがないと言ったら呆れられた」
「それは恋人かな」
すかさず父の問いかけがあり、結婚しようかと思っていると返ってきた。
待って‼
お兄ちゃんに好きな人ができたってこと!?
いつか、そんな日がくるかもと想像したことはあった。でも彼の人間嫌いは筋金入りだ。どこかで女性には興味がないのではないかと思ってしまっていた。
その後、会話の殆んどを聞き取ることができなくなって、ただ笑っているだけだった。
あれから魅音は、流禮の恋人を憎む界で生きている――。
【了】 著 作:紫 草
ニコッとタウン内サークル「自作小説倶楽部」2021年2月小題:駅
イラスト提供
by 狼皮のスイーツマンさん