第五章 その弐
男でも女でも、仲間という単位に二人と三人の違いはあるのだろう。
ただ京音(けいと)のなかには、あまり感じられない。清夜(せいや)が一緒に暮らすことになった時、気を使ったのは月斗(つきと)の方だ。
それまで向かい合う形になることなどなかったのに、あえて京音の向かいに来るようになった。もしかしたら本人は無意識だったのかもしれない。
月斗は自分の良さを分かっていない。そこが、またいいところだから黙って見ているのも楽しい。
しかし三人になった。
二人の関係は変わってしまうと、あの時、覚悟を決めた。清夜がこちらに来ると決めた日に――。
しかし、それは間違っていた。
月斗は母が育てた。その彼が、自分との関係を変えてしまうような奴なら、母はどうしただろう。
三人が同じであること、そこには意味がない。自分と向き合う月斗がいれば京音は充分だった。
清夜の高校入学が決まり、みんなですき焼きを食べに行こうと誘ったのは自分だった。自分と月斗の時は大学入学の時だった。清夜はまだ高校生。月斗は、早いと言う。弟だろうと言ったら、少し違うと返ってきた。全部同じにすることはないだろうとも。
すき焼きを食べに行くのは絶対ではない。実際、父とは行ってない。自分の時は母が二人で行くかと尋ねてきたけれど、月斗も誘って一緒に出かけた。月斗は最初から受かったら三人ですき焼きだと言って勉強していた。
それぞれ決まったタイミングも理由も違う。月斗と清夜が兄弟だというのは変わらない。だから三人という単位や兄弟という言葉に京音が離れていってしまうことが怖いと言う。
『俺は同じ学校に行きたくて大学を決めたんだ。俺にとって兄弟っていったらもう清夜じゃなくて、京音なんだよ』
あれ、聞いた時は泣けた。
だったら尚のこと、自分たちとは違うことをしようと提案した。清夜には何も話さなかった。今度は家族の食事会だ。彼は喜んでいた。
話していると、二人は全く違うと思う。だからこそ清夜は月斗の背中を追いたくなったのだろう。
月斗は言ってくれた。三人ではなく、自分と月斗の二人と、一人の清夜の三人組だって。あれで本当に気持ちが軽くなった。
この先、どんなことがあっても自分は一人ではないと思えた――。
危篤の知らせがあって清夜は両親と一緒に病院へ向かった。
学校の課題の都合で月斗は電車で追うというので、京音も諸々の雑用を終えたら月斗と一緒に行くことにした。
自分たち二人が一緒に行かないと告げると、清夜はじゃあ自分も後で行きたいと言い出した。さすがにお父さんに怒られて一緒に出かけていったけれど。
あいつにとって叔父は、どんな存在だったんだろう。危篤だというのに行かないと言えてしまうことに驚いた。
十五歳でやってきた清夜は、まだ子供だった。もしかしたら接し方を間違えたのか。人を大切に思うことを、覚えきることができなかったのだろうか。大袈裟ではなく、彼は他人に対して冷たい。そして、まず損得から話が始まることが多い。そういう考え方を変えてやりたいと思ったものの、今のところできていない。
母から頼まれごとをしても、即答ができない。返事が遅いとお小言を食らう。そんな時も、自分からの素直な言葉はない。何も言わなくても、表面に現れる感情に全てを見透かされていると気づかないから、口先だけの言葉になっている。
そして重なる言い訳を、母は絶対に許さない。
清夜は東京の水が合っているのかな。
高校生活が始まると以前ほどは勉強に時間を取らなくなったように見える。最近は月斗の机が清夜の居場所になりつつある。もともと母のところに行くことが多かった月斗だ。特に気になるわけではないが、清夜が机に向かう時間と過ごし方には思うところがある。
しかし、それは自分が言うことじゃない。
大学に行きたいと言ったのは清夜本人だ。今の勉強が次に繋がる。京音は浪人したけれど、月斗は現役で合格してきた。結局、これまでの積み重ねがない分、清夜には持久力がない。
いつか、また慌てて準備することになるような気もするが、大学は付け焼き刃では受からない。京音は清夜の横顔をちらりと見てから頭を切り替え、自らの課題のために参考資料に没頭した――。
男でも女でも、仲間という単位に二人と三人の違いはあるのだろう。
ただ京音(けいと)のなかには、あまり感じられない。清夜(せいや)が一緒に暮らすことになった時、気を使ったのは月斗(つきと)の方だ。
それまで向かい合う形になることなどなかったのに、あえて京音の向かいに来るようになった。もしかしたら本人は無意識だったのかもしれない。
月斗は自分の良さを分かっていない。そこが、またいいところだから黙って見ているのも楽しい。
しかし三人になった。
二人の関係は変わってしまうと、あの時、覚悟を決めた。清夜がこちらに来ると決めた日に――。
しかし、それは間違っていた。
月斗は母が育てた。その彼が、自分との関係を変えてしまうような奴なら、母はどうしただろう。
三人が同じであること、そこには意味がない。自分と向き合う月斗がいれば京音は充分だった。
清夜の高校入学が決まり、みんなですき焼きを食べに行こうと誘ったのは自分だった。自分と月斗の時は大学入学の時だった。清夜はまだ高校生。月斗は、早いと言う。弟だろうと言ったら、少し違うと返ってきた。全部同じにすることはないだろうとも。
すき焼きを食べに行くのは絶対ではない。実際、父とは行ってない。自分の時は母が二人で行くかと尋ねてきたけれど、月斗も誘って一緒に出かけた。月斗は最初から受かったら三人ですき焼きだと言って勉強していた。
それぞれ決まったタイミングも理由も違う。月斗と清夜が兄弟だというのは変わらない。だから三人という単位や兄弟という言葉に京音が離れていってしまうことが怖いと言う。
『俺は同じ学校に行きたくて大学を決めたんだ。俺にとって兄弟っていったらもう清夜じゃなくて、京音なんだよ』
あれ、聞いた時は泣けた。
だったら尚のこと、自分たちとは違うことをしようと提案した。清夜には何も話さなかった。今度は家族の食事会だ。彼は喜んでいた。
話していると、二人は全く違うと思う。だからこそ清夜は月斗の背中を追いたくなったのだろう。
月斗は言ってくれた。三人ではなく、自分と月斗の二人と、一人の清夜の三人組だって。あれで本当に気持ちが軽くなった。
この先、どんなことがあっても自分は一人ではないと思えた――。
危篤の知らせがあって清夜は両親と一緒に病院へ向かった。
学校の課題の都合で月斗は電車で追うというので、京音も諸々の雑用を終えたら月斗と一緒に行くことにした。
自分たち二人が一緒に行かないと告げると、清夜はじゃあ自分も後で行きたいと言い出した。さすがにお父さんに怒られて一緒に出かけていったけれど。
あいつにとって叔父は、どんな存在だったんだろう。危篤だというのに行かないと言えてしまうことに驚いた。
十五歳でやってきた清夜は、まだ子供だった。もしかしたら接し方を間違えたのか。人を大切に思うことを、覚えきることができなかったのだろうか。大袈裟ではなく、彼は他人に対して冷たい。そして、まず損得から話が始まることが多い。そういう考え方を変えてやりたいと思ったものの、今のところできていない。
母から頼まれごとをしても、即答ができない。返事が遅いとお小言を食らう。そんな時も、自分からの素直な言葉はない。何も言わなくても、表面に現れる感情に全てを見透かされていると気づかないから、口先だけの言葉になっている。
そして重なる言い訳を、母は絶対に許さない。
清夜は東京の水が合っているのかな。
高校生活が始まると以前ほどは勉強に時間を取らなくなったように見える。最近は月斗の机が清夜の居場所になりつつある。もともと母のところに行くことが多かった月斗だ。特に気になるわけではないが、清夜が机に向かう時間と過ごし方には思うところがある。
しかし、それは自分が言うことじゃない。
大学に行きたいと言ったのは清夜本人だ。今の勉強が次に繋がる。京音は浪人したけれど、月斗は現役で合格してきた。結局、これまでの積み重ねがない分、清夜には持久力がない。
いつか、また慌てて準備することになるような気もするが、大学は付け焼き刃では受からない。京音は清夜の横顔をちらりと見てから頭を切り替え、自らの課題のために参考資料に没頭した――。
To be continued. 著作:紫 草