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成人式を来年の一月十五日に控え、春に誕生日を迎えた永島美咲は、とある秋の日、両親から話があると居間に呼ばれた――。
女の子が大学なんてと散々言われても、両親の反対を押し切って進学した。
最後には父が許してくれて、いわゆるお嬢様学校ならと母も折れた。それからは偏差値との戦いで猛勉強し何とか合格。二年生になると少しだけ余裕も生まれ、母とは成人式用の振袖を買いに行くという話が出ていた。レンタルを利用するという友達もいるが、知り合いの半数以上は購入予定だと話している。
ところが空いている日と言われても、土日はアルバイトを入れているので空いていない。気づけば試験期間に突入し、終わったら絶対に呉服屋さんに行くからと言われてしまった。
「お母さんが決めてくれたらいいよ。私がいなくてもいいでしょ」
正直、美咲が何を言っても、最終的には母の思う通りに決まるのだ。だったら行く必要はないんじゃないかと思う。しかし絵柄を合わせてみないと駄目だとか、袖の長さや小物を選ぶ必要もあると言われる。面倒だとは言えず、次の日曜日に某百貨店の呉服売り場に行くことにした。
結局、着物を選ぶだけで一時間。仕立てが上がってくると、写真を撮るからと近所の写真館を訪れた。
成人式は来年なのに、どうしてこんなに早く撮るのかしら。
何枚もポーズを変えてやっぱり一時間。もう疲れた。
出来上がりの日にちを聞かれたが、母が取りに来ると思うのでいつでもいいと答えた。取りに行くだけでなく、出来上がった写真も見ないままだ。
そして一ヶ月、突然、話があると言われて呼ばれた時も、またくだらないことだろうとしか思わなかった。
「お見合い?」
「そうよ。環さんがお話を持ってきて下さったの。あの方、この辺りの縁談の殆んどの仲人をしているのよ」
母の話がお見合いそのものから、近所の環さんの話に変わっている。
それはいい。お見合いって誰の?
父はテレビを見ている視線を一瞬、美咲に向けたがすぐに戻した。何かを話すつもりはないようだ。
母の話は決定事項で、次の日曜日にはお見合いをするらしい。
美咲に恋人や好きな人がいるとは思わないのだろうか。一流ホテルのロビーがどんなに素晴らしくても、振袖がどんなに高価で有名な作家の作品だろうとも、美咲自身が不釣り合いなら意味はないのに。
美咲のアルバイト先は近所の神社だ。
土日に巫女として働いている。バイトは絶対禁止と言っていた母が唯一許してくれたバイト先だった。
そこで知り合ったのは、お花屋さんでバイトをしていて配達に来る人だった。山岸さん。好印象で少しだけ好意を持っていた。短い時間だったけれど話をする時は楽しかったし、ずっと女子校だったから、すごく刺激的で新鮮だった。
自分を客観的に見られるようになったのは、彼のお蔭だ。大学でも友達と話すこと、一つ一つを大事にして考えるようになった。
やっと、ちゃんとした大人になるってことが分かるようになったのに。
「結婚するつもり、まだないんだけれど」
美咲の呟きなんて母には関係ない。
「おばちゃんの顔を潰せないのは分かった。でも結婚はできないって断るからね」
それだけ言って部屋に戻った――。
家には格がある。
今時、そんなことを言ってる親がどれだけいるのよ。新人類と呼ばれた世代の自由恋愛率がどれだけ高いのか、うちの親は分かってなさすぎる。
そして二十歳になった娘は、もう大人だってことを理解していない……。
少しだけ泣いて、ベッドに入った。
近所のおばちゃんが持ってきた話だ。
お見合いと言いながら、すでに話は決まっているようだ。
晴れの日、なんて言わせない。美咲にとって今日は褻(ケ)の日よ。
それでも新品の振袖に袖を通せば、気持ちは晴れやかになる。こんなことの為に選んだ訳ではなかったけれど、作家さんの思いの籠もった京友禅に思わず笑みが零れた。
玄関を出ると、そこに近所の人が待っている。
「相手の方に嫌われるかもしれませんよ。まだ決まったわけじゃありません」
ホテルに着いたのは、約束の時間の三十分前。最初は短い時間だけと言われていたのに、いつの間にか食事をすることになっている。
環のおばちゃんに聞いたら、相手の方からの申し出だと言われた。
「あ!」
急に大きな声を出したからか、母から叱られた。
「美咲ちゃん、どうしたの」
環のおばちゃんが聞いてくれる。
「私、相手の方の写真も身上書も見てません」
「えええええ」
今度はおばちゃんが大きな声を出して周りから睨まれている。
「どうして。自分の一生の問題でしょ」
「いえ。まだ結婚するつもりないので」
「そうなの? 明子さんが誰かいい人いないかっていうから、美咲ちゃんが結婚したいのかと思ってたわ」
大学を退めるつもりもないですし、母が勝手に言ってるだけなんです。そう言ってしまうのは簡単だろう。ただ何となく言ってはいけないような気がした。
「いくら気の乗らない話でも、相手のことを何も知らなければ話もできないですね」
ごめんなさい、と謝ってどんな人ですかと尋ねた。
お見合い。
一瞬、本来の意味を忘れてしまうところだった。
ホテルのロビーに、山岸が現れたのだ。
仕事だろうか。こんな姿を見られたくない。思わず父の後ろに隠れた。
どうして選りに選って、今日ここに来るのよ。
近所の人だけでなく、神社にまで知られたら本当になし崩しのように決まってしまいそう。
少しだけ泣きそうになる。
すると――。
「山岸さん」
あろうことか環のおばちゃんが彼に声をかけた。
「こんにちは」
「あら。ご両親は?」
「来なくていいって言ったんです。ですから永島さんの親御さんも環さんも、もういいですよ。二人で食事してきます」
母は面食らったように立ちつくしている。父の方が対応は早かった。
「そういうことなら我々は退散しよう。早めに帰して下さいね」
「はい」
山岸は父に頭を下げた。それから初めて美咲を見る。
「似合ってる」
「断られるのは分かってる。だからご飯だけ食べに行こう」
「え? どうして断るって」
「今日まで連絡なかったから。この話、乗り気じゃないのは知ってる」
どうしよう。話が見えない。確かにしたくないって思ってたけれど、相手が山岸なら話はかわってくる。
とにかく予約しているところに行こうとホテルを出た。そして和食の料亭に連れて行かれる。
立派なお店だった。
「高そうなお店ですね」
「親が出すんだから、気にしなくていいよ。好きなもの頼もう」
そう言われて初めて笑った。
「うん。折角だからね」
それからは、とりとめもない話をしながら楽しい時間を過ごした。食事は最高級で、山岸の話題は豊富で、そして佇まいが上品。食べ方が綺麗な人は、一緒にいても落ち着く。元々ふざけたことを言わない人だと言うのは分かっている。
「どうしてお花屋さんのバイトをしているんですか」
「え!?」
「え?」
「身上書、読んでないの」
あ、不味い。
「ごめんなさい。実は」
美咲は正直に乗り気でなかったこと、読んでいなかったことを話した。
「そうだったんだ」
そう言うと彼は俯いた。
どうしたのだろう。
「相手が君だと知って、身上書に一枚足した。もし本気なら先に連絡が欲しいって」
その連絡がなかったから断るつもりだと思ったという。
そんなことになっているとは露ほども思わず、何も知らなかったとはいえ美咲は納品に来た彼にとんでもないことを聞いている。
「確か、今の時代、お見合いってありだと思いますかだったよね」
「はい。申し訳ありません」
あゝ、穴があったら入りたい。
「いくら知り合いだって言っても、見合いが決まっている相手の家に電話はしにくいとも思ったんだ」
だから、わざわざ神社に来て話す機会を与えてくれたのね。
「私、山岸さんとならお付き合いしてもいいです。ただ大学はやめたくないの。卒業まで待ってもらっていいですか」
彼は少しだけ驚いたような表情を見せ勿論、と頷いてくれた――。
【了】 著 作:紫 草
ニコットタウン内企画(水曜コーdayショー♪)2019.11.6 お題:お見合い