でも、翌週。
待ちに待った火曜日は、生憎の雨となった。
彼は来るなと言ったけど、そんなことを言うくらいだから、絶対来る筈ないけれど、やっぱり足は公園へと向かう。
あんなに綺麗だった落葉は、雨の下につぶれてる。
あの時は、あんなに綺麗に彼の顔を照らしていたのに。
あの時のあんなに綺麗な彼の顔、見たことないくらい輝いてたのに。
まだ数日前のことなのに、何だか何ヶ月も経ってしまったことのよう。
見上げても、雨の止む気配はない。折角、学校サボって来たのに…。
雨の落ちる暗い空は、まるで実の梨の胸の内をさらけ出しているようだ。結局、雨は降り続き、上がったのは星の瞬く夜になってからだった――。
「おい。いつから待ってる」
夜の公園は小さな街灯があるだけで、近づいてくるその人の顔は分からない。
ただ、その声は彼だって分かる。絶対に彼だって、その声音を憶えてる。
どうしよう。
涙が溢れてきて止まらない。答えたくても、言葉にならない。
でも、どうして来たんだろう。
約束は一時だったのに。雨が降ったら、消えてなくなってしまう約束だった筈なのに。
「今、仕事の帰り。雨が止んでることに気付いて、前を通りかかった。そしたら月明かりに、君の姿が浮かんで見えたんだ」
実の梨の心の中が読めたように、彼はそう言いながら近づいて来る。
一歩一歩、確実に近づく彼の顔が、実の梨にもはっきりと見えた。
「こんな薄暗い公園で、もし変な奴に襲われてたらとか思ったら、寿命が縮まった。えっと“ふじしまみのり”さん。ちゃんと約束するから、こういうことは止めてくれ」
その言葉に対し、実の梨は首を横に振る。
もう充分。
赤の他人の自分のために、わざわざ足を運んでくれた。こうして来てくれた。その心配そうな表情を見せてくれた、それだけで。
そう言ってもらえた言葉も、実の梨だけのもの。その声音を、きっと一生忘れない。
「迷惑かけるつもりはありません。わざわざ来てくださって、ありがとうございました」
彼の脇を通り抜けようとして、小さく頭を下げた。
「待てよ」
そう言われて足が止まる。
腕を摑まれ、引き寄せられた。そして彼の唇が近づいてくる。
(キスされる!)
思わず目を閉じる。
ところが、いつまで経っても、その数センチは縮まらない。
(…あれ、しないの!?)
片目を薄めに開けて見る。
あ。
にやりと笑った彼の視線を実の梨の片目が捉えた途端、唇がおりてきた。閉じる筈の瞳は全開となり、多くの瞬きの中に彼の睫毛がバッチリ見えた。髪に埋められる彼の長い指にもドキドキした。
それなのに彼の肩越しに見える、月明かりの中の椛が艶やかに葉を魅せているのを、冷静に綺麗だなと思う自分がいる。
「携帯の番号、教えて。ちゃんとナンパするから」
そう言い終わらないうちに、二度目のキスが降ってきた。
そして実の梨にだけ向けられる甘い声音は、優しく告げる。
「キスから始まる、恋をしよう」
と――。
【了】
著作:紫草
待ちに待った火曜日は、生憎の雨となった。
彼は来るなと言ったけど、そんなことを言うくらいだから、絶対来る筈ないけれど、やっぱり足は公園へと向かう。
あんなに綺麗だった落葉は、雨の下につぶれてる。
あの時は、あんなに綺麗に彼の顔を照らしていたのに。
あの時のあんなに綺麗な彼の顔、見たことないくらい輝いてたのに。
まだ数日前のことなのに、何だか何ヶ月も経ってしまったことのよう。
見上げても、雨の止む気配はない。折角、学校サボって来たのに…。
雨の落ちる暗い空は、まるで実の梨の胸の内をさらけ出しているようだ。結局、雨は降り続き、上がったのは星の瞬く夜になってからだった――。
「おい。いつから待ってる」
夜の公園は小さな街灯があるだけで、近づいてくるその人の顔は分からない。
ただ、その声は彼だって分かる。絶対に彼だって、その声音を憶えてる。
どうしよう。
涙が溢れてきて止まらない。答えたくても、言葉にならない。
でも、どうして来たんだろう。
約束は一時だったのに。雨が降ったら、消えてなくなってしまう約束だった筈なのに。
「今、仕事の帰り。雨が止んでることに気付いて、前を通りかかった。そしたら月明かりに、君の姿が浮かんで見えたんだ」
実の梨の心の中が読めたように、彼はそう言いながら近づいて来る。
一歩一歩、確実に近づく彼の顔が、実の梨にもはっきりと見えた。
「こんな薄暗い公園で、もし変な奴に襲われてたらとか思ったら、寿命が縮まった。えっと“ふじしまみのり”さん。ちゃんと約束するから、こういうことは止めてくれ」
その言葉に対し、実の梨は首を横に振る。
もう充分。
赤の他人の自分のために、わざわざ足を運んでくれた。こうして来てくれた。その心配そうな表情を見せてくれた、それだけで。
そう言ってもらえた言葉も、実の梨だけのもの。その声音を、きっと一生忘れない。
「迷惑かけるつもりはありません。わざわざ来てくださって、ありがとうございました」
彼の脇を通り抜けようとして、小さく頭を下げた。
「待てよ」
そう言われて足が止まる。
腕を摑まれ、引き寄せられた。そして彼の唇が近づいてくる。
(キスされる!)
思わず目を閉じる。
ところが、いつまで経っても、その数センチは縮まらない。
(…あれ、しないの!?)
片目を薄めに開けて見る。
あ。
にやりと笑った彼の視線を実の梨の片目が捉えた途端、唇がおりてきた。閉じる筈の瞳は全開となり、多くの瞬きの中に彼の睫毛がバッチリ見えた。髪に埋められる彼の長い指にもドキドキした。
それなのに彼の肩越しに見える、月明かりの中の椛が艶やかに葉を魅せているのを、冷静に綺麗だなと思う自分がいる。
「携帯の番号、教えて。ちゃんとナンパするから」
そう言い終わらないうちに、二度目のキスが降ってきた。
そして実の梨にだけ向けられる甘い声音は、優しく告げる。
「キスから始まる、恋をしよう」
と――。
【了】
著作:紫草