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その分
ピピッ。
小さなアラーム音が聞こえ、真帆は目を覚ました。
音の源はどうやらベッド脇に置かれたデジタル時計のようだ。たぶん一時間おきに鳴るアラームだろうが、真帆が気付いたのは、今だ。
見れば午前十一時。そして借りたベッドの上に身を起こし、暫し昨夜のことを思い返してみた。
店の男たちの叫び声が飛び交い、女たちは裏口へと走った。ベニアに色を塗っただけの薄い板とはいえ、とりあえず視界は遮られているため、隣の様子は分からない。ただ何かが起こったことだけは確かだった。
真帆は客に声をかけ、様子を伺おうとしたらカーテンを勢いよく引かれた。入ってきたのは私服警官だったろう。客に逃げるように声をかけながら刑事に抱きついた。振り払われた時、壁にしたたか打ち付けられ気を失った。気づいたら、近所にある医院の診察室だった。
顔馴染みの老医師が、年に似合わぬウィンクをかっこよくキメるのを見た。
「目が覚めたか」
老医師の言葉に頷くと、視界の外から声がした。
「じゃ署まで来てもらおうかな」
声のした方に目を向けると、若い制服警官がいる。
「店が一斉検挙されたんだ。行くしかないぞ」
医師はそれだけ言うと、次の患者の方に離れていった──。
ベッドを出て、リビングに向かう。
葛城の姿はなく、部屋は静まりかえっていた。そんな中、微かな音が聞こえたような気がして辺りを見渡した。
ソファの奥の部屋の隅。それはそこに在った。
何の音だろう。
真帆が近づくと、再び小さな音がする。
「あ!」
亀だ。祭りの縁日で売っているような緑色の小さな亀。それがサイドテーブルに置かれた四十センチ四方の透明なケースに二匹入っている。
大きな石と小さな石の狭間を器用に移動してゆくと、そこに真帆の気付いた音が生まれる。
亀のエサと書かれた箱も置いてある。彼女の顔に漸く笑みが浮かんだ。
キッチンに行くと、テーブルに現金が置いてあった。
(このお金、持って出ていけってことかなぁ)
真帆は少しだけ考えて、ため息をつく。そして現金には触れずに冷蔵庫から缶コーヒーを取り出した。
インターフォンが鳴った。同時に画面が点灯し鳴らした人間が映し出される。
真帆は背中越しに画面を覗くと、そこに驚くべき人間の姿を見た。見間違いかと改めて画面に近づき確認したが、本人だった。
(どうして……)
初めて葛城に逢った時、彼は女にはたかれていた。そしてフラレたと。
それなら何故、この女は今ここにいるんだろう。自分がここにいることを知らせたのだろうか。
現金の置いてあったテーブルにメモか何かがあったかもしれないと探してみるが何もない。
(まさかヨリを戻した?)
その時、再びインターフォンが鳴り画面が映し出される。
思わず現金をつかんだ。そしてしっかりと握りしめる。
(前にも貰ったっけ、五万円……)
真帆の瞳に涙が溢れた。
To be continued. 著作:紫 草
HP【孤悲物語り】内 『溺れゆく』表紙