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スターフォックスの一ファンのブログ

「ファルコとの出会い」その67

2012年02月12日 22時11分04秒 | 小説『ファルコとの出会い』

「……だから破壊と殺戮に手を染めたのか、と皆さんは思うことだろう。正確には違う。
 もう三十年以上前のことだが、『トネリコの日』のことは、もちろん知っておられるだろう。貧困に押し込められたハールの労働者たちの不満が爆発し、起こした暴動はコーネリア各地に飛び火した。
 私はそのとき、一介の技術者に過ぎなかった。暴動に参加することはなかった。ロキオンの支配から抜け出したい気持ちは同じだったが、私は私で、暴動とは別の力で彼らと対等になろうと息巻いていた。
 つまり私も若かったということだ。
 暴動には静観を決め込むつもりだったが、間接的に、思わぬ形で関わることになった。
 コーネリア軍は、押し寄せる群衆の真ん中にガス弾を数発、撃ち込んだ。
 ガスの主成分は、ある生物から抽出した神経伝達物質をもとに生合成したもので……無色透明だが、ほのかに柑橘類のような香りがある。この成分が気道粘膜を経て血中に入り中枢神経にまでたどり着くと、種族を問わず、交感神経の働きを鈍麻させ、多幸感、嗜眠がもたらされる。
 ちょうど、風呂で一日の疲れを洗い流し、ガウンに着かえたあと暖かい布団にもぐり込んだ時のような、やすらかなまどろみの中に落ちてゆくのだよ。
 同じガスが、軍が勢力圏を拡大する際、軌道上をうろつくごろつき共や、軍事施設を占拠したテロリストに向けて使われたことがある。
 楽なものだ。ごろつき共が得意になって乗り回している快速艇や、テロリストが篭城する施設の大気調節器からガスを注入してやれば、相手はあっさりと眠りに落ちる。しあわせな夢を見ながら、みなお縄だ。
 だが、この暴動の場合は、少々事情が違っていた。というより、最悪だった。
 このガスは、狭く遮蔽された空間に短時間で行き渡らせられる場合に、最も大きな威力を発揮する。
 では、その逆、広く、遮蔽もされていない空間で、ひしめきあう群衆に向けガスを散布したら、いったいどうなっただろうか?
 まずガスを吸い込んだ数名が、幸福感と共に眠りについた。その周囲の者も、ガスの広がりに従って、次々に。
 残りのものは、異変に気づくと、はげしい恐怖に襲われた。この時点で、このガスは一般に知られていない。昏倒する仲間を見て、すやすや寝入っているだけだとは、誰も気づけないのだ。
 たちまちのうちに、悲鳴と怒号が飛び交い、群衆は恐慌状態に陥った。われ先に逃げようとする人々が折り重なり、拡散するガスに追いつかれて眠りに落ちる。その上を、まだガスが効かない者が乗り越えていった。
 逃げ惑う群衆に踏み潰され圧死したもの、眠ったまま側溝に転落し溺死したもの、夢うつつのまま、手にした銃器を暴発させたもの。
 『死者263名、負傷者580名』……その日の夕方のニュースのテロップを、私は忘れることができない。
 いいや。忘れてはいけないのだ…………。」


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