市街を行き交う人々には、さほどの驚きは生じていなかった。この科学者の所業がメディアで話題になることなど珍しくもないし、以前は軍の科学技術部で最高責任者を務めていた人物でもあるのだ。いまモニタに映し出されている映像は例の事件以前に録画されたもので、あの事件から○年後、その爪痕は今――そんな主旨の特番でも今から始まるのだろう。
そう思って、一度は止めた視線をモニタから外し、ふたたび元の仕事にとりかかった者が大半だったのだが、科学者の次の台詞を聞くと、もう一度視線を戻すことになった。
「ここ、惑星ベノムへと流されてから、早いもので5年と7ヶ月だ……」
コーネリアの住人にとって、ベノムという言葉の意味するところは『地獄』に等しかった。同じく、ベノム送りと言った場合は『死刑』と同義にとった。惑星表面は酸を含んだ大気に覆われ、もしも無防備で曝されようものなら、皮膚も粘膜もものの数時間で焼けただれ、二目と見られぬ姿になる。腐食した粘膜からの血が気道に流れ込むせいで、呼吸するたびに激しくむせかえる。血と肉でできた雑巾としか見えなくなる頃には両目も白く濁っていて、本人はその姿を目にすることはできない。そして、風化したもろい岩壁から足を踏み外すか、硝酸の海に身を投げるか――いずれにしても、その命は恐るべき酸性の大気と大洋にしゃぶり尽くされ、骨の形も残らない。
そのはずだのに。いまモニタの向こうの人物は何と言った?
「住みにくいところだと思ったよ、はじめのうちはな。なにせスーパー・マーケットの一軒もないのだ。公衆トイレもなければ、『サイエンス・オブ・ライラット』の定期購読を頼める書店もない」
真顔のまま淡々と話す内容は、もしかしたら彼なりのジョークなのかもしれないが、笑う者は誰もいなかった。
「そこでだ、『住めば都』という言葉を信じて少しばかり努力をしてみたわけだ。5年と7ヶ月前に、私が起こした事件――皆さんはあれを、ただの破壊、殺戮だと思っているかもしれないが、私にとっては『革命』だった。まあ、今はそのことには触れないでおこう。
その事件の前後に、いくつかの方法を使って、この星の一部に改造を加えたのだ。最初は雨風をしのぐ岩窟があるだけだった。学生のとき仮住まいしていたボロ部屋を思い出したよ。しかし小さな努力の積み重ねが実ったおかげで、こうしてジャックした電波で皆さんの快適な生活のなかに現れることもできるようになった――」