②ゼランドール市
トリンガム兄弟がゼノタイムで錬金治癒師として、生活しだしてから半年が過ぎた。ようやく、金庫の中身の処分も決まりマグワールの裁判の判決も出た。罪状は多かった。未成年者の誘拐監禁、強制わいせつ、詐欺、脱税、不当融資、利息制限法違反、騒乱罪、銃刀法違反。そしてようやく立証された殺人罪。ナッシュトリンガムの遺体は警察の捜査では発見されなかった。それでも殺人が立件されたのは、最年少国家錬金術師エドワードエルリックの証言文書のおかげであった。
ベルシオ・アースは長い判決文書を読んだ。そして、読み終えると同時に文書を暖炉に放り込んだ。(これだけはあいつらには見せられない) 判決文の中でマグワールは自白していた。―ナッシュ・トリンガムの遺体は薬品で溶かされ、赤い石の材料にされたー。そして、ベルシオは知っていた。あの豆術師エドと戦ったとき、ラッセルが何を持っていたか。ゼノタイムの赤い石それはナッシュ・トリンガムの遺体から作りだされていた。
「おっきいせんせい、ちっちゃいせんせい」
子供たちの呼ぶこれがトリンガム兄弟の新しい呼び名であった。治癒師の傍ら兄弟は外で遊べない子供たちに基礎的な勉強を教えていた。
ゼノタイムの町は今、大変な難問を抱え決断を迫られていた。100年前の記録にある風土病の再流行である。まず子供に気管支炎が増えた。最初は土ぼこりが原因と思われていたが、やがて若い世代を中心に不可解な皮膚病が蔓延した。トリンガム兄弟は、風が運ぶ何かの原因物資へのアレルギーのようなものと診断した。こういうものは原因を除かない限り根治は難しい。対処療法に追われるラッセルは、患者の人数の多さに過労になりかけていた。やがて、全世代を問わず潰瘍に悩む人が増えた。ペルシオの植えていた作物もオレンジの木も枯れ、生命力の強いはずの竹科の植物すら枯れた。このころ、前町長と現町長との間で、言い争いがあった。現町長の持つ町の記録簿に今回の流行病とそっくりの記述があったのだ。そこには、町をあげて移住し5年後おさまったので町を再建したと書かれていた。現町長はその記録を隠していた。前町長は、それを問題にした。この言い争いをきっかけに町を離れる決意をする人が増えた。
やがて、前町長の主張する移転が正式に決まった。
「ゼランドール市なら、親戚や知り合いも多い。みんなでいけば助け合える。全滅しないうちに移転しよう。」
移転しようといっても簡単にはいかない。まずは先方の許可がいる。ゼランドール市の移転許可は当初下りなかった。ゼノタイムはエドの言葉を借りれば「お疲れっぽい町」であった。ようやく、過去の栄光の記憶を断ち切って再建しようという矢先の風土病の再流行であった。大して、財産のあるものもいない。ゼランドール市では下層民になるよりほかない。受け入れは不可能、というのが市の正式回答であった。2度目の交渉でゼノタイムはある条件を加えた。その結果、受け入れ許可が下りた。
加えられた条件を後になって聞いたべルシオ・アースはなき友に代わって町長達を怒鳴りつけた。
「いい加減にしてくれ。贖罪はこの1年で十分しただろ。あいつらはまだ子供だぞ。」
町長は、町のお抱えの治癒師をゼランドール市民に開放することを条件に加えていた。
「それで移民許可が下りたのですね。それなら、かまいませんよ。」
「おお、そういってもらえると助かるよ。」町長の表情が一変する。
いつ降りてきたのか、2階で眠っていたはずのラッセルが階段の手すりにもたれていた。
「ラッセル、子供が口をはさむな」
「いや、べルシオ子供といってももう15歳だ。自分たちのことは自分で決めさせてもいいではないか」
ざる男とあだ名される町長が、ここぞとばかりに言う。
(何が、決めさせてもいいだ、 こいつらが抵抗できないのをいいことに押し付けているだけじゃないか。だいたいマグワールのときだってあの状況でラッセルにほかに何ができたって言うんだ。俺のナッシュの子供達がどうしてこんな苦労をしなくてはならないんだ。)
カツン
階段の上から小さい足音がした。
「にいさん、」
「フレッチャーお前は寝ていろ。」
「ひとりはいやだ。」
「寝ぼけているな。すぐ行くから部屋に戻っていろ」
「うん」
フレッチャーの小さな足音が遠ざかった。
「ラッセル、お前も寝ろ。子供が起きている時間じゃない」
時計の針は、夜11時を指していた。
「今夜のうちにお話を伺っておきたいのですが、よろしいですね町長。」
「おお、それはもう、話が早くて助かるよ」
(このうそつきめ、晩飯も食えないぐらいストレス溜め込んでいるくせに、見た目だけとりつくりやがって 大体15歳の子供のする表情じゃないだろ。)
エドワードが明るい太陽の下で『だったら、まっすぐ進むしかないだろ。』と力強く語っているとき、ラッセルは月の光もとどかぬ場所で大人ばかりを相手に『その、ご判断で間違いはないと考えます。』と愛想笑いを浮かべるのだった。
ゼノタイムの町は空っぽになった。町の入り口のゲートは閉鎖された。これからどうなるのか、不安な表情を隠せない町の人々にラッセルは天性のカリスマとしかいえない笑みを見せる。子供たちがおっきい先生のまわりに集まっている。それを囲むようにして大人もラッセルの周りに集まっている。
「大丈夫、ここを離れても、みんな一緒だからね」
泣き出しそうなエリサを抱き上げてラッセルは力を込めて言った。
「せんせいもいっしょなの」
「そうだよ」
「また、トマトつくれる?」
「いつかね、ここでエリサのトマトを作れるようにしてあげるよ。」
「やくそく?」
「約束だよ」
後の話になるが、この約束は12年後に果たされる。16歳のエリサが一人の赤い瞳の青年と婚姻することによって。
③ 苛立ち
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トリンガム兄弟がゼノタイムで錬金治癒師として、生活しだしてから半年が過ぎた。ようやく、金庫の中身の処分も決まりマグワールの裁判の判決も出た。罪状は多かった。未成年者の誘拐監禁、強制わいせつ、詐欺、脱税、不当融資、利息制限法違反、騒乱罪、銃刀法違反。そしてようやく立証された殺人罪。ナッシュトリンガムの遺体は警察の捜査では発見されなかった。それでも殺人が立件されたのは、最年少国家錬金術師エドワードエルリックの証言文書のおかげであった。
ベルシオ・アースは長い判決文書を読んだ。そして、読み終えると同時に文書を暖炉に放り込んだ。(これだけはあいつらには見せられない) 判決文の中でマグワールは自白していた。―ナッシュ・トリンガムの遺体は薬品で溶かされ、赤い石の材料にされたー。そして、ベルシオは知っていた。あの豆術師エドと戦ったとき、ラッセルが何を持っていたか。ゼノタイムの赤い石それはナッシュ・トリンガムの遺体から作りだされていた。
「おっきいせんせい、ちっちゃいせんせい」
子供たちの呼ぶこれがトリンガム兄弟の新しい呼び名であった。治癒師の傍ら兄弟は外で遊べない子供たちに基礎的な勉強を教えていた。
ゼノタイムの町は今、大変な難問を抱え決断を迫られていた。100年前の記録にある風土病の再流行である。まず子供に気管支炎が増えた。最初は土ぼこりが原因と思われていたが、やがて若い世代を中心に不可解な皮膚病が蔓延した。トリンガム兄弟は、風が運ぶ何かの原因物資へのアレルギーのようなものと診断した。こういうものは原因を除かない限り根治は難しい。対処療法に追われるラッセルは、患者の人数の多さに過労になりかけていた。やがて、全世代を問わず潰瘍に悩む人が増えた。ペルシオの植えていた作物もオレンジの木も枯れ、生命力の強いはずの竹科の植物すら枯れた。このころ、前町長と現町長との間で、言い争いがあった。現町長の持つ町の記録簿に今回の流行病とそっくりの記述があったのだ。そこには、町をあげて移住し5年後おさまったので町を再建したと書かれていた。現町長はその記録を隠していた。前町長は、それを問題にした。この言い争いをきっかけに町を離れる決意をする人が増えた。
やがて、前町長の主張する移転が正式に決まった。
「ゼランドール市なら、親戚や知り合いも多い。みんなでいけば助け合える。全滅しないうちに移転しよう。」
移転しようといっても簡単にはいかない。まずは先方の許可がいる。ゼランドール市の移転許可は当初下りなかった。ゼノタイムはエドの言葉を借りれば「お疲れっぽい町」であった。ようやく、過去の栄光の記憶を断ち切って再建しようという矢先の風土病の再流行であった。大して、財産のあるものもいない。ゼランドール市では下層民になるよりほかない。受け入れは不可能、というのが市の正式回答であった。2度目の交渉でゼノタイムはある条件を加えた。その結果、受け入れ許可が下りた。
加えられた条件を後になって聞いたべルシオ・アースはなき友に代わって町長達を怒鳴りつけた。
「いい加減にしてくれ。贖罪はこの1年で十分しただろ。あいつらはまだ子供だぞ。」
町長は、町のお抱えの治癒師をゼランドール市民に開放することを条件に加えていた。
「それで移民許可が下りたのですね。それなら、かまいませんよ。」
「おお、そういってもらえると助かるよ。」町長の表情が一変する。
いつ降りてきたのか、2階で眠っていたはずのラッセルが階段の手すりにもたれていた。
「ラッセル、子供が口をはさむな」
「いや、べルシオ子供といってももう15歳だ。自分たちのことは自分で決めさせてもいいではないか」
ざる男とあだ名される町長が、ここぞとばかりに言う。
(何が、決めさせてもいいだ、 こいつらが抵抗できないのをいいことに押し付けているだけじゃないか。だいたいマグワールのときだってあの状況でラッセルにほかに何ができたって言うんだ。俺のナッシュの子供達がどうしてこんな苦労をしなくてはならないんだ。)
カツン
階段の上から小さい足音がした。
「にいさん、」
「フレッチャーお前は寝ていろ。」
「ひとりはいやだ。」
「寝ぼけているな。すぐ行くから部屋に戻っていろ」
「うん」
フレッチャーの小さな足音が遠ざかった。
「ラッセル、お前も寝ろ。子供が起きている時間じゃない」
時計の針は、夜11時を指していた。
「今夜のうちにお話を伺っておきたいのですが、よろしいですね町長。」
「おお、それはもう、話が早くて助かるよ」
(このうそつきめ、晩飯も食えないぐらいストレス溜め込んでいるくせに、見た目だけとりつくりやがって 大体15歳の子供のする表情じゃないだろ。)
エドワードが明るい太陽の下で『だったら、まっすぐ進むしかないだろ。』と力強く語っているとき、ラッセルは月の光もとどかぬ場所で大人ばかりを相手に『その、ご判断で間違いはないと考えます。』と愛想笑いを浮かべるのだった。
ゼノタイムの町は空っぽになった。町の入り口のゲートは閉鎖された。これからどうなるのか、不安な表情を隠せない町の人々にラッセルは天性のカリスマとしかいえない笑みを見せる。子供たちがおっきい先生のまわりに集まっている。それを囲むようにして大人もラッセルの周りに集まっている。
「大丈夫、ここを離れても、みんな一緒だからね」
泣き出しそうなエリサを抱き上げてラッセルは力を込めて言った。
「せんせいもいっしょなの」
「そうだよ」
「また、トマトつくれる?」
「いつかね、ここでエリサのトマトを作れるようにしてあげるよ。」
「やくそく?」
「約束だよ」
後の話になるが、この約束は12年後に果たされる。16歳のエリサが一人の赤い瞳の青年と婚姻することによって。
③ 苛立ち
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