金属中毒

心体お金の健康を中心に。
あなたはあなたの専門家、私は私の専門家。

2 新しい街へ

2006-12-22 21:19:59 | 鋼の錬金術師
②ゼランドール市 

トリンガム兄弟がゼノタイムで錬金治癒師として、生活しだしてから半年が過ぎた。ようやく、金庫の中身の処分も決まりマグワールの裁判の判決も出た。罪状は多かった。未成年者の誘拐監禁、強制わいせつ、詐欺、脱税、不当融資、利息制限法違反、騒乱罪、銃刀法違反。そしてようやく立証された殺人罪。ナッシュトリンガムの遺体は警察の捜査では発見されなかった。それでも殺人が立件されたのは、最年少国家錬金術師エドワードエルリックの証言文書のおかげであった。

 ベルシオ・アースは長い判決文書を読んだ。そして、読み終えると同時に文書を暖炉に放り込んだ。(これだけはあいつらには見せられない) 判決文の中でマグワールは自白していた。―ナッシュ・トリンガムの遺体は薬品で溶かされ、赤い石の材料にされたー。そして、ベルシオは知っていた。あの豆術師エドと戦ったとき、ラッセルが何を持っていたか。ゼノタイムの赤い石それはナッシュ・トリンガムの遺体から作りだされていた。

 

「おっきいせんせい、ちっちゃいせんせい」

子供たちの呼ぶこれがトリンガム兄弟の新しい呼び名であった。治癒師の傍ら兄弟は外で遊べない子供たちに基礎的な勉強を教えていた。

ゼノタイムの町は今、大変な難問を抱え決断を迫られていた。100年前の記録にある風土病の再流行である。まず子供に気管支炎が増えた。最初は土ぼこりが原因と思われていたが、やがて若い世代を中心に不可解な皮膚病が蔓延した。トリンガム兄弟は、風が運ぶ何かの原因物資へのアレルギーのようなものと診断した。こういうものは原因を除かない限り根治は難しい。対処療法に追われるラッセルは、患者の人数の多さに過労になりかけていた。やがて、全世代を問わず潰瘍に悩む人が増えた。ペルシオの植えていた作物もオレンジの木も枯れ、生命力の強いはずの竹科の植物すら枯れた。このころ、前町長と現町長との間で、言い争いがあった。現町長の持つ町の記録簿に今回の流行病とそっくりの記述があったのだ。そこには、町をあげて移住し5年後おさまったので町を再建したと書かれていた。現町長はその記録を隠していた。前町長は、それを問題にした。この言い争いをきっかけに町を離れる決意をする人が増えた。

やがて、前町長の主張する移転が正式に決まった。

「ゼランドール市なら、親戚や知り合いも多い。みんなでいけば助け合える。全滅しないうちに移転しよう。」



移転しようといっても簡単にはいかない。まずは先方の許可がいる。ゼランドール市の移転許可は当初下りなかった。ゼノタイムはエドの言葉を借りれば「お疲れっぽい町」であった。ようやく、過去の栄光の記憶を断ち切って再建しようという矢先の風土病の再流行であった。大して、財産のあるものもいない。ゼランドール市では下層民になるよりほかない。受け入れは不可能、というのが市の正式回答であった。2度目の交渉でゼノタイムはある条件を加えた。その結果、受け入れ許可が下りた。

 加えられた条件を後になって聞いたべルシオ・アースはなき友に代わって町長達を怒鳴りつけた。

「いい加減にしてくれ。贖罪はこの1年で十分しただろ。あいつらはまだ子供だぞ。」

町長は、町のお抱えの治癒師をゼランドール市民に開放することを条件に加えていた。

「それで移民許可が下りたのですね。それなら、かまいませんよ。」

「おお、そういってもらえると助かるよ。」町長の表情が一変する。

いつ降りてきたのか、2階で眠っていたはずのラッセルが階段の手すりにもたれていた。

「ラッセル、子供が口をはさむな」

「いや、べルシオ子供といってももう15歳だ。自分たちのことは自分で決めさせてもいいではないか」

ざる男とあだ名される町長が、ここぞとばかりに言う。

(何が、決めさせてもいいだ、 こいつらが抵抗できないのをいいことに押し付けているだけじゃないか。だいたいマグワールのときだってあの状況でラッセルにほかに何ができたって言うんだ。俺のナッシュの子供達がどうしてこんな苦労をしなくてはならないんだ。)

カツン

階段の上から小さい足音がした。

「にいさん、」

「フレッチャーお前は寝ていろ。」

「ひとりはいやだ。」

「寝ぼけているな。すぐ行くから部屋に戻っていろ」

「うん」

 フレッチャーの小さな足音が遠ざかった。

「ラッセル、お前も寝ろ。子供が起きている時間じゃない」

時計の針は、夜11時を指していた。

「今夜のうちにお話を伺っておきたいのですが、よろしいですね町長。」

「おお、それはもう、話が早くて助かるよ」



(このうそつきめ、晩飯も食えないぐらいストレス溜め込んでいるくせに、見た目だけとりつくりやがって   大体15歳の子供のする表情じゃないだろ。)

エドワードが明るい太陽の下で『だったら、まっすぐ進むしかないだろ。』と力強く語っているとき、ラッセルは月の光もとどかぬ場所で大人ばかりを相手に『その、ご判断で間違いはないと考えます。』と愛想笑いを浮かべるのだった。





 ゼノタイムの町は空っぽになった。町の入り口のゲートは閉鎖された。これからどうなるのか、不安な表情を隠せない町の人々にラッセルは天性のカリスマとしかいえない笑みを見せる。子供たちがおっきい先生のまわりに集まっている。それを囲むようにして大人もラッセルの周りに集まっている。

「大丈夫、ここを離れても、みんな一緒だからね」

泣き出しそうなエリサを抱き上げてラッセルは力を込めて言った。

「せんせいもいっしょなの」

「そうだよ」

「また、トマトつくれる?」

「いつかね、ここでエリサのトマトを作れるようにしてあげるよ。」

「やくそく?」

「約束だよ」

後の話になるが、この約束は12年後に果たされる。16歳のエリサが一人の赤い瞳の青年と婚姻することによって。

③ 苛立ち

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1 裁き

2006-12-22 21:17:49 | 鋼の錬金術師
1 裁き

エドワード達が旅立った後、ラッセルは町の会合で全てを告白した。どんな批判の言葉も殴られるのも覚悟の上であった。しかし、大事な弟を背中に隠すように立つラッセルにかけられた声は、いささか肩透かしであった。

「それじゃあ、こないだ来た、暴れん坊のちびが本物?」

「ふ―ん、国家錬金術師ってあんなのでも成れるの」

 町の人間の反応はわからないでもないが、「あんなの」扱いされてしまったエドのためラッセルは言った。

 「エドワードは本物の天才です。彼なら、錬金術の永遠の望み、真理を究めるかもしれません」

エドを絶賛したラッセルの言葉にも町の人の反応は鈍かった。

 「あんなチビがねぇ。それより石ができないってのは本当なの?」

「はい・・・」

できないと言い切るのは、錬金術師のプライドが許さないが、今はおかしな返答はできない。

あれはできないというより、造ってはいけないものだ。

町の人々はざわざわと話し合った。それで自分の罪状が決まると思ったラッセルだったが、次にかけられた言葉は予測の外だった。

「治療ができるって言ったな」

「はい、元々、そっちのほうが得意でしたし」

「よし、みんなまずは俺が借りていくぞ」

「お前のとこが終わったら、こっちだ」

「うちにもまわしてよ。」

「おいおい、うちもだ」

「今日中はとても無理だろ。おい、ベルシオ、当分お前のとこで預かるって言ったな」

「そのつもりだ。みんなが納得するなら」

「よし、連絡先はベルシオのところだ。じゃあ来い」

男は有無をいさせぬ勢いで、トリンガム兄弟を引っ張りだした。

「あの??」

車の中でフレッチャーが遠慮がちに口を開く。

「お前らがやったことは、身分詐称とか詐欺になるかもしれんが、俺にはそんなことどうでもいい。それより、娘のほうが大事だ」

連れて行かれたのは、ゼノタイム有数の富豪の家。ドアの名を見ると前の町長である。





「娘を治せるか。」

前町長は尋ねる。ラッセルは無言で上着を脱いだ。いつ書いたのか、ラッセルの手にはすでに基礎となる練成陣がある。フレッチャーも兄に習う。その行動がそのまま答えになる。

人の気配に女の子が目を覚ました。

「おじちゃん だれ」

兄の顔がわずかにひきったのを弟だけが気づいた。

「まりあ、このおにいちゃん達はお医者さんだよ。」

父親の前町長が微妙に修正した。

「あした、おそとであそべる?」

「うーん、明日すぐは無理だけど、10日ぐらい毎日治せば遊べるよ。でも、外は埃が多いからね、長くはだめだよ。」

まだ、固まっている兄に代わって弟が返事をする。

練成治癒が始まると子供の目が輝いた。

「きれい。それなーに。」

トリンガム兄弟の手から、あふれるように見えるやわらかな青い光。

「練成光っていうんだよ」

「パパ、みて、まりあのてあったかいよ」

「まりあ、 大きな声をだして・・・・大丈夫なのか?」

言葉の後半は、トリンガム兄弟に向けられた。

「話すくらいなら大丈夫です。ただ当分治癒を続ける必要がありますが」

答える兄の声が以前と違うことに弟は気づいた。エドワードの名を騙っていたときの兄は、天才エリート国家錬金術師として相応しいであろうと計算されつくした声で語っていた。

(よかった。やっと、兄さんの声が聞けた。兄さんの本当の声が)



帰りの車の中、前町長は話した。

「マリアの手が、あんなに暖かくなったのは1年ぶりだ。」

「毎日治癒と補充を続ければ、3日もすれば家の中でなら自由に遊べますよ」

「明日もベルシオのとこへ迎えに行く。マリアを治してくれ。」

「はい。あ、でも俺たちをどうするのか、町の人たちがどう決めたのかわからないのですが。」

「それは、俺が皆に言おう。それに俺と同じ考えの者も多い。元々お前たち2人もマグワ―ルに利用されただけのようだしな。マグワールの屋敷跡からあちこちの債権や宝石の詰まった金庫が見つかった。町の者の損害は多分取り返せる。」

「そうですか」

「心配か」

「覚悟してます。俺は何をされても、ただフレッチャーは俺が引きずっていただけです」

「兄さん、僕も同罪だよ。兄さんを止められてたのに止めなかったんだから。僕もこの町を

ベルシオさんの望む昔の姿に早く戻したかったんだ。」

「フレッチャーお前は黙ってろ」

「またそれ。もう僕は黙らないよ。僕が黙っていたらまた兄さんは1人で走って1人で鎖にかかるんだから」

「今回のことは、俺の罪だ。お前は巻き込まれただけだ」

「兄さんたら、また」

兄弟は車の止まったのにも気づかないで、話し込んでいる。

「ほら、着いたぞ」

車はすでにベルシオの家の前に止まっている。

「あっ、すいません。降ります。」



車を降りて風を感じたとたん、フレッチャーはラッセルにしがみついた。

「兄さん、何かおかしいよ。空が、風が  なんだか怖いよ」

「あぁ、妙な気が近づいている。通り過ぎればいいが、風しだいだな」

ドアが内側から開いた。

「帰ったらベルぐらい鳴らせ。車の音がなければ分からなかったぞ。」

「ただいま。べルシオさん」

何気ない弟の声が、これからの二人の生活を決めた。



ここは昔ナッシュが、いた部屋だ。そういいながらべルシオがドアを開ける。マグワ―ル

の所でなくした荷物がおいてあった。たいした品物ではないが、兄弟にとって過去の思い出につながる数少ない物であった。



「兄さん、風が止まったよ。」

「通り過ぎるかと思ったが、どうやらここにきたらしいな。  ん、こら、フレッチャー自分のベッドで寝ろ」弟は兄のベッドにもぐりこんできた。

「エー、だって一人はいやだ。」

「今までは、一人で寝ていただろ」

「だって、今までは兄さんを見ているのがつらかったから。それにマグワールの研究所にいたときは兄さん研究ばっかりでベッドで寝たこと、ほとんどなかったじゃない」

「そうだったか?」

「そうだよ。だから今日から一緒に寝ようね」

にっこりと下から見上げる弟に兄は弱かった。

「・・・・・今日だけだからな」



翌日、寝過ごした兄弟を起こしに来たベルシオは、ひとつのベッドに寄り添う兄弟の姿にもう一度ドアを閉じた。

(昔を思い出していいか。ナッシュ。お前は嫌がるかもな)



8時半になって、ようやく二人が降りてきた。「何かお手伝いします」と言う二人にべルシオがいった。

「お前らはお前らにしかできないことをやれ。もう迎えが来ているぞ」

「むかえ?」

「昨日聞いただろ。患者がお前らを待っている。さっさと飯食って出ろ」



こうして錬金治癒師としてのトリンガム兄弟の生活が始まった。



② ゼランドール市ゼノタイム地区へ続く

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