金属中毒

心体お金の健康を中心に。
あなたはあなたの専門家、私は私の専門家。

16 スパナの少女

2006-12-31 14:04:57 | 鋼の錬金術師
⑯ スパナの少女

「エドー!起きてる?」

ノックも無くドアが開かれた。入ってきたのは片手にスパナを持ったウィンリィ・ロックベル。彼女は働いている店がセントラルに支店を作るというので、ラッシュバレーからセントラルに移っていた。偶然を装ってこれを画策したのはマスタングであった。アルを失ったエドに少しでも支えを与えたかった。

「エド・・・。ばか!アルがいないからって男を引っ張り込むなんてアンタ最低!」

彼女の動きが一度止まった。次に動いたときスパナが宙に舞った。物理の本に載せたいようなきれいな放物線を描いてスパナはエドに飛ぶ。エドのオートメールの右手がはじき返そうと動いた。しかし、予測した金属音はいつまでも起きなかった。代わりに鈍い音がした。ラッセルの腕がエドをかばいスパナをはじいていた。

「失礼、お嬢さん。あなたがエドワードとどういう関係かは知らないが私の患者に手を出すのは許さない」

「ウィンリィこいつは俺の友人だよ。ラッセル・トリンガムだ」

「誰だっていいわよ。あんたを押し倒してるのが問題なの!」

「お嬢さん、物事は正確に見るべきです。これは押し倒しているとはいえません」

「パンツ一枚でえらそうに解説しないでよ。この変態!エドからそのいやらしい手を離して出て行って!」

確かにパンツ一枚でいつもの治癒師口調で話しても説得力は無さそうだ。そもそも彼女は聞く耳を持ちそうにない。

そして、最初の出会いから一分後、引っ張りまくられたラッセルのパンツのゴムはぷちりと切れ下に落ちた。ウィンリィは、見た。そして。

「このドスケベ!変態!とっとと出てけー!」

もう一本スパナが飛びそうな勢いだった。

(やれやれ、これでは落ち着いて調べられる状況じゃないな)

ラッセルは手早くエドに服を着せるとロングコートをはおった。

「また、後でくるから」とエドの耳元でささやくと、ウィンリィの脇をすり抜けて廊下へ出て行った。



「エド!あんた何をあの男に好き勝手にされてるのよ!!准将ならともかく」

「なんだよ、その准将(ロイ)ならともかくってのは」

突っ込むところはほかにもありそうだが、とりあえず反論しておく。

この騒ぎで疲れたのかエドはベッドに横になった。

「なんなのよ!あの男。あんたいつあんなの引き込んだの!」

「ウィンリィー どこでそんな言葉覚えたんだよ」エドは小さくため息をつく。

そのエドにウィンリィは詰め寄ってくる。

「ごまかしてないで答えなさいよ!」

「あいつは旅の途中で会ったやつだよ。2年ぶりかな、大佐(ロイ)が連れて来たんだ。

さっきのは俺の体を調べてくれてただけで、あいつまで裸だったのは俺だけ脱がされて腹立ったから・・・俺がぬがせたんだ。OK?」

「一応OKよ」

「一応かよ」

話しながらウィンリィはいくつもの工具を用意していた。

「エド、もう一度脱がすから起きて」

「もうヤダ。今日は十分脱いだ。明日にしてくれ」

「だめ、明日は本店に帰るんだから。今日中にあんたの手足調整したいのよ」

「もう眠い」

「昼間から寝てばっかりでどうするのよ」

エドの布団をはがしかける。しかし、毛布の中で震えているエドを見て手を止めた。

「寒いの」

部屋はタンクトップ姿のウィンリィが汗ばむほど暑い。それでもエドは震えていた。

「暖房温度上げるわよ」

立ちかけたウィンリィの手をフルメタルの手が押さえた。

「いいさ、お前汗かいてるだろ」

その手の力は以前には無かったほど弱い。

義手とはいえ神経をつながれたオートメールの手足は生身の部分に連動する。力が弱くなっているのはエドの体力が落ちている証拠であった。

「モーターの調子悪いみたいね」

彼女はあえて事実と異なることを言った。

「本店から戻ったら新しいのと取り替えたげるわ」

鎮痛剤の副作用でエドはぼんやりし始めていた。

「ちゃんと休んでてよ」

帰り際にエドの髪に触れる。偶然だが先刻のラッセルと同じことをしていた。

「…アル…」

薬のぼんやりした夢の中で触れる手は弟の手であった。

(あたしもバカよね。こんなブラコン達をずっと好きなんて)



⑯ 錬金治癒 血の練成陣

目次へ

15 すっぽんポン

2006-12-31 13:47:30 | 鋼の錬金術師
⑮ 治癒師のやり方

 

 「エド、服を全部脱いでもらおうか」

涼しい顔をして、ラッセルはもうエドの上着を脱がせかかっている。

「お前・・・そういう趣味があったのか・・・」

「はぁ?お前何を言ってる・・・バカ、薬が効いてる間に体を診るだけだ」

「いきなり、バカは無いだろ」

エドはふくれっつらになる。

「お前がおかしなこと言うからだろ。大体俺は女の方が好きだ。(抱いたのは赤ん坊だけだけど)

それより早く脱げ。

あぁ、いいもう、脱がしたほうが早い」

エドが文句を言う暇もあらばこそ、すでに上は全部取られズボンを下ろされかけている。

「おい待てよ」

言ったときにはもうパンツも取られていた。

「てめぇ、いったい何する気だ!」

「全身チェックするだけだ。何だ、初めてか」

ラッセルの細い指がオートメールと肌の隙間を探る。

片手を胸に、片手をオートメールに移動させる。感覚の無いはずのオートメールに触れる手さえ熱く感じる。まして、生身の肌は。

「待てよ、おい」

堪らなくなってラッセルの手を止めようとする。

「動くな」

機械的に返答されてしまった。ラッセルにとっては手馴れた作業に過ぎないのだろう。しかし、エドにとっては。

ラッセルの手はもう下腹部を超えてエドの性器に、年の割には未発達の性器に触れた。

戸惑いと恥ずかしさが逆にエドの理性を吹き飛ばした。

「ずるい。何で俺だけ裸なんだよ。お前も脱げ!」

「おいおい、俺は遊んでいるわけではないのだが」

「うるさい、とっとと脱げ」

言いながらエドはオートメールの手でボタンを外していく。

「わかったよ。脱がすのは得意だが脱がされるのは苦手でね。自分でやる」

ラッセルはあっさり服をぬいでしまった。もともとこの部屋はエドの体温を一定以下に下げないためかなり暑くしてあった。さっきから旅姿のままの彼は暑苦しくてしかたがなかった。

ラッセルの身体はエドとは違った。まだ少年期の危うさを多分に含みながら、力強い大人の骨格を得つつある。それは大人の目から見ればひどく不安定であいまいな時期。子供の目から見ればいつか自分もああして大人になるのかという憧れの時期。

パンツ一枚になったところで、また手をエドに戻す。

「では、いい子で続きをさせてもらおうか」

「それもだ」

オートメールの手がラッセルのパンツを引っ張った。





後の話であるがラッセルはこの後一年を超える長期間、生体への連続練成を行うことになる。それは彼の身体の正常な成長を妨げた。そのため彼は成人後もどこか危うい少年の雰囲気を漂わすこととなる。それは彼にとってはコンプレックスに過ぎなかった。しかし女の目で見れば母性本能をかきたて、さらさらの銀髪や銀の瞳と相まって北の国の王子様の雰囲気の源となった。



⑯ スパナの少女

目次へ

14 命の約束

2006-12-31 05:54:20 | 鋼の錬金術師
⑭ 再会 命の約束

 俺がお前を支えてやる。命のある限り自由に動けるようにしてやる。お前の名前の借り賃だよ。



リザの説明は簡潔で無駄が無い。

「大佐、ゼノタイムのラッセル・トリンガムです。彼はエドワード君の友人です」

すでに奇跡の使い手の名は二人の話題に出ていた。

「若いな」 ロイの感想も短い。

(これが大佐?若すぎだな。そういえば、エドが言っていたな。上司はいやみなへたれの女たらしだって。あいつの評価は辛口すぎだ。これでは俺のことはどう報告してるやらだ)

「始めまして、大佐、失礼准将。ラッセル・トリンガムと申します」

ロイの階級章は准将である。

「鋼の報告書で一度読ましてもらった。ゼノタイムでは軍に協力してくれたそうだな」

(あれ、にせもの騒ぎは知らないのか?この反応では)



「彼は国錬(国家錬金術師)を受験しに来ています」

ワン、ハヤテ号がほえた。

「ハヤテの友達です」

リザが笑って付け加えた。

「ほう、では腕を見ようか」

リザは一歩下がった。ロイが手袋をはめる。意識的に強力な闘気を発する。

ラッセルは動かない。緊張しているようには見えない。

「よろしいのですか。美しいご婦人の前で」

「さて、恥をかくのはどちらだろうな」

ロイはラッセルの仕掛けるのを待った。しかし、彼は動かない。

「臆したか、坊や」

「ご冗談を、ただうわさに名高い焔を先に拝見させていただきたいので」

「余裕だな、よかろう」

ロイは怪我をさせないように酸素濃度を調節した。

鮮やかなオレンジの焔がラッセルの足元を囲んだ。

「美しい物ですね。では、こちらからもご挨拶を」

驚く声はリザから上がった。

一瞬の柔らかな光に包まれて青いバラの花束が手の中に下りてくる。

計算外のリザの声にロイの気が乱された。



ぱしぃ

小さな音が聞こえたかと思うとロイの体には植物のつるが幾重にも巻きついた。さらに獲物を求め蔓は動き手袋を切り裂いた。

「お気に召しましたか?」

ラッセルはリザに微笑を向ける。

「見事だわ」

正直な感想であった。まさか利用されるとは思わなかった。

「まったくだ」

ロイの声には感嘆と自分の女に手を出されたとでもいいたげな響きがある。

ロイは無事なほうの手袋の錬成陣を利用して蔓を簡単に焼き払った。

(やれやれ、やはり本気ではないな。まぁご挨拶としてはこんなものか)



リザは花を抱えてハヤテ号を連れて帰った。すでに他の上司に仕える身では長くいるわけにはいかなかった。

「来なさい。鋼のに会わせよう」

先に立つロイの背には隙が無い。

(敵にはしたくないな)

正直な感想であった。



「エドワード、君に客人だ。ゼノタイムのラッセル・トリンガムだ」

(エド・・・?)

そこは明らかに病室とわかる部屋。消毒液や点滴やビタミン剤の、ラッセルにとってはなじみのある匂い。そして暑苦しいほどに温度を上げている。

さらに准将の声が問題だった。先ほどまでの軍人らしい低音はどこへ行ったのか。甘ささえ感じるテノールの声。

(これは、何だ)

ラッセルには理解しかねる空間がそこにあった。しかもたちの悪いことにご当人の大佐は自分がどんな空間を作ったか気づいていない。

「大佐、まだねむいんだぁ」

ベッドの中の小さなかたまりがもぞもぞ動く。

(こ、これ、エドワードの声か?)

ゼノタイムで出あった時のエドはほぼ一日中怒鳴ってばかりいた。まぁ、あの時は喧嘩ばかりしていたし、共同戦線を張ってからもゆっくり話す雰囲気ではなかった。駅に見送りに行ったときもエドと話すとつい喧嘩口調になった。思えばあのころは自分も子供だったのだ。

「だめだ。今寝すぎるとまた夜は眠れなくなる。それに君に客だ。ゼノタイムのラッセル」

「ヘッ」

エドの声のトーンが変わった。一気に目が覚めたらしい。

「ラッセルー?まじかよ」

ガバッと起き上がる。と同時に前かがみになり胃の辺りを押さえ込んだ。

「エドワード」

名を呼んだが次の言葉が出てこない。

(これは裏の患者並みに悪そうだ)



准将は、軍議があるので話は今夜にと言うと軍人らしい強い足取りで去った。出かける前にエドのほほに軽く口付ける。それからラッセルにエドを頼むと言い残した。

住み込みメイドが一度現れお部屋は2階のエドワード様の隣に用意させていただきますと告げた。

先に口を開いたのはエドだった。

「2年ぶりぐらいか、お前いやみなぐらい伸びているな。相変わらず老けてるしなぁ」

ゼノタイムのときと同じようにぽんぽん言うエドであった。しかし、ラッセルはエドの言葉には乗らなかった。

(無理がある)

さっきからずっと腹部を押さえているエドの手をそっと動かしゆっくりと触れた。明らかな腫瘍の気配。裏治療のときに何度も感じた気配である。

「胃の幽門部か、かなり痛んでいるな」

「あ、ばれたか。ちょつと、わけありでこんな状態なんだ」

「見事に中身の無い説明だな」

話しながら薬棚とおぼしきところから鎮痛剤を下ろした。

手際よく5パーセント糖液に混入する。エドの腕はすでに注射の痕だらけである。すでに細くなり始めた血管に文句を言われる前に針を刺す。

「うまいな。ロイのやつ、人の腕だと思って何回もさすんだぜ。痛いしさ」

「医者はいないようだな」

「絶対治らないと保障してくれるだけの医者に用事は無いさ」

「エドワード」

あまりにさびしい横顔を見せるエドに思わず抱き寄せる。

「あきらめるな。あきらめるのはお前のやり方じゃないだろ。俺が助けてやるよ。どんなことをしてでも。赤い石を作り出してでも」

「ラッセル、俺はあきらめているわけでもないんだ。自由時間は3ヶ月。その間に絶対にアルを元に戻してやる。赤い石を手に入れて、必ず」

「医者はどう言ったんだ。一年か?」

「お、すげー勘。正確には動けるのが3ヶ月。入院して一年だ」

エドの声に澱みは無い。

(すでにすべてを受け入れてそれでも何かをはっきり言えば、人体練成を行おうとしているのか)。

ラッセルは流しの治癒師達の情報網から裏の情報をつかんでいた。アルは空っぽの鎧と情報は伝えた。それを今、確認しようとは思わなかった。

「それなら、命のある限りお前を自由に動けるようにしてやる」

「もう、等価交換できないけどな」

「お前の名前の借り賃だ。利息付で返してやる」



⑮ 治癒師のやり方

エド、服を全部脱いでもらおうか

目次へ



うーん銀のトリンガムを先に打った後では緑陰シリーズのラッセルのほうが老けて見えるなぁ(笑)

それにしてもうちの子たちは胃病持ちが多そうだ。なにがあってもびくともしないのはリザさんとアームストロングさんぐらいではなかろうか

13 セントラル

2006-12-31 05:16:15 | 鋼の錬金術師
⑬ セントラル(銀のトリンガムのリザの子犬たちと内容ダブリます)

ワン、ブラックハヤテ号が一声ほえた。セントラルに移ってから犬を基地内に入れることができなくなったため、リザはハヤテを近所の花屋に預けていた。花屋は番犬と看板犬を兼ねるハヤテを喜んで預かった。

お客が来ると合図のようにハヤテは一声鳴く。後はおとなしくしっぽを振って座っている。ところが今日は少し様子が違った。ハヤテは金の髪の青年と楽しそうに遊んでいる。

「ブラック、どうしてこんなところにいるんだ?大きくなったな」

ハヤテがクーンと返事をする。

「ん、いや少し小さすぎるか。それに・・・お前似ているけど違うな」

ハヤテはまたクーンと鳴く。

「いらっしゃいませ」

花屋の店員が出てきた。しかしどうもこの金髪の美青年はデートの花を買いに来たのではなく、子犬に惹かれたらしいと気づく。

「いい仔でしょ。うちの看板ですよ」

「あ、すいません。勝手に」

「いいですよ。でも珍しいわ、ハヤテが軍人さん以外に懐くなんて」

「軍人?」

「この仔預かり物なの。近所の大尉さんの愛犬よ」

「へぇ、こんないい仔に育てるとは軍人にもいい人はいるんですね」

「とってもきれいな人よ」

ハヤテ号がうれしそうに一声ほえた。

「あら珍しい、リザさんが明るいうちにお帰りだわ。あの人がご主人よ」

さっそうと歩いてきたのは輝くブランドヘアーをパレッタでまとめた女性士官。美しいが外見の美しさよりも知性が際立つ感じがある。

(この美人が軍人か。もったいない。モデルにでもなれば一流は間違いないのに。いや、少し胸が不足か)

ラッセルは前髪をさらりと掻き揚げた。店員の目が釘付けになる。

(いい男。この人ならリザさんと並んでも絵になるわ。あの准将と並んでも素敵だけど。うん、絵になるのはこっちね。物語に出てくる王子様ってきっとこんな美形だわ。)

「ハヤテただいま、あら遊んでもらって・・エドワード君、どうしてこんなところに、あら?」

女性士官も驚いたようだがラッセルはさらに驚いた。

(エドワードか、懐かしい名だ。そうだな、あいつは軍属だし軍人に知り合いがいても不思議はないな。

それにしても今更間違えられるとは)

ラッセルの青銀の瞳に微苦笑が浮かぶ。

「ごめんなさい。知り合いに似ていたから、あの子はあなたのように大きくはないのに」

(エドのやつまだちびのままか)

「いいですよ。間違えたのは俺も同じだし」

「?」

「ハヤテ君を昔飼っていた犬と間違えたんです。こんなに小さいはずがないのに」

「まぁ」

「間違いの等価交換ですよ。きれいな大尉さん」

(不思議ね、初めて会った気がしないわ。ぜんぜん似てないのに大佐(准将)とも似ている気がする)

ラッセルが女性患者専用にしていた涼やかな笑顔を見せる。

(わかったわ。女ったらしの素質がありそうなところがそっくり。それにエドワード君とも似ている。さっきハヤテと遊んでいたときは特に。この瞳の雰囲気。温厚そうに見せかけているけど結構強情ね。この青年はきっと戦うときも微笑している。これで瞳の色が同じならエドワード君のお兄さんに見えるわ)

「エドワードをご存知ですね。」

「え、えぇ」

「失礼、申し遅れました。ラッセル・トリンガムといいます」

「トリンガム、まさかあのゼノタイムの奇跡の使い手」

「お耳汚しでしたか、そんなに大げさなものではありませんよ」

(まぁ裏治癒のときはせいぜい派手に噂になるようにしていたけどな)

「こんなに若かったの」

「いくつに見えますか、レディ」ラッセルは計算されつくしたいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「21歳、そのくらいかしら」(どうも年齢不詳ね。大佐も童顔だし、もう少し上かも)

「いいですね。それならレディとつりあいますか」

「あら、はずれたの」

「すこし、ずれてますよ」

本当は16歳なので少しのずれではないのだが、時には25歳と言われるラッセルにとって21歳は少しのずれのうちだった。

「リザさん。ハヤテを散歩に出したらどうかしら」

花屋の店員が提案する。

「そうね。久しぶりに行こうか、ハヤテ」

それをよい潮にラッセルも歩き出した。

「では失礼します。大尉さん。軍はこの方向ですね」

「あら、それならこの仔の散歩コースなの。一緒に行きましょう」

こうして2人と1匹はあたかも恋人同士に見える姿で軍への道を歩き出した。長身のラッセルは軍人特有の早足のリザにらくらくと着いてくる。後ろでは花屋の店員がうっとりとこの美術品を鑑賞している。

「背、高いわね。175くらいあるかしら」

「上にばかり伸びていますから」

ラッセルは苦笑した。この背丈のせいで子供のころから年相応に見られたことがない。

「そうね、もう少し横幅があってもいいかしら。(大佐も軍人としては細いほうだけどこの青年の細さはいきすぎだわ。弱そうには見えないから実戦用に鍛えて絞り込んだ感じね。でも女の目にはもう少し鋭さよりの逞しさがほしいわ。安心感があるもの)」

「軍には誰を訪ねて?」

「アームストロング少佐です。ただ、日付の古い書類ですからもう無効かもしれません」

「確認していないの」

「多少事情があって急に出てきたので何も」

(もぐりオペで憲兵に捕まりかけた挙句隙を見て逃亡中とは言えないな。)

青年の手には荷物らしき物が無い。

(慌ただしく夜逃げしてきた感じね。まぁ追求は避けましょう。)

ワン、ハヤテが自分も会話に参加しているとばかりに一声ほえた。

「それなら、アームストロング少佐でなくてもいいのかしら」

「面識はないですから、国家錬金術師の試験さえ受験できれば問題はありません」

青年の手には羊皮紙の書類があった。1年半ほど前に弟が誘拐されラッセルは金の練成を強制された。その事件が一応の解決を見たとき憲兵隊から受け取ったものである。リザは何気なく書類を受け取る。その間ハヤテの綱はラッセルの手にある。

(日付は微妙ね。でもこの書類を持っているということは、間違いなく国錬(国家錬金術師)に受かる実力を認められた術師ということだわ。もし奇跡の使い手の噂が半分も本当ならこのラッセル・トリンガムはエドワード君を助けてくれるかも、エドワード君の知己のようだし、アームストロング少佐に渡すのは惜しいわ)

「それなら、私の元上司に会ってみない。焔の使い手マスタング准将に。エドワード君の上司(後見人)でもあるわ」

「焔の使い手、4大元素の筆頭ですか。大物ですね」

(そこで国錬を受けたら、いつかあいつに会えるだろうか。あいつはもう俺のことなど忘れているだろうが)

「ぜひお願いします。時々ハヤテに会いに行っていいですか。」

「いつでも大歓迎よ。この仔もあなたが気に入ったみたい。いままで、ハヤテの綱を取れるのは元当方指令部のメンバーだけだったのにあなたには妬けるくらいなついているわ」

「ハヤテの眼鏡に適ったとは光栄です」

さらりと金の髪を落ち始めた夕日に輝かせてラッセルは微笑した。人当たりのいいこの微笑はゼノタイムでもゼランドールでも足蹴り以上の効力を発揮した。

 こうしてラッセル・トリンガムはリザ・ホークアイの手によってロイ・マスタングに引き合わされエドワード・エルリックを再会する。その後ハヤテを真ん中にしてリザとラッセルは姉と弟のような姿でセントラルパークを散策する姿を幾度か目撃されている。その散策が直接の連絡に危険を感じたリザとロイの情報交換のためであったことは後世の歴史家によって確認されている。





参考文献  この文はリザ・ホークアイの愛犬日記より資料の大部分を得ている。

      ほかに観光農業都市ゼランドール市の個人記録より補足を得ている。





⑭ 再会



銀の(アルゲントゥム)トリンガム

リザの子犬達  銃のお稽古へ

目次へ