③苛立ち
ゼランドール市に移ってからも治癒師としての兄弟の生活に大きな変化はなかった。ただ、対象数が増加したため患者数が増え診療時間が長くなったこと。子供たちの勉強を教える時間が無くなったこと。農場をやっていたベルシオが急には職が見つからないため、治療所の雑務を見るようになったこと。そのぐらいの変化はあった。そのベルシオの目にはゼランドールに移ってからのラッセルの食欲不振が気になっていた。もともと特に食べるほうではなかった。それでも170㎝を越しているのだからよほどエネルギー効率がいいのだろう。ゼノタイムで数日泊まっていった豆国錬を思い出すと、彼の非効率ぶりが分ろうと言う物だ。ふとした折に、ベルシオがエドの名を口にし、「おまえももう少し食べないと身体がもたないぞ」と言ってみた。しかしラッセルは意識的に、論点をずらしてしまった。
「エドはあの行動にエネルギーを使いきっているんですよ。あいつの戦闘力は天井知らずで、今頃はもっと強くなっているでしょうね。」
それをきっかけにエド達の話題がよく出るようになった。そのたびにラッセルはエドの戦闘力、頭脳、発想力、錬金術師としての才能をこれ以上ないほど絶賛した。そして最後はいつも 「あいつは今ごろ、もっと先を走っているだろう」と締めくくった。そんな時の彼の瞳はどこまでも無色透明に見えた。
(兄さん、さみしそうだ。エドさんに会いたい?違うな。
このごろ患者が増えて疲れているのもあるみたいだけど。兄さん絶対僕には夜は治癒させないのに、自分は夜中の呼び出しにだって応じているし。睡眠不足もあるかな。でもそれだけじゃない、そういえば、僕はこのごろ研究まで回りついてないけど、兄さんはいつも夜中にやっているみたいだし・・・兄さん、いつ寝ているんだろ?)
弟が夜中に目を覚ましたとき兄のベッドは空っぽだった。探してみると兄は治療室で医療書を読んでいた。医療系が得意といっても、専門的に学んだことはない。覚えることは多かった。
「兄さん、まだ起きていたの」
「起きたのか、子供はちゃんと寝ないと大きくならないぞ。」
「あのね、僕と兄さん2歳しか違わないんだよ。兄さんもまだ成長期だよ。このごろほとんど寝てないでしょ。食欲もないみたいだし」
「なんだ、俺の心配か。気にするな。おまえの心配することは何もないよ」
兄は弟を安心させようと微笑む。しかし、その瞳に銀の輝きは無い。
「一緒に寝てよ。一人では眠れないよ。」昔のように兄の袖を引いた。
「やれやれ、いつまでも甘えん坊だな。ま、いいか」
立ち上がった兄は急によろめいた。両手を机につき息を整える。
「痛ぅ」
「兄さん、どうしたの」
「何でもない」
「だって、今ふらついていたでしょ。うそついたってだめだよ」
「何でも・・・ちょっと背中が痛ん、ひきっつただけだ。このごろ、運動不足だからな」
「それなら僕に体術教えてよ。強くなりたいんだ。兄さんみたいに」
「お前は余計な心配しなくてもいい。俺が守ってやる」
「でも兄さんがいないときに襲われたら、うちってもぐり診療でしょ。けっこうまずいはずだね」
「それは・・・そうだが・・」
医療法という法律がある。医師以外には診断治療を禁ずる法である。厳密に言うと治癒師はこの法に反している。しかし、高額の医療費を払えない一般市民以下の人々。裏社会に属す人々にとって違法であろうと治癒師は必要不可欠であった。なお、多くの治癒師は流し、つまり固定した居場所を持たない。トリンガム兄弟のように、町お抱えの治癒師という例はほかに無い。
兄は弟に引っ張られるようにしてベッドに入った。やはり疲れていたのだろう。弟が話しかける暇もないうちに兄はもう寝息を立てている。このところ、屋内ばかりにいるせいだろう。兄は以前より色が白くなっている。
兄の金のまつげを見ながら弟はあくびともため息ともつかぬ息を吐く。
(僕を守るって言うのはうれしいのだけど、兄さんはすぐ無理するからね。一人で煮つまっちゃうし。
最近、何か苛立っているみたいだし、疲れているのもあるみたいだけど。エドさんの話題が出たころから特に。
兄さん、何かあせっている。そんなに急がなくてもいいのに)
弟は眠る兄にささやいた。
「兄さんは強いよ。兄さんの強さは僕が一番知っているよ。エドさんの強さは確かに天井知らずだけど、兄さんの強さは底が知れないんだ。だから急ぎすぎないで。僕と歩こうよ。僕はずっと兄さんと一緒だから一人で走って行かないで。僕兄さんが一番好きだよ」
④ 夜遊び
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ゼランドール市に移ってからも治癒師としての兄弟の生活に大きな変化はなかった。ただ、対象数が増加したため患者数が増え診療時間が長くなったこと。子供たちの勉強を教える時間が無くなったこと。農場をやっていたベルシオが急には職が見つからないため、治療所の雑務を見るようになったこと。そのぐらいの変化はあった。そのベルシオの目にはゼランドールに移ってからのラッセルの食欲不振が気になっていた。もともと特に食べるほうではなかった。それでも170㎝を越しているのだからよほどエネルギー効率がいいのだろう。ゼノタイムで数日泊まっていった豆国錬を思い出すと、彼の非効率ぶりが分ろうと言う物だ。ふとした折に、ベルシオがエドの名を口にし、「おまえももう少し食べないと身体がもたないぞ」と言ってみた。しかしラッセルは意識的に、論点をずらしてしまった。
「エドはあの行動にエネルギーを使いきっているんですよ。あいつの戦闘力は天井知らずで、今頃はもっと強くなっているでしょうね。」
それをきっかけにエド達の話題がよく出るようになった。そのたびにラッセルはエドの戦闘力、頭脳、発想力、錬金術師としての才能をこれ以上ないほど絶賛した。そして最後はいつも 「あいつは今ごろ、もっと先を走っているだろう」と締めくくった。そんな時の彼の瞳はどこまでも無色透明に見えた。
(兄さん、さみしそうだ。エドさんに会いたい?違うな。
このごろ患者が増えて疲れているのもあるみたいだけど。兄さん絶対僕には夜は治癒させないのに、自分は夜中の呼び出しにだって応じているし。睡眠不足もあるかな。でもそれだけじゃない、そういえば、僕はこのごろ研究まで回りついてないけど、兄さんはいつも夜中にやっているみたいだし・・・兄さん、いつ寝ているんだろ?)
弟が夜中に目を覚ましたとき兄のベッドは空っぽだった。探してみると兄は治療室で医療書を読んでいた。医療系が得意といっても、専門的に学んだことはない。覚えることは多かった。
「兄さん、まだ起きていたの」
「起きたのか、子供はちゃんと寝ないと大きくならないぞ。」
「あのね、僕と兄さん2歳しか違わないんだよ。兄さんもまだ成長期だよ。このごろほとんど寝てないでしょ。食欲もないみたいだし」
「なんだ、俺の心配か。気にするな。おまえの心配することは何もないよ」
兄は弟を安心させようと微笑む。しかし、その瞳に銀の輝きは無い。
「一緒に寝てよ。一人では眠れないよ。」昔のように兄の袖を引いた。
「やれやれ、いつまでも甘えん坊だな。ま、いいか」
立ち上がった兄は急によろめいた。両手を机につき息を整える。
「痛ぅ」
「兄さん、どうしたの」
「何でもない」
「だって、今ふらついていたでしょ。うそついたってだめだよ」
「何でも・・・ちょっと背中が痛ん、ひきっつただけだ。このごろ、運動不足だからな」
「それなら僕に体術教えてよ。強くなりたいんだ。兄さんみたいに」
「お前は余計な心配しなくてもいい。俺が守ってやる」
「でも兄さんがいないときに襲われたら、うちってもぐり診療でしょ。けっこうまずいはずだね」
「それは・・・そうだが・・」
医療法という法律がある。医師以外には診断治療を禁ずる法である。厳密に言うと治癒師はこの法に反している。しかし、高額の医療費を払えない一般市民以下の人々。裏社会に属す人々にとって違法であろうと治癒師は必要不可欠であった。なお、多くの治癒師は流し、つまり固定した居場所を持たない。トリンガム兄弟のように、町お抱えの治癒師という例はほかに無い。
兄は弟に引っ張られるようにしてベッドに入った。やはり疲れていたのだろう。弟が話しかける暇もないうちに兄はもう寝息を立てている。このところ、屋内ばかりにいるせいだろう。兄は以前より色が白くなっている。
兄の金のまつげを見ながら弟はあくびともため息ともつかぬ息を吐く。
(僕を守るって言うのはうれしいのだけど、兄さんはすぐ無理するからね。一人で煮つまっちゃうし。
最近、何か苛立っているみたいだし、疲れているのもあるみたいだけど。エドさんの話題が出たころから特に。
兄さん、何かあせっている。そんなに急がなくてもいいのに)
弟は眠る兄にささやいた。
「兄さんは強いよ。兄さんの強さは僕が一番知っているよ。エドさんの強さは確かに天井知らずだけど、兄さんの強さは底が知れないんだ。だから急ぎすぎないで。僕と歩こうよ。僕はずっと兄さんと一緒だから一人で走って行かないで。僕兄さんが一番好きだよ」
④ 夜遊び
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