金属中毒

心体お金の健康を中心に。
あなたはあなたの専門家、私は私の専門家。

12 もぐりオペ

2006-12-30 20:36:34 | 鋼の錬金術師
⑫ もぐりオペ

 弟が出かけてしまうと治療所は静かになった。裏治療のデータを中心に生命体としての人体の耐性論を組み立てていたラッセルの手が止まったのは、急患を知らすベルの音が原因だった。上着をつかんで出てみると数人の子供と中年の婦人に囲まれた老人がいた。老人の肌は土色に近い。意識もない。

ラッセルは老人に見覚えがあった。悪性の腎炎で何度か診ている。このところ来ないと思っていたら急に悪くなったらしい。

「おっきいせんせい、おじいちゃんをおこして。おじいちゃんがせんせいにきってもらえっていったよ」

(俺に・・・まさか確信犯か)

この元軍人という老人は診るたびに言っていた。

「お若いの、まだ人を切ったことはないな。それでは一人前とは言えん。一度切ってみろ。年寄りだから遠慮はいらん。練習と思ってやってみろ。」

ラッセルは毎回断った。そもそもここには手術できるだけのシステムがない。そして治癒師はもともと違法というより脱法な存在だが、同じ医療法違反でも人体にメスを入れると罪状が重くなる。実刑20年以上は充分考えられる。それでなくても危ない橋をいくつも渡ってきているラッセルである。ゼノタイムの赤い石、フレッチャーがアルとして誘拐されたときの金の練成、今のところ何とか見逃されているが下手すると今頃は軍の拘束所のなかである。わざわざ危険を冒す気はない。

「先生父を手術していただけませんか。」

「ここには手術システムがありません。第一私には手術の経験が」

「わかっています。父の望みは、先生に人を切らせたい、それだけです」

「そんなことを(押し付けられても困るな。爺さん) こんな、急に悪くなるはずが」

「父の部屋で隠してあった薬を見つけました。10日分以上ありました。今朝になって急に自分に何かあったら先生に切ってもらえと言い出して、そのまま目覚めなくなりました」

「やはり確信犯ですか」

「父の最後の望み叶えていただけますか。」

「ここでは無理です」

「父が言っていました。錬金治癒とオペを併用すればここでも可能と。あの先生ならそれぐらいやれると」

「それは・・・確かに(爺さん変なことまで知りすぎだな。あんたは) しかし・・・」

危険な賭けになる。たった一つでも判断に狂いがあれば患者は死亡する。錬金術を用いる治癒はイメージ力の問題である。ラッセルの見立てがどこまで正しいかが問われる。見立てに自信はあった。しかし・・・。

(成功してももぐりオペで捕まる可能性が高い。失敗すれば確実に捕まる。爺さんまったくひどい話を押し付けやがって。  そしてこのまま何もしなくてもじきに死ぬ。なんてことだ。よりによってフレッチャーの居ないときにか)

子供の一人がラッセルの袖を引いた。それは小さいころ弟がしていたのと同じしぐさ。

「せんせぇ、おじいちゃんをおこしてよ。ぼっくとつりにいくんだよ。やくそくしたんだから」

「フレッチャー、先生の邪魔をしてはだめよ」

(フレッチャー?あぁそうか)

それを聞いたとき、ラッセルの中で何かが動いた。

ーこれ以上フレッチャーから、何も奪わせはしない。ー





「奥へ運びます。今日は他の患者を診る余裕はないですかから、あなたがここで事情を説明してください」

「先生?では!」

「切ります」

短く答えた彼にはもう迷いはなかった。



薬品も不足、輸血も不足、人員も不足、システムもない。

(何てことだ。野戦病院のほうがまだましだ)

しかし、老人の様子から見てまともな医師に搬送する余裕はない。さらに、どれほどの高額になるかもわからない医療費がこの地区の人々に払えるはずがない。

(やれやれ、フレッチャーに怒られそうだ。また、考えなしに一人で突っ走ったと

悪いな、だけど危ない橋を渡るのは俺一人で十分だ)

彼の左手に青い光が宿った。



長い一日になりそうだった。



⑬セントラル(リザの子犬達と内容ダブリです)

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10 招待状

2006-12-30 13:19:17 | 鋼の錬金術師
10 招待状

 ラッセルの予測は間違っていなかった。その日町長の家に行っていたベルシオの言葉によると中型都市セラフィム市から、非公式ではあるが兄弟への招待状が来ていた。

「来たな。あの市では費用は出せないだろうが」

ラッセルは幾分青い顔色ではあったが、納得の笑みを浮かべる。

「今日だぞ。町長のやつお前らを行かすか町で相談していたと言っているが、あいつのことだ。どうせ忘れていたんだろ」

「ハハ、現町長はザルだから、・・・!」

(ラッセル?)

洗面所へ走るラッセルをベルシオの視線が追った。

「こら、鍵を閉めたな!開けないか!ラッセル!」

洗面所からは押し殺したような声だけが聞こえてくる。





「兄さんただいま、あ、ベルシオさんおかえりなさい」

「フレッチャー、ラッセルはどうなっているんだ」

「兄さん気分が悪いからって休診にしているんです。僕はジムと買い物」

「このところ食わなくなったと思っていたが、朝からずっと吐いてるのか?」

「うん。疲れたみたいで・・・調べさせてくれないし、薬も飲まないし、何も欲しくないって言うばかりで」

「まいったな、町長のやつ勝手に行くって返答しているぞ。仕方ないな。お前を行かすか」

「町長さん、何か御用ですか?」

「セラフィム市から招待状だ。奇跡を乱造しているトリンガムに興味があるらしいな」

「行かしてもいいが無理はさせないぞ。第一フレッチャー一人ではあれはできないしな」

ようやく洗面所から出てきたラッセルが口を挟んだ。

「ラッセル、鍵は開けていろ!中で倒れたらどうするんだ」

「そんなドジ踏むもんか」

答える兄の顔色は今朝より悪い。

「まぁフレッチャー一人のほうがいいだろうな。何を言われてもまだ子供だからで通せるだろ」

ベルシオは町長にくれぐれも変な約束をするなと釘を刺すと、町長とフレッチヤーを見送った。





弟が行ってしまうと兄はカルテを前にデータをまとめだした。

「ラッセル少しは休んだらどうだ。顔色が悪いぞ」

「そんな暇ない・・・っぅ!」

「またか、おい無理に吐くな。お前何も食ってないな。そのうち血を吐くぞ」

「もう吐いた後・・・フレッチャーには黙っていてくれよ」

「まったく、お前は似なくていいところだけナッシュそっくりだな」



「父さん若いころベルシオさんと暮らしていたんだろ」

「1年ぐらいか、その後セントラルに出ていった」

「何で別れたんだい?」

「・・・お前、誤解を招く聞き方だな」

「違うのかい。聞いたんだ。父さんとベルシオさんが昔そういう仲だったと。いいんだ。俺は理解できない年でもないし、ただフレッチャーの耳に入ったとき・・・、俺は本当のことを知りたい」

「否定はできん、ただもう昔のことだ」

「昔のことなら話していいだろ」

「まぁな、お前ならいいか」

(こう言ったら多分怒るだろうな。お前がいつも口にするあの金の天才にお前が持っているのと同じ思いだと)



父親の話を聞いている間だけラッセルの目はカルテから離れた。

「あいつは最初から練成は苦手だったからな。一度花をもらったとき花瓶を作ろうとしたらぺっちゃんこの皿ができちまって。その皿でスープ入れてやるたびにあいつの面ときたら、うん あんな面白いものはめったに見られなかったな」

楽しそうに声を立てて笑うラッセルの姿にようやく本来の15歳の少年の姿を見た気がした。

(あんまり無理するな。お前はまだ先のほうが長いのだからな。それにしてもあのときのちっこい赤ん坊がこんなにでかくなるとはなぁ) 本人は知らないがラッセルは生まれたとき「育たない」といわれた未熟児だった。

「何だよ。人の顔じっと見て、楽しいのかい?」

「あぁ、楽しい」

「それなら、見ていていい」

おや、何か違う。ベルシオは感じた。弟がいないためだろうか。ラッセルがいつもと違う。まるでベルシオに甘えてくるような気配がある。

(父親の気分ってこんなものかもな)

独身を通したベルシオに子供はいない。

もう1年以上同じ家に住みながら、ラッセルはベルシオに対し必要以上に他人行儀(実際に他人であるが)なところがあった。今日のように少し乱暴にも思える口調で話すことなどなかった。

(少しはなついてくれたと思っていいのか。ナッシュ、お前の息子は)



「っぅ!」

(ラッセル?)

取りそこねたカルテが床に散らばった。カルテをつかみ損ねた左手はそのまま胸を押さえた。

声を抑えるように右手は口元を押さえる。

力を失った身体が床に沈んだ。

「おい、ラッセルどうした!!胸か、痛むんだな!しまった、フレッチャーがいない。おい、しっかりしろ」ラッセルは30秒ほど胸を押さえ、息をすることなく動かなかった。

「大丈夫・・・です。 もう、治まった」

顔色は悪いが、声は平静だった。

「治まったって、お前まさか前にもあったのか」

「何度か、そのときもすぐ治まったから、別にたいした問題ではないです。」

気がつくとラッセルの口調がいつもの他人行儀に戻っている。

(この意地っ張りめ。自分の弱いところは絶対見せないな。)

「フレッチャーは明日には戻ってくるからちゃんと調べてもらえ」

「黙っていていただけませんか。あいつには余計な心配させたくないので。」

「余計な心配だと。今の心臓だろうが、下手すれば命取りに」

「心臓なら自分で調べました。何の異常もありません。たぶん今やっている治療法のリバウンドです」

「俺には錬金術も錬金治癒もわからんが、そんな危険なやり方ならやめたほうがいいんじゃないか」

「(フレッチャーにばれたら同じことを言われそうだ) 1分以内に治まりますし、たいした問題ではないですから」

「おまえなぁ、もう少し自分の身体を大事にしろよ」

「ご忠告感謝します。でもこれは錬金術上の問題ですから」

カルテを拾い集めて部屋を出ようとしながらラッセルは答えた。閉まるドアの音に16年前の記憶のドアの音が重なる。あの時のナッシュも今のラッセルと同じ顔をしていた。傷ついてそして何も受け入れない。

(なぁナッシュ、教えてくれよ。お前の息子はどうしたらもう少し俺を頼ってくれるんだ。俺では頼りにならないかもしれないけどな。それでももう少し気を許してくれてもいいじゃないか。)





翌日になると、ラッセルは昨日とは打って変わって精力的に動き出した。休診の札をはずし、仕事に出るベルシオを送り出す。やってくる患者たちの合間に裏治療のデータをまとめていく。町長と夕食まで食べてきた弟が帰ってきたときにはデータは完全にまとまっていた。

「兄さんただいま」

弟は1日ぶりとばかりに兄に飛びつく。受け止める兄の腕の力にどうやら気分は治ったと判断する。

「僕ね昨日と今日学校に行ったんだよ。セラフィム第一中等学校。兄さんの分も卒業証書もらったよ。」

「楽しかったか。よかったな」

兄はいつもと同じ穏やかな笑みで弟の髪をなぜる。

「うん、年に1度くらい学校もいいね。兄さんは何してたの、あれから大丈夫、ちゃんと食べているの」

「大丈夫だ。お前が心配することは何もないよ」

( 兄さんがこんな風に言うということは、何かあったんだ。多分)



 先の話であるがこの時卒業証書を贈ったセラフィム市は、有機練成の天才の母校のある市として市を宣伝し20年後有機化学工業のメッカとなっている。





セラフィム市を皮切りに非公式の招待状が届くようになった。予算を出せそうなあいてはひとつもなかったのでラッセルは町長にすべて断らせていた。しかし1市だけどうしても顔を出してくれという市があった。そこはかなり遠方の市だった。町長の遠い親戚がいるという。予算を出せる可能性はまったくない。行きたくはないが町長がどうしても行ってくれと拝み倒した。結局また弟だけが行くことになった。

 行く先が遠方なので行き返りを含め10日はかかった。そんなに長くざる男の町長と二人で行かせるのをラッセルは渋っていた。しかし治癒所を10日も空っぽにするわけにも行かない。となると残るのはやはりラッセルである。

 偶然に短期のアルバイトを繰り返していたベルシオの予定が空いていた。結果的にベルシオが親代わりとして同行することになった。ホームで見送る兄はしつこいぐらいに弟を頼むとベルシオに言い、先に席に座っていたフレッチャーに苦い思いをさせていた。

(僕は、もうすぐマグワ―ルの研究所に入ったときの兄さんと同じ年になるのに)

兄から見ればいくつになっても自分は小さな子供なのだとわかっている。それが兄の愛情ゆえの思いだともわかっている。それでも、どこか割り切れない。

弟は兄の前では意識的に子供を演じることもあった。そうした方が兄を安心させるとわかっているからだ。それはすでに子供の判断ではない。

「俺が守る、お前だけは子供でいていいから」

兄はいつもそう言う。ほんの小さいころからそれがこの兄弟の関係だった。

(でも兄さん僕もいつまでも一人でトイレに行けないちびのままではないんだ。兄さんにはかなわないかもしれないけど僕ももう強いんだよ。拳も術もね)

兄がどういう反応を示すか予測がつくので言ってはいないが、弟はすでに正統な拳法をとっくにマスターし、実戦さながらの対集団戦のトレーニングに切り替えている。何かあったとき兄とともに戦うために。そして、その日はそれほど遠くではなかった。



11 もぐりオペ

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9 疲労

2006-12-30 13:13:11 | 鋼の錬金術師
9 疲労

 それは、奇跡の量産のための裏治療を始めて3ヶ月が過ぎたころ。カルテのナンバーは100に達していた。

食卓で弟は兄になにやら言っている。

「兄さん、少しでいいから」

「欲しくない。見るだけで気分が悪い」

テーブルにはゼノタイムから一緒に来たある老婦人が差し入れしてくれたミートパイがあった。このところ大先生の食事量はがた落ちになっていた。普段から細身の大先生がさらにやせたのを心配した老婦人は、ゼノタイムにいたころは好きだったパイをもってきてくれた。しかしラッセルはちらりと視線を向けたきりで手を出そうとしない。

(そういえば、兄さんこのごろまるっきり肉を食べなくなった。裏治療を始めたころからかな)

「せっかく持ってきてくれたのに、だいたい兄さんこのごろやせすぎだよ。そのうち倒れちゃうよ。兄さんってば。もう、聞いてるの」

「フレッチャー、休診の札下げてくれ」

「え、今日は休みじゃないよ」

「気分が悪いから、少し休む。お前一人では患者が多いと大変だから休診にしてろ。ジムも休むから、お前一人で行けるな」

言いおえると兄はもう部屋に戻ってしまった。

(気分が悪いなんて、兄さんどこが・・・まさか)

弟は兄の言うとおり休診にする。幸い裏治療もカルテのナンバーが100になったところでデータのまとめの為中止している。



「兄さん、大丈夫?」

兄はベッドにうつぶせになりすぐには返答もしない。

「ほら起きて、服脱いで。診るから」

錬金治癒師が患者を全体として診るとき、服をすべて脱がすことが多い。これは衣服があると気の流れが読みにくくなるためである。しかし世間ではこれを治癒師の好色と解釈している。また現にそうである場合も多い。トリンガム兄弟は誤解を避けるため表の治療では服を脱がすことはあまりしなかった。また兄は15歳から30歳までの女性には一人で応対しなかった。最悪でも掃除やまかないのおばさんを立ち合わせていた。その用心ゆえか、あるいはラッセルの透明で潔癖な印象のためか今のところその手のことで批判されたことはなかった。なお、裏治療ではデータを取るため当然すべて脱がした。

「いらん。疲れただけだ。」

「そんなの診なきゃわからないでしょ」

「自分のことぐらいわかる」

(ちっともわかってないよ。食べれなくなるのがすでに問題なのに)

「お前も今日は遊んでろ。一人でデータまとめをするなよ」

言いながら兄は立ち上がる。

弟は洗面所までついていこうとするが兄に鼻先でドアを閉められ、封印をかけられてしまった。兄が治癒と交換で流しの治癒師から聞きだした封印の方法は今のところ弟は知らない。中からは物音ひとつ聞こえない。

(これだから。もう、絶対自分の弱いところを他人に見せない。僕にくらい見せてもいいのに。それにしても涼しくなってようやく食べるようになったとおもったら・・・やっぱり原因はあれかな)

兄がようやく出てきたのは30分もたってからだった。

「兄さん、あの時疲れたって言ったね。あの技何か負担になっているんじゃないの」

「お前そんな細かいことよく覚てるな」

「兄さんの言ったこと僕が忘れるわけない。ちゃんと答えて」

「まぁ、まるっきり負担なしではなかったんだが、慣れればいけるはずだから、  お、おいそんなににらむな」

「怒られるようなことしたの、誰?ゼノタイムのためはわかるけど僕には兄さんが一番大事なんだ。兄さんが望んだから奇跡の量産も手を貸したのにそんな無理してたなんて」

弟が1歩進むと兄が1歩後づさった。

「こんな無理するならもう裏治療に手は貸さないよ。ゼノタイムの奇跡はおしまいだ。」

「そりゃないだろ。むしろこれからが本番だ。多分これだけうわさになっていれば軍か企業か街かが奇跡の正体を見に来るさ。そいつらを取り込んでゼノタイムの浄化の費用をひねり出してやる。口先3寸なら俺に任せろ」

「兄さん、(完全に詐欺師の口調だよ)」

弟は本気であきれていた。



⑩ 招待状

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8 嫌い

2006-12-30 13:11:37 | 鋼の錬金術師
8 嫌い

 「兄さん共鳴と治癒、一人でしたの?」

「あぁ」

「ずいぶん遅かった日だね。そう、あの日、血のにおいがすると思ったら、そんな無茶を一人でしたの。僕に隠れて・・・」

兄の表情がこわばった。

「フ、フレッチャー、俺は、その、何も、お前を」 兄の口調がなめらかさを失った。

「兄さんは僕を信じてないんだ。だからいつも一人で危ないことするんだ。」弟は下を向いてしまう。

「違う。そうじゃない。俺はただお前を夜中に起こしたくなくて」

「兄さんなんて、  嫌いだ」

(ほーお、すごい効き目だな。唯我独尊の銀目が座り込んじまったぞ)

 ジムの親仁はなにやら面白い見世物のように兄弟を見ている。



(ちょっと薬が効きすぎたかな?)

嫌いは言い過ぎかもしれないとフレッチヤーは考えた。

(でも、こうしないと兄さんちっとも反省しないし)

いつもいつもこんな調子では心配事ばかりである。

「ふ―ん、面白いもんだな。坊やあまり兄ちゃんをいじめるなよ。かわいそうに、あの好き勝手な坊主が青くなってやがる」

(兄さんここでどんな言動してたんだろ。聞きたいけど、訊きたくないような)

「こら銀目、お前もいちいちまともに受け取るな。弟はお前に反省してほしいだけだ。そうだな坊や」

「えぇっとオーナーさん」

「ハハ、面白い呼び方だな。おやじでいい」

「はい、おやじさん。兄がここの外で何をしていたかご存知ですか」

「外でか。多いときは10人以上を相手に実戦していたようだな。おかしなうわさも聞いたな。黒い化け物とやりあったとか、なんでも手足が伸びるそうじゃないか。ハハハ、うわさってのはおかしなものだな。あぁ心配するな。まだ殺した相手はおらんようだ。ところで坊や」

「坊やは止めてください」

「ほーお、そりゃすまんな。ちっこい銀目」

「・・・坊やでいいです」

「よしよし、子供は素直が一番だ。銀目みたいに早々とひねるなよ。奥へ来い。基本の型から始めるぞ。銀目お前もいつまで落ちてるやがる気だ。たまにはサムの相手でもしろ。お前は左手だけだぞ」

「今のは?」

「ハンデ戦だ。サムではまともに銀目の相手は無理だ。銀目はジムの強さでは納まらん。生来の戦闘者だな。

はじめここに来たころは、何かに取り付かれたような目をしていたな。最近ようやく落ち着いたようだが、うわさに聞いたが研究とやらがうまくいっているせいか?」



(兄さんは金の光にとりつかれている。もう2年近く過ぎたのに。あの人は僕たちのことなんか忘れているかもしれないのに。あの人のことになると、兄さんには何も見えなくなる。僕のことも。  僕にはそれが見えるのに兄さんにはそれすら見えないんです。)

声にすることなく弟は答えた。



寝室に入ってから弟は兄に手足の伸びる化け物について問いただした。錬金術師の勘が単なるうわさと思わせなかった。しかし兄は「俺にもよくわからない」と言うのみでむっつりと押し黙ってしまった。

(一夜でミイラ化した子供の死体。・・・ゼノタイムの子供もいた。・・・俺が教えた子供の。 血を絞りつくされて・・・。あの黒髪のちびすけ、俺をいきなり偽者呼ばわりしやがった。まぁ自業自得か。鋼のおちびさんか、エドは、チビのままか。   情報が欲しい。あれからあの化け物も気配がない。絶対に俺がひっとらえてやる。いったいどこに姿をくらました。   あのチビの化け物、俺のことをお父様が用意したにニエとほざいたな。ニエ、贄か?俺を知っているような言い方だった。ちっ、わけのわからない話は不愉快だ。)



なにやら、難しい顔で黙ってしまった兄の様子に弟は(今訊いても仕方ない)と、それ以上の追及をしなかった。



9 疲労へ

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7 ジム

2006-12-30 13:09:36 | 鋼の錬金術師
⑦ ジム

兄が弟を連れて行ったのは繁華街の裏手にある小さなジム。

(ふ―ん。喧嘩だけしてたわけでもなかったんだ)

「よぉ、シルバー珍しい時間に来たな。ん、かわいい子じゃないか。妹か」

中にいた若者が声をかけてきた。

「どこに目をつけてやがる。弟だ。」

「うわっ。もったいねぇ。こんなにかわいいのに男かよ」

「親仁さんは?」

「奥だよ。なんだ、相手になってくれるんじゃないのか」

「後でな、弟を親仁さん会わしてからだ。」

「ねぇ、君。シルバーの弟って本当?うわっ、マジだよ。この子も目、青銀だよ」

「えーい、人の弟をじろじろ見るな」

兄は弟を両手で抱くようにして隠した。このところ、弟はずいぶん伸びているがまだまだ兄には届かない。

兄の口調は治癒師として患者に接しているときとはまったく違う。

(なんだか町の不良少年って感じ。でもこっちのほうが兄さんに合ってる気がするな。・・・あれシルバーって?兄さん名前変えてるのかな?でも、こんな近くじゃすぐばれないかな)

「親仁さん」 兄は返事も待たずに中に入っていく。

弟は急いでついていく。

「なんだ銀目か。珍しいな真昼間だぞ。お前は夜型かと思ったが昼でも起きてるんだな。ん!ほー!これがさんざん、聞かしてくれた小柄で陽の光みたいにきれいで天才錬金術師のお前の大事なエドワード・エドリックか。うーん、聞いたとおりの美人だな。てっきり銀目の惚れた欲目と思ってたが、これは話し以上だ。」

(エドワードさんのこと。兄さんそんなにあの人の話ばかりしてたの・・・僕の話じゃなくて)

「親仁さん、いやそうじゃなくてこれは俺の弟だよ。昼間、こいつの時間の空いてるときに少しだけ鍛えてほしいんだ」

「弟?銀目、お前弟がいたのか。聞いたことないな」

「大事な弟だからな。変なやつに聞かせられるか」

「兄さん・・・」

「この人はジムのオーナーだ。ここで正統の型を習え。俺のは癖がありすぎてお前には合わないからな」

「銀目のは喧嘩殺法だからな。お前のように目つきの悪い奴は強くないとやっていけんさ。

どれ、ほー、かわいい坊やだな。お年はいくつだ。」

お年はいくつという言い方にカチンときた、フレッチャーである。その言い方は10歳くらいまでのお子様に訊く問い方ではないか。

「始めまして、フレッチャー・トリンガムです。13歳になりました」

治癒師として患者の前に立つときの凛とした声で答える。兄の表情が変わった。しまった、と言いたげである。

「フレッチャー、トリンガム、ん、金髪銀目のトリンガム。やっぱりそうか、銀目お前が大先生のほうか」

「ばれてたか」

「うーん、いや今まで信じられなかったが疑ってたな。金髪銀目はこの辺では珍しいし、第一錬金治癒するのはな。しかしどこが温厚冷静だ?この口より足蹴りのほうが早い坊主の」

「多面一人(ターミャンイーレン)。人にはいろんな面があるものだろ。別にうそは言ってないさ」

兄はゼノタイム以来、どうしても必要な時、(患者に説明してはいけないとき)以外は積極的なうそを言わなくなっていた。誤解するのは相手の勝手というところである。

後の話であるが、兄は軍の命令によって偽りの英雄を演じることになる。それが、エドを守ることに繋がらなければ兄は決して偽りの己を許さなかっただろう。弟は後にそう思うことになる。アストリアスの一番若い英雄。それは兄が押し付けられた偽りの名。

「まぁな、お前をシルバーと呼んだのはこっちの勝手だな」

「兄さんいったい何してたの」

「言っていいのか、銀目」

「おもいっきりまずいが、黙ってるともっとまずい、話してくれ」

「こいつは半年ぐらい前から来るようになってな。実戦的対集団戦をさせてたんだが、怪我人を量産してくれたよ」

「帰る前に直してやっただろ」

「おぅお蔭でジムは大助かりだ。バーさんの神経痛まで治してくれたしな」

「夜中まで治癒していたの?疲れるはずだよ」

「成り行き上だ。お蔭で昼はできない実験治癒もできたし、共鳴理論はここで組み上げたようなものだ」

「そうだ、お前の実験のお蔭であいつ予選は通ったぞ。切らずに済んだだけでも幸運と思ったが、予選通過するとは、(あいつと同じ事故であいつより軽症だったやつが死んだがな。あそこは人より牛や豚のほうが価値が高いのだ。この街はこれからどう変わるのか、あまり期待は持てそうにないな)」



⑦ 嫌いへ

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6 ゼノタイムの奇跡

2006-12-30 00:39:39 | 鋼の錬金術師
⑥ ゼノタイムの奇跡

 翌朝、いつもより幾分遅く目覚めたフレッチャーは隣に寝ているはずの兄が消えているのに気づいた。着替える手間を惜しんだか、兄は幾分しわになっている昨日の服のままでいた。猛烈な勢いでノートを書き続けている。錬金術師のノートは多く暗号化されている。象徴の多いのが特徴の兄のノートは古いタイプの練成陣の一部を切り取ったかのように見える。

「先に読んでろ。後で話す」

兄は1冊では足りずに次ぎのノートに書き続ける。朝食も食べない弟はたちどころに兄のノートに没頭する。いつまでも降りてこない兄弟の姿を探して、治癒室のドアを開けたペルシオは二人の姿が完全に錬金術師になっているのを見て朝食を食べさすのをあきらめた。

(ナッシュもそうだったが、ああなるともう何も聞こえなくなるからな。しかし、あいつらあれでトイレぐらい行くんだろなー?)

約2時間後、20冊目に書き終えたところでようやく兄の手が止まり、弟も最後の1冊を置いた。

「兄さん、共鳴理論って生命体の中核原始論に沿って、それを生命維持の原題に利用する。そうなんだね」

「メインはそうだ。ただ、あの理論はあくまでも魂と精神の繋がりを仮定する仮理論だった。所詮は机上の遊びだ」

「うん、僕もそう思う。兄さんはそれを実用化したことになるのかな」

「そうだ。うまく使えばこいつは、奇跡を演出できる。医療界の年寄りどもが腰を抜かす奇跡を作り出せる」

「え、この理論、発表するんじゃないの?」

「いずれはな、その前にこいつを手品の種に、ゼノタイムのために使う」

「兄さん??何するの?」

「そうだな、まずは奇跡の大量生産だ。フレッチャー、共鳴は俺がやる。お前は治癒を頼む」

「僕が、」

「心配するな。共鳴を使っている間は、患者にはまったく影響がない。心臓を切り取って取り出しても共鳴を続けている間、患者は生きている。いわば、患部と患者を別の生き物として扱える」

「それって、すごいことじゃない。ショック状態も副反応も気にしないでいいなら、どんな治癒法も思いのままだ。・・でも、それがゼノタイムと関係あるの?」

「まぁ、俺に任しておけ」

「・・・うん・・ (任すと少し不安なんだけど)」







こうして、後に ゼノタイムの奇跡 命の使い手 奇跡の執行者 といわれるゼノタイムの奇跡伝説は始まった。

 





弟は兄の理論に沿って、自分でも共鳴を実践しようとした。しかし、理論はわかるのだが何度練成しても成功しなかった。

「何かが足りない気がする」

フレッチャーはこのときその何かを追求しなかった。後になってフレッチャーはこの時追求しなかったことを後悔することになる。足りないもの、それは命の練成陣。







ゼノタイムの奇跡の伝説は始まった。一人、二人、三人。もはや、助からないはずの患者が、生還していく。奇跡の患者のカルテに名前はない。患者は、医師の手によって内密に連れてこられ、治癒後にまた元の医師の手に戻される。表向きはその医師が治療したことになる。しかし、噂は広まっていく。ゼランドール市のゼノタイム地区に奇跡の使い手がいる。医師会の会合で密かにトリンガムの名がささやかれる。医師の中には手におえない患者を内密に連れてくるものもいる。トリンガム兄弟は医師の名も患者の名も尋ねない。医師は名誉を守り患者は助かる。兄弟の手には人体の生命体としての耐久性をしめすデータが残った。後の話だが、ラッセルにとってこのときの経験が、余命宣告されたエドを支えるのに最高に役立つデータとなった。さらに後の功績となる人工臓器開発や、外見上区別できない人工皮膚の開発には、このときのデータを多く使用している。

カルテNOが90を越したころ、弟は気がついた。

「兄さん、どうしたの」

「何でもない」

「うそでしょ。どこか、痛むんでしょ」

「治まったからいい。そう騒ぐな」

「だって、・・そうだ、あの日何していたの

夜中に出歩いてた日だよ」

兄が渋い顔をする。

「お前そんな古い話を」

「3ヶ月前だよ。まだ有効だよ。何していたの?起きたら教えてくれるっていって結局教えてくれてないよ。」

「うーん、いまさらだけどな。・・・運動不足だったから、体術の実践訓練をな」

「体術の実践練習?」

(はっきり、喧嘩しに行ってるなんて言ったら、僕が怒ると思っているんだ。そりゃ、怒るけどね。あ、でもちょうどいいか)

「兄さんずるい、僕には教えてくれないで一人だけでなんて。ねぇ、僕も連れてって。」

にっこり笑って、兄の膝に座る。そして、兄の顔を下から見上げる。

昔から兄はこの体制に弱かった。

(勝ったね)

困ったような、兄の顔があきらめと微笑に変わる。

「そうだな。お前も運動代わりぐらいなら鍛えてもいいか。喧嘩なんてするなよ。」

(よく言うよ。自分のことは遠くの棚の上なんだから。)

「うん、じゃあつれてって」

「今からか」

兄は時計を見る。

「少しぐらいいいか。」



⑦ ジム

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