⑫ もぐりオペ
弟が出かけてしまうと治療所は静かになった。裏治療のデータを中心に生命体としての人体の耐性論を組み立てていたラッセルの手が止まったのは、急患を知らすベルの音が原因だった。上着をつかんで出てみると数人の子供と中年の婦人に囲まれた老人がいた。老人の肌は土色に近い。意識もない。
ラッセルは老人に見覚えがあった。悪性の腎炎で何度か診ている。このところ来ないと思っていたら急に悪くなったらしい。
「おっきいせんせい、おじいちゃんをおこして。おじいちゃんがせんせいにきってもらえっていったよ」
(俺に・・・まさか確信犯か)
この元軍人という老人は診るたびに言っていた。
「お若いの、まだ人を切ったことはないな。それでは一人前とは言えん。一度切ってみろ。年寄りだから遠慮はいらん。練習と思ってやってみろ。」
ラッセルは毎回断った。そもそもここには手術できるだけのシステムがない。そして治癒師はもともと違法というより脱法な存在だが、同じ医療法違反でも人体にメスを入れると罪状が重くなる。実刑20年以上は充分考えられる。それでなくても危ない橋をいくつも渡ってきているラッセルである。ゼノタイムの赤い石、フレッチャーがアルとして誘拐されたときの金の練成、今のところ何とか見逃されているが下手すると今頃は軍の拘束所のなかである。わざわざ危険を冒す気はない。
「先生父を手術していただけませんか。」
「ここには手術システムがありません。第一私には手術の経験が」
「わかっています。父の望みは、先生に人を切らせたい、それだけです」
「そんなことを(押し付けられても困るな。爺さん) こんな、急に悪くなるはずが」
「父の部屋で隠してあった薬を見つけました。10日分以上ありました。今朝になって急に自分に何かあったら先生に切ってもらえと言い出して、そのまま目覚めなくなりました」
「やはり確信犯ですか」
「父の最後の望み叶えていただけますか。」
「ここでは無理です」
「父が言っていました。錬金治癒とオペを併用すればここでも可能と。あの先生ならそれぐらいやれると」
「それは・・・確かに(爺さん変なことまで知りすぎだな。あんたは) しかし・・・」
危険な賭けになる。たった一つでも判断に狂いがあれば患者は死亡する。錬金術を用いる治癒はイメージ力の問題である。ラッセルの見立てがどこまで正しいかが問われる。見立てに自信はあった。しかし・・・。
(成功してももぐりオペで捕まる可能性が高い。失敗すれば確実に捕まる。爺さんまったくひどい話を押し付けやがって。 そしてこのまま何もしなくてもじきに死ぬ。なんてことだ。よりによってフレッチャーの居ないときにか)
子供の一人がラッセルの袖を引いた。それは小さいころ弟がしていたのと同じしぐさ。
「せんせぇ、おじいちゃんをおこしてよ。ぼっくとつりにいくんだよ。やくそくしたんだから」
「フレッチャー、先生の邪魔をしてはだめよ」
(フレッチャー?あぁそうか)
それを聞いたとき、ラッセルの中で何かが動いた。
ーこれ以上フレッチャーから、何も奪わせはしない。ー
「奥へ運びます。今日は他の患者を診る余裕はないですかから、あなたがここで事情を説明してください」
「先生?では!」
「切ります」
短く答えた彼にはもう迷いはなかった。
薬品も不足、輸血も不足、人員も不足、システムもない。
(何てことだ。野戦病院のほうがまだましだ)
しかし、老人の様子から見てまともな医師に搬送する余裕はない。さらに、どれほどの高額になるかもわからない医療費がこの地区の人々に払えるはずがない。
(やれやれ、フレッチャーに怒られそうだ。また、考えなしに一人で突っ走ったと
悪いな、だけど危ない橋を渡るのは俺一人で十分だ)
彼の左手に青い光が宿った。
長い一日になりそうだった。
⑬セントラル(リザの子犬達と内容ダブリです)
目次へ
弟が出かけてしまうと治療所は静かになった。裏治療のデータを中心に生命体としての人体の耐性論を組み立てていたラッセルの手が止まったのは、急患を知らすベルの音が原因だった。上着をつかんで出てみると数人の子供と中年の婦人に囲まれた老人がいた。老人の肌は土色に近い。意識もない。
ラッセルは老人に見覚えがあった。悪性の腎炎で何度か診ている。このところ来ないと思っていたら急に悪くなったらしい。
「おっきいせんせい、おじいちゃんをおこして。おじいちゃんがせんせいにきってもらえっていったよ」
(俺に・・・まさか確信犯か)
この元軍人という老人は診るたびに言っていた。
「お若いの、まだ人を切ったことはないな。それでは一人前とは言えん。一度切ってみろ。年寄りだから遠慮はいらん。練習と思ってやってみろ。」
ラッセルは毎回断った。そもそもここには手術できるだけのシステムがない。そして治癒師はもともと違法というより脱法な存在だが、同じ医療法違反でも人体にメスを入れると罪状が重くなる。実刑20年以上は充分考えられる。それでなくても危ない橋をいくつも渡ってきているラッセルである。ゼノタイムの赤い石、フレッチャーがアルとして誘拐されたときの金の練成、今のところ何とか見逃されているが下手すると今頃は軍の拘束所のなかである。わざわざ危険を冒す気はない。
「先生父を手術していただけませんか。」
「ここには手術システムがありません。第一私には手術の経験が」
「わかっています。父の望みは、先生に人を切らせたい、それだけです」
「そんなことを(押し付けられても困るな。爺さん) こんな、急に悪くなるはずが」
「父の部屋で隠してあった薬を見つけました。10日分以上ありました。今朝になって急に自分に何かあったら先生に切ってもらえと言い出して、そのまま目覚めなくなりました」
「やはり確信犯ですか」
「父の最後の望み叶えていただけますか。」
「ここでは無理です」
「父が言っていました。錬金治癒とオペを併用すればここでも可能と。あの先生ならそれぐらいやれると」
「それは・・・確かに(爺さん変なことまで知りすぎだな。あんたは) しかし・・・」
危険な賭けになる。たった一つでも判断に狂いがあれば患者は死亡する。錬金術を用いる治癒はイメージ力の問題である。ラッセルの見立てがどこまで正しいかが問われる。見立てに自信はあった。しかし・・・。
(成功してももぐりオペで捕まる可能性が高い。失敗すれば確実に捕まる。爺さんまったくひどい話を押し付けやがって。 そしてこのまま何もしなくてもじきに死ぬ。なんてことだ。よりによってフレッチャーの居ないときにか)
子供の一人がラッセルの袖を引いた。それは小さいころ弟がしていたのと同じしぐさ。
「せんせぇ、おじいちゃんをおこしてよ。ぼっくとつりにいくんだよ。やくそくしたんだから」
「フレッチャー、先生の邪魔をしてはだめよ」
(フレッチャー?あぁそうか)
それを聞いたとき、ラッセルの中で何かが動いた。
ーこれ以上フレッチャーから、何も奪わせはしない。ー
「奥へ運びます。今日は他の患者を診る余裕はないですかから、あなたがここで事情を説明してください」
「先生?では!」
「切ります」
短く答えた彼にはもう迷いはなかった。
薬品も不足、輸血も不足、人員も不足、システムもない。
(何てことだ。野戦病院のほうがまだましだ)
しかし、老人の様子から見てまともな医師に搬送する余裕はない。さらに、どれほどの高額になるかもわからない医療費がこの地区の人々に払えるはずがない。
(やれやれ、フレッチャーに怒られそうだ。また、考えなしに一人で突っ走ったと
悪いな、だけど危ない橋を渡るのは俺一人で十分だ)
彼の左手に青い光が宿った。
長い一日になりそうだった。
⑬セントラル(リザの子犬達と内容ダブリです)
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