④ 夜遊び
ゼランドール市は特に大きな街ではない。それでも繁華街はあるし夜しか活動しない人も多く生きている。
酒場やそれに付随する夜の女、怪しげな情報屋、表では取引できないさまざまな物資。それもまたこの国の一部である。表の市場では入手しにくい薬品の購入のため、裏通りの酒場にいたラッセルは懐かしい名を耳にした。
あの鋼の錬金術師がキメラと手を組んだ。空っぽのよろいが走りまわっている。もうすぐまた戦争らしい。南部のデビルズネストとその一味が軍につぶされた。
裏社会の噂は真実とは限らない。それでも、ラッセルはエドに関する噂を本能的に追った。そして、追っているはずの自分が追われていることに気づいた。
(あいかわらず、エルリック兄弟は無茶をしてるんだな。あいつらの情報を知ろうとしただけで、この始末だ)
追ってくる人数は10人は超しているだろう。負ける気はしなかったが、温厚、冷静の評価を得ているトリンガムのおっきいせんせいが、街中で喧嘩騒ぎをおこしたとばれるのはまずかった。
(逃げるか?それともよけいなことを話せない程度まで痛めつけるか?)
自問したが、ラッセルの中で答えは決まっていた。もう彼の足は人通りの無いほうへ向かっている。このところの苛立ちも鬱屈たる思いももううんざりだった。
(まぁ、殺さない程度に遊んでやるさ)
2時間後、コートのほこりを掃い落とした彼は酒場で名も知らぬ男と飲んでいた。思ったより時間がかかったことに彼のプライドは満足していなかった。
「銀目のあんちゃん。いい腕しているんだな」
喧嘩の現場を見ていた男から言われてもラッセルの表情は苦いままだ。
「あんたなら、あのブラックとさしでやれるかもな。」
ラッセルの手が隣で飲んでいる男の胸倉をつかんだ。
(俺はあのエドと一度は対等に戦った男だ。この辺の三流の誰かと比べられてたまるか!)
口にすることのできない思いは、ラッセルから表情を奪った。
「銀目殿は、気が短いねぇ。」
男は慣れているらしい。酒場の者も誰も騒がない。ここではよくあることなのだ。
「けど、ブラックも結構強いんだぜ。じきにチャンプになるやつさ。興味があるんならブルーリバーのジムに行ってみなよ。銀・・シルバーのあんちゃん」
シルバー、このとき何気なくつけられた名はラッセルの裏の世界での通り名となる。
(兄さん?タバコのにおい?お酒の匂い?)
朝、いつもと同じ穏やかな微笑を見せる兄から、弟はいつもは感じないにおいを感じた。
「兄さん」たずねかけたフレッチャーをタイミングよくベルシオが呼んだ。角を曲がった場所まで連れて行かれた。
「ほっといてやれ。あいつにもストレス解消は必要だ」
「だって、このごろ兄さん毎晩いなくなっているんですよ」
「まぁな、怪我でもしてきたら怒るつもりだったが今のところ無事のようだしな。」
「何しているか知ってるんですね。僕には何も言ってくれないのに」
「聞いたわけじゃないさ。俺にもそれなりの情報網があってな。ま、若いうちの喧嘩はあいつみたいな目をしているやつならあるほうが当然だからな。」
「喧嘩って、兄さんそんな危ないことを」
「やれやれ、心配しなくてもあいつは強いだろ。この辺のやつなら10人がかりでもあいつに勝てんさ。お前がそうやって心配するからあいつも余計に言わなくなるんだ。」
「だって、僕が見てないと兄さんすぐむちゃくちゃするんですよ。」
「そのうち落ち着くだろ。」
「それでは、遅いときもあるんです」
数週間後、兄はいつもよりさらに遅く夜明け近くになってようやく帰ってきた。弟はベッドの中で眠った振りをしながら、なぜかひどくつらそうに響く兄の足音を聞いた。だいたいあの兄がこっそり出かけたというのに気配を立てて帰るなど初めてである。
「痛っ」
つぶやく声が聞こえる。
(血の臭い。兄さん、どこか怪我でもしたの?)
「兄さん」
弟はいきなり起き上がった。
「うわっ、起きていたのか」
「どこ行っていたの」
暗いせいだろうか、兄の顔色はひどく青ざめて見える。
「・・・・・散歩だ」
「毎晩、僕に隠れてなの」
「気づいたか」
「気づいていたよ」
「そうか、そろそろベッドは別のほうがいいかもな。起こす気はなかったんだが」
「どこ行っているの?毎晩ずっと、帰ってくるまでどれだけ心配しているか、兄さんちっともわかってないんだ」
「・・・少し、休んでから話す。長い話になるからな。とにかく今日は疲れたから1時間ぐらい眠らせろ」
言いながら兄は上着だけ脱ぐともうベッドに倒れるように横になった。そのまま弟を両手で抱く。
「お前ももう少し寝ていろ」
言いおえるともう寝息を立てている。
(僕は抱き枕じゃないんだけど。これがベッドは別になんて言ってた人の態度。一人で寝むれないのは兄さんじゃないの)
⑤ シルバーへ
目次へ
ゼランドール市は特に大きな街ではない。それでも繁華街はあるし夜しか活動しない人も多く生きている。
酒場やそれに付随する夜の女、怪しげな情報屋、表では取引できないさまざまな物資。それもまたこの国の一部である。表の市場では入手しにくい薬品の購入のため、裏通りの酒場にいたラッセルは懐かしい名を耳にした。
あの鋼の錬金術師がキメラと手を組んだ。空っぽのよろいが走りまわっている。もうすぐまた戦争らしい。南部のデビルズネストとその一味が軍につぶされた。
裏社会の噂は真実とは限らない。それでも、ラッセルはエドに関する噂を本能的に追った。そして、追っているはずの自分が追われていることに気づいた。
(あいかわらず、エルリック兄弟は無茶をしてるんだな。あいつらの情報を知ろうとしただけで、この始末だ)
追ってくる人数は10人は超しているだろう。負ける気はしなかったが、温厚、冷静の評価を得ているトリンガムのおっきいせんせいが、街中で喧嘩騒ぎをおこしたとばれるのはまずかった。
(逃げるか?それともよけいなことを話せない程度まで痛めつけるか?)
自問したが、ラッセルの中で答えは決まっていた。もう彼の足は人通りの無いほうへ向かっている。このところの苛立ちも鬱屈たる思いももううんざりだった。
(まぁ、殺さない程度に遊んでやるさ)
2時間後、コートのほこりを掃い落とした彼は酒場で名も知らぬ男と飲んでいた。思ったより時間がかかったことに彼のプライドは満足していなかった。
「銀目のあんちゃん。いい腕しているんだな」
喧嘩の現場を見ていた男から言われてもラッセルの表情は苦いままだ。
「あんたなら、あのブラックとさしでやれるかもな。」
ラッセルの手が隣で飲んでいる男の胸倉をつかんだ。
(俺はあのエドと一度は対等に戦った男だ。この辺の三流の誰かと比べられてたまるか!)
口にすることのできない思いは、ラッセルから表情を奪った。
「銀目殿は、気が短いねぇ。」
男は慣れているらしい。酒場の者も誰も騒がない。ここではよくあることなのだ。
「けど、ブラックも結構強いんだぜ。じきにチャンプになるやつさ。興味があるんならブルーリバーのジムに行ってみなよ。銀・・シルバーのあんちゃん」
シルバー、このとき何気なくつけられた名はラッセルの裏の世界での通り名となる。
(兄さん?タバコのにおい?お酒の匂い?)
朝、いつもと同じ穏やかな微笑を見せる兄から、弟はいつもは感じないにおいを感じた。
「兄さん」たずねかけたフレッチャーをタイミングよくベルシオが呼んだ。角を曲がった場所まで連れて行かれた。
「ほっといてやれ。あいつにもストレス解消は必要だ」
「だって、このごろ兄さん毎晩いなくなっているんですよ」
「まぁな、怪我でもしてきたら怒るつもりだったが今のところ無事のようだしな。」
「何しているか知ってるんですね。僕には何も言ってくれないのに」
「聞いたわけじゃないさ。俺にもそれなりの情報網があってな。ま、若いうちの喧嘩はあいつみたいな目をしているやつならあるほうが当然だからな。」
「喧嘩って、兄さんそんな危ないことを」
「やれやれ、心配しなくてもあいつは強いだろ。この辺のやつなら10人がかりでもあいつに勝てんさ。お前がそうやって心配するからあいつも余計に言わなくなるんだ。」
「だって、僕が見てないと兄さんすぐむちゃくちゃするんですよ。」
「そのうち落ち着くだろ。」
「それでは、遅いときもあるんです」
数週間後、兄はいつもよりさらに遅く夜明け近くになってようやく帰ってきた。弟はベッドの中で眠った振りをしながら、なぜかひどくつらそうに響く兄の足音を聞いた。だいたいあの兄がこっそり出かけたというのに気配を立てて帰るなど初めてである。
「痛っ」
つぶやく声が聞こえる。
(血の臭い。兄さん、どこか怪我でもしたの?)
「兄さん」
弟はいきなり起き上がった。
「うわっ、起きていたのか」
「どこ行っていたの」
暗いせいだろうか、兄の顔色はひどく青ざめて見える。
「・・・・・散歩だ」
「毎晩、僕に隠れてなの」
「気づいたか」
「気づいていたよ」
「そうか、そろそろベッドは別のほうがいいかもな。起こす気はなかったんだが」
「どこ行っているの?毎晩ずっと、帰ってくるまでどれだけ心配しているか、兄さんちっともわかってないんだ」
「・・・少し、休んでから話す。長い話になるからな。とにかく今日は疲れたから1時間ぐらい眠らせろ」
言いながら兄は上着だけ脱ぐともうベッドに倒れるように横になった。そのまま弟を両手で抱く。
「お前ももう少し寝ていろ」
言いおえるともう寝息を立てている。
(僕は抱き枕じゃないんだけど。これがベッドは別になんて言ってた人の態度。一人で寝むれないのは兄さんじゃないの)
⑤ シルバーへ
目次へ