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プロポーズ小作戦24

2009-04-06 21:57:08 | コードギアス
プロポーズ小作戦24

『ゼロ・レクイエムの真実』には、時系列であの日前後の事がきちんと記録されている。星刻は当事者のスザクよりもあの日の事情に詳しくなった。


あのダモクレスの戦いの日、天子を含む合衆国連合の要人を救った後、ダモクレスに飛んだ。神楽耶と視線を交わしたとき、トウキョウ決戦以来可能性として考えていたあることについて決断をつけた。
そのために神虎の機能を無理に引き出してダモクレスに突っ込み、ゼロを探そうと降り立った。
星刻の記憶がはっきりしているのはそこまでだ。襲ってきた今までに無いほどの激痛に(何もできないまま終わるのか)と絶望を噛み締め、後は空白。
 次に気が付いたときは処刑の磔台の上。天子が心配そうにこっちを見ている。習慣のように彼女に微笑みかけて、ようやく彼女が磔にされている事に気が付いた。
慌てて感覚のはっきりしない自分の身を確認すると星刻本人も磔台にがっちりと縛られている。
天子の縄はあまりきつくないように見えた。後で聞いたら痛くはなかったらしい。
星刻自身は首を動かす事もできなかったが、左右に視界を動かすと、黒の騎士団の幹部や団員が、神楽耶が磔にされている。
(私は何もできないままか)
押し寄せる絶望と無力感。
そのとき起こった大きなざわめき。
ゼロが現れ、悪逆皇帝を刺し殺す。
興奮の儘、押し寄せる市民達。逃げ去るブリタニア軍。高く強く響くブリタニアの魔女の声。
「悪逆皇帝は死んだ!人質を解放しろ!」
歓喜とともに駆け寄る市民達。その顔の中に星刻は蒼天講の同士を見つけた。
「星刻!」
驚きと喜びが入り混じる顔。
「私はいい。天子様をお助けして差し上げてくれ」
平静に言ったつもりだが声がかすれる。のどに痛みがある。
天子を解放したのは同士の一人。同士はそのまま星刻の枷を外そうとした。しかし、異常に硬い。他の人質は次々に解放されていくのに星刻はまだ磔台の上にいる。
神楽耶が天子を抱きしめるようにして安全な場所に連れて行く。
天子は「星刻が助けられるまでここにいたい」と言ったが、星刻の安全のためにもパレードに出るべきだと説得され頷いた。
「大丈夫。私ちゃんと頑張るから」
そう言い残して、天子は神楽耶ナナリーとともに馬車に乗る。
未だ、涙の跡の残るナナリーが、歓呼の声に答え手を振る。

民衆の圧力に天子はおびえた。たくさんの人が無秩序に、口々に悪逆皇帝の死を喜び、酔ったようにゼロの名を叫ぶ。その天子の手を神楽耶が握る。今までに無いほどに強く。
「天子様ここが私達の戦場です。笑って」
天子は強く頷く。それでも硬直したように手が動かない。手を振らなければいけないのに。
「初めてなのね。大丈夫。怖くなくなるまで私の影に隠れて」
海のような青い瞳。星刻と見た海の青。
「きれい」
ぽうっとしたように天子はつぶやく。
「ありがとう。兄もそう言ってくれたわ。これはないしょよ」
ナナリーが微笑む。
「あ、」
一番つらい思いをしているのはこの人なのだ。どれほどの事情があったとしても目の前で兄が殺されたのだから。天子自身もむろんつらい思いをした。とても怖かった。だが、天子の大事なものは皆無事である。ダモクレス戦以来消息がわからなかった星刻にも会えた。
天子は囚人服の袖でナナリーの涙の跡を拭いた。むしろ汚してしまったかしらと後で天子は思った。

このとき周りに変化があった。中華軍の制服姿に黒い布を腕に巻いた兵士が、すばやく整然と馬車を護衛した。
「ゼロの同盟者であり、祖国中華大司馬、我が同士星刻の命令です。我ら漆黒の騎士団が護衛いたします」
「感謝します」
そつなく王家の微笑みを返すのはナナリーと神楽耶。
黒い布を腕に巻いた中華軍は民衆の過度の興奮を抑え、パレードを安全に成功させた。同時にその様子は世界中に中継された。
漆黒の騎士団を名乗った中華軍の兵士はその手に暴徒鎮圧用の警棒でなく、さまざまの色の花の枝を握っている。ゆり。薔薇、ひまわり。中には造花もあったようだ。これをしてこのパレードを『花のパレード』と後の世は呼ぶ。
花の枝をもって警備した事は心理学者や軍事専門家に絶賛された。いかに警護とはいえ、外国の軍隊(中華は同盟国ではあったが)の銃や警棒を突きつけられては、興奮の極にある日本人がどうなるか?
だがそれが花の枝なら。もちろんそれでもトラブルは皆無では無かった。そこは助けられた藤堂・扇達が指揮して抑えた。
ゼロと組んでこの計画を実行した『ゼロの同盟者』の名は大いに高まった。当の同盟者たる星刻の知らない間に。

花馬車の真ん中に座った天子は時に立ち上がり、民衆に大きく手を振る。これが初めてとは思えないほどのロイヤルスマイルに、これが中華6000年の皇帝の血かと、見ている警護の兵士が感動する。後にこのときの警護の兵士から多数の禁軍志願者が出た。


さて、ようやく足枷は外れたがまだ手枷と首枷が残っている。
一体何故星刻だけがこんなに厳重に縛られているのか、枷を外そうと努力している中華軍兵士は首をひねる。
「慌てなくてもいい。私なら大丈夫だ」
時折星刻はそう声をかけたが、時間とともに声から力が失われていく。
兵士はあせる。周りで見ている日本人達が早くお助けしろと叫ぶ。中にはペンチや金属用ののこぎりを抱えてくる者もいる。気持ちはありがたいが、そんなもので切れるなら兵士は苦労していない。

人波が不意に割れた。モーゼみたいだなと兵士は思う。現れたのはモーゼとは違う黒の救世主。ゼロ。
沸き起こるゼロゼロゼロの歓声。それを片手で制して、救世主は星刻の前に立つ。
あ、案外小柄だ。
兵士は思う。
皇帝を刺し人々の歓呼に応えるゼロはその動作やオーラもあって大きく見えたが、こうして近くで見るとそれほど大柄ではない。同士の星刻に比べると5センチから10センチくらい背も低い。体格もまだ完成していないようだ。10代だろうか?
兵士は緊張感無くそんなことを考えた。

気配の変化に星刻は目を開く。そこにちょうどゼロの視線がある。
「切りますか」
「まかせる」
短い会話があった。

1秒後、兵士に緊張が走った。きらり、さわやかな秋の日差しに刃の煌めき。
先ほどの皇帝を刺し殺した刀とは違う。そりのある刀。日本刀である。
ゼロの手が刀を構える。
その切っ先が星刻ののどにあてられた。
兵士がとっさに銃を構える。
だが、そのときにはもう物事は終わっていた。

ごとりと音を立てて首かせと手かせが落ちた。
状況からしてゼロが星刻を助けたのはわかるが、どうやって切ったのか見ている群集も近くにいた兵士もまったくわからない。
ゼロは再びモーゼ現象を起こし、去った。

「いい腕だ、さすが藤堂の」
「藤堂の」の続きは兵士には聞こえなかった。
星刻は声にはしなかったし、次に起こった群集の叫びにかき消された。
今まで見えなかった星刻の背、それは絞れるほどに血に濡れていた。
星刻自身もようやく自分の状態に気が付いた。当初は麻酔でもかかっていたのか体の感覚が無かった。それが戻って来るとともに増していく痛み。特に背中が焼け付くようだ。

兵士が拘束衣を切り裂く。傷を調べなくてはならない。群集は見た。星刻の背に数えるのも大変なほどにある鞭の跡。
皮膚が裂け今も血が流れている。

「悪逆皇帝だ、ずっと拷問していたんだ!」
群集の中から叫ぶ者がいる。その声がたちまち広がる。
あの悪逆皇帝が捕虜を厚遇したはずは無い。その思い込みもあり、また星刻という証拠もあり叫びはたちまち広がった。

叫びは数分をおかずに花馬車で行進中の少女達にも伝わった。
「すぐに医師を」
落ちついて命じる神楽耶。
「しんくー!」
叫んで立ち上がり馬車を飛び出しかけた天子。
「なんという事を!あの愚兄は、この2ヶ月星刻総司令をいたぶっていたのですね!
あぁ、あのような男と同じ血を引く事が呪わしい!」
叫びながら両手を天に掲げるナナリー。
(約束です。お兄様との。私だけは一生お兄様を批判しなければならない)
いささか芝居がかった台詞と声であったが、すでに興奮していた群集には充分であった。

このナナリーの言葉一つで、星刻は行方不明の間ずっと悪逆皇帝のおもちゃにされていたと全世界が信じた。
物的証拠は何も無いのだが。この日以降、ネットの裏動画では悪逆皇帝に遊ばれる総司令の合成映像が爆発的に上がった。星刻自身は「私は何も覚えていない。証拠は何も無い」そう繰り返し発言したが、すでに定説となった話を止める事はできなかった。

馬車を飛び出しかけた天子を止めたのは星刻からの電話だった。
「申し訳ありません天子様。たいした傷ではないのですが、どうやら大げさに伝わったようです」
星刻は天子様専用の微笑を見せる。
その笑顔ひとつでナナリーは気が付いた。
この少女は誰よりも深く愛されているのだと。それはまさに兄と自分のように。
せめてこの少女だけでも幸福になってほしい。私はもう、大切なものを全て失ったから。
それはナナリーの真実の思い。だが、同時に痛い核のようなものがナナリーの中にある。
私は全て失った。たった一人のお兄様を。大好きなスザクさんも。
スザクさんは生きていても、もうスザクさんで無くなってしまった。
それなのに、それなのにこの少女は愛してくれる人と、暖かく守ってくれる人と幸福になる。私のお兄様が命を捧げて造った世界で。