
こんにちは😃
前回の続きを書きますねー!
2月5日 手術の当日の話しです☺️
翌朝は下剤が効いて
5時にお腹がギュルギュルいう音と痛みで
目が覚める。
点滴棒をお供にトイレに駆け込むけど出ない。
早起きしちゃってやや寝不足。
その後6時ごろに再びビッグウェーブ🌊
お通じがちゃんと来てくれた。
本日の準備のひとつが完了💩🚽✅
こういうとき、病室が個室だから
自分専用のトイレがあるのがありがたい❣️
今日の執刀医の外科の先生(仮名ミー先生)が
病室に挨拶に来てくださった。
私は4年半くらい
この病院の外科で何度かお世話になってるけど
名前すら見かけたことのない初対面の先生だった。
主治医のグッチ先生が執刀医かと思ってたけど
私が今回、緊急入院だったから
急遽、違う先生になったらしい。
30代半ば?もっとお若いかも?
でも笑顔が優しくて、穏やかなイケボで
丁寧に話しをしてくださる先生だったから
信頼できると思えた。
お顔のイメージはこのハリネズミちゃんに
ちょっと似た好青年。

(実は私、去年の年末ごろからハリネズミグッズをあつめるほどハリネズミ🦔にハマってます🩷)
その後
看護師さんが来て
“今日は朝9時以降
水すら飲んではいけないこと”🙅♀️🍵
を再確認される。
そしておへその掃除をしてくださった。
綿棒にオリーブオイルを塗って
おへその中をクルクルと拭いてくれたのだけど、
くすぐったくてゲラゲラ笑ってしまった。🤣
このあとシャワー🚿に
入っておくように言われた。
術後3日くらいはシャワー禁止らしいので
今日は絶対に入っておきたい。
病院のシャワーは浴槽がないので
なかなか身体が温まらないけど、
すっきりして気持ち良かった😊
もちろんシャンプー🧴もした。
ドライヤーをナースステーションで借りて
しっかり髪を乾かした。
(ドライヤーは入院の際、持ち込み禁止されてる)
昨日点滴をつけてくれた男の看護師くんが
今度は“床ずれ”にならないかの測定装置?を
持ってきてカカトとお尻の下にパットみたいな物を敷いて計測してくれた。
それに意味があったのかよく分からない。
(ちなみにわたしはこの入院中に背中が軽い床ずれになった。3月になった今でもまだ痒いし、皮膚の色も茶色っぽい)
その後、薬剤師さんが来て
アレルギーのことについてや
めまいのことを
色々確認された後に
『全身麻酔から覚めた後、
もし吐き気があったら
吐き気止めを処方するので遠慮しないで』
と言われる。
午後、
看護師さんから私の手術は今日の3番目だから
2時30分ごろからの予定ですよーと
教えてもらう。
こういう時、
ちょっとでも心臓がドキドキしはじめたら
何かに負けちゃって
きっと弱い私が出てきちゃう。
今は本当の感情にフタをするべき時。
「もうすぐ手術するんだって。
だれのことかしらね?ねぇ?心臓さん」と、
すっとぼけて平静を装う。
こういうのが得意になった。
51歳。長く生きた甲斐がある。
2時ごろ部屋に来てくれた看護師さんから
前の患者さんの手術が長引いてるから
私の手術は3時10分ごろからスタートに
なりそうだと言われる。
緊張の時間が長引いて喉が渇くけど、
水を飲んだら手術が中止になってしまうので、
自分の生つばをごっくんと飲む。
(つばはオッケーよね?)
3時ちょっと前に看護師さんが
そろそろいきましょうかと
お迎えに来てくれた。
『手術室でガウンタイプの寝巻きに着替えるけど
向こうでの着替えが簡単にできるように
下着(シャツ、ブラ)は脱いで
素肌にパジャマを着てください。
上着(フリースのベスト)は、羽織ってていいですよ。
靴をはいていくので、素足に靴下は歩きにくいでしょうから
靴下は履いてていいです。
と言われたので、その様にする。
トイレを済ませて、準備が整った。いざ出発!
手術室までは看護師さんに付き添われつつ
点滴棒とともに自分の足で歩いて行く。
右のお腹が少し痛くて歩きにくい。
エレベーター🛗で3階に降りた。
左に曲がって進むと、
以前、入院した時に一泊したHCUがあった。
そのとなりには
去年5月に父が亡くなったICUがあって、
思い出して少し悲しい気持ちになる。
それをさらに左に曲がると
つめたそうな銀色の扉があって
そこを入ったところで
頭に不織布の帽子をかぶる様にと渡された。

さらに扉をくぐった先に
手術室の扉がずらりと並んでた。
扉に大きく番号が書いてあり、
私は6番に案内された。
中に入ると医療ドラマで見る様な装置が
ずらっとあって、
その雰囲気がどうにも重たくて
鼻血が出ちゃいそうな怖さを感じる。

すぐに手術台のベッドに寝るのかしら?
と思ったら
『まずはベッドにもたれてて下さい。
幾つか確認させていただきますね』と
手術室の看護師さんから言われた。
ベッドは私の腰まで高さがあって
もたれたらじんわり暖かくなってた。
看護師さん2人と、麻酔科の先生と
そして外科の先生2人(ミー先生と助手の先生)
の軽い自己紹介(名前を名乗ってくれる)があった。
そして、バインダーの書類を見ながら
今日の手術内容とか
アレルギーがあるか?とか
最後に水を飲んだ時間とか色々
チェック✅をしていった。
そのあとパジャマをガウンタイプのに
着替えるということで
その間、
メンズの先生方は後ろを向いて打ち合わせを
していてくださった。
女性看護師さん2人が私の着替えを手伝ってくださり、それができるとベッドに仰向けに寝た。
ベッドが
カラダにフィットしてめちゃくちゃ寝心地がいいし、とにかくホカホカと暖かくて
すぐに寝落ちしちゃいそうだった。
頭の方にいる麻酔科の先生に
酸素マスクをつけられる。
『では麻酔を入れていきますね』と言われた時
私の左右に看護師さんがそれぞれいて、
左の看護師さんが右の看護師さんに
何か渡そうとして私の点滴のチューブに
もたれたらしく、点滴針がズレたようだ。
麻酔が入る瞬間に電気が走る様な痛みがして
思わずビク!っと震え上がってしまった。
「あのーぉ、今、電気が走るほど痛かったです」と恐る恐る、酸素マスク越しに言った。
麻酔科の先生が左側に来て点滴の針を確認した。
『大丈夫だと思うけど』と言って
もう一回麻酔を入れたらまた
電気が走る様な痛みがして、
ビク!っと再び飛び上がってしまい、
『やっぱり痛いd…
と言いかけて
わたしの記憶はここから消えて違う世界にいた。
(つまり、この時点で麻酔が効いて
白目をむいて寝落ちしちゃってた。
入院前の説明で、そのままでは眼球が乾くため、まぶたにテープを貼るときいていたので、多分貼ってもらってたんだと思う)
少し話がそれるけど、
私はこの手術を受けると決めた時、
ひとつ、考えていたことがある。
「全身麻酔で眠ってる間、
幽体離脱できる人がいるらしい」と
きいたことがある。
してみたい!一度でいいからしてみたい!🥹✨
そして出来たら宇宙に飛び出して
月🌕まで行くか、
無理なら海底に眠る古代遺跡か🌊🏰🌊
それがダメなら
マダガスカルのバオバブの木が見てみたい!

それすら無理なら
せめて自宅の下水管の詰まり具合を
確認してみたい。
魂だけなら下水管に顔を半分くらい
つっこんで、この前やったピーピースルーが
ちゃんと効いてるのか確認できるんじゃない?
って思った。

(唐突に夢のない主婦魂をぶちこんでゴメン)
まぁ、そんな感じに
この重たい肉体ナシなら
一瞬であちこち飛んで行って
見て回れるんじゃ⁉️🤩🤩🤩
と、ワクワクしていた。
けど出来なかった。
なぜなら
寝ている私の左肩に
息子によく似た3歳児くらいの男の子がひとり
ちょこんと座って
ずっと私を見張ってたから。
どんぐりまなこで私を見下ろして
『ここからでちゃダメ!からだをのっ取られちゃうよ!』
と言われた気がする。
しばらく見つめ合ってた。
この子は誰だろ?
次の瞬間、右肩をポンポンと優しく叩かれ
『ちー母さん、起きて下さい。手術、終わりましたよ』と神様のようなイケボで起こされて
私は意識の中でミー先生の声がする右を振りかえった。
その時、さっきの男児に
『じゃぁね、ばぁちゃん』と言われた気がして
は?今、ばぁちゃんって言った?と
左を振り返ったら
男の子はもう居なくなってた。
(あの子は私の未来の孫かもしれない。
だとしたら、会えて嬉しい☺️)
朦朧(もうろう)とする意識の中、
目を開けると、
人工呼吸器のための挿管を口から
スルリと抜かれて喉がカサつく。
吐き気はないですか?と誰かに聞かれたが
全然平気だった。
あー、月面着陸計画失敗どころか
うちの下水管のチェックもならずかぁ😔
霞んだ視界の中、看護師さんにガウンを着せられ前を閉じてもらってるような気がする。
執刀医のミー先生が
『ちー母さん、じつは思いのほか、ひどい状態だったので…なんとかかんとか…』と、説明してくれた気がするけど、
麻酔で眠くて眠くて所々、きいても頭が回らない。
『手術が終わったことをどなたに連絡したらいいですか?』と聞かれて
え?っと?こーゆー時、オットか?
いや、誰が正解?わからん…と、
思考回路がラビリンス。
でも待たせちゃ悪いだろうから
とりま、オットでいっかと思い、
「オット…に…」と声を絞り出したら
カッスカスの声しか出なかった。
そんな蚊の鳴くような声でも聞き取ってくださり
ミー先生が
『わかりました。旦那さんですね?』と、
すぐに電話をかけに行ってくださったのが
わかった。
喉から挿管を抜いたあと
声が出しにくいって聞いてたけど、
こういうことなのかと体感した。
そして次の記憶は手術台からストレッチャー(移動式ベッド)に
メンズの先生がたが
私の重たいカラダを『せーの!』で
息を合わせて乗せ替えて下さったところ。
そして『今から病室に戻りますねー』と
声をかけられ、
ストレッチャーが動き始める。
薄目を開けたら
手術室の扉の斜め上の壁に掛け時計が見えて
6時30分くらいだった。
え?3時間もかかったんだ?
あんな一瞬だったのに?
もしかしてこれ、虫垂炎にしては
大手術だったのかな?
(なぜか引き算して3時間ってのは計算できた)
病室についたら今度は
ストレッチャーからベッドに
また『せーの』でやすやすと移してもらえた。
皆さん力持ち💪なんだなと感心してしまう。
ベッドへの移動は麻酔がまだ効いてるおかげで
全然痛くなかった。
そして
看護師さんにオムツをつけられる感じがした。
息子がまだ幼い頃に
紙おむつを幾度も穿かせたけど、
自分が穿くとこんな感じなんだなぁ。
不思議な感じ。
51歳でオムツなんて、
もっと惨めな感じがするのかと思ったけど
全然なんとも思わなかった。
そこからまた眠ってしまい、
次に起きた時は9時ごろだった。
あまりにひどい痛みで目が覚めた。
そばに看護師さんが1人いてくれて、
『目が覚めましたか?あぁ、痛いですよね?
眉間にシワが寄っちゃいますよね。』
と言われる。
確かにその通り、眉間にチカラが集中するのを
止められない。
『次の痛み止めがあと30分くらい経ってからだからもう少し待っててくださいね』と部屋を出て行った。
痛い。とにかく痛い。
ひぃ〜、なにこれ、今から出産でもするの!?
ってくらいお腹が痛い😣
陣痛ならまだ、痛みが引く小休憩があるから
息をつく間があるけど、
それもなく、
絶え間なく押し寄せるお腹の鈍痛に
冷や汗がダクダク流れてく。
このまま召されるのかもな?
亡くなった父に会えるかもな?
もうどっかそこらへんに迎えに来てる?
とか
脳内ネガティブキャンペーンが始まる。
カラダが弱るとメンタルも弱る。
背中も痛くて身体を動かしたいけど
色々な管やらコードやら
酸素マスクやらに繋がれてて
手も足もあまり動かせない。
なんじゃこりゃ‼️😫😭
水瓶座は縛られるのが1番苦手なのよー!
と、泣き叫びたい気持ちいっぱいだけど
半分冷静に自分を見つめて
おばさんが泣いても可愛いくないし、
一旦おちつけ、自分。と冷めてるのも水瓶座。
気を取り直して
ちょっと周りを確認してみようじゃないか!
まず、酸素マスクがつけられてる。
だけど口が乾くなぁ。
あら、
気がついたら点滴は右手に
差し替えられているわ。
よかった、あのあと直してもらえたんだ。
どなたが付けてくださったのか、
全く痛く無いわ。
神レベルの才能に感謝よ。
おや、代わりに左手には
心電図の装置がつながっている。
お腹にチューブみたいなのが
チラッと見えるけど
起き上がれないからどんなんか、
確認できない。
さらにいつの間にか導尿の管も繋がっていて
全然痛みはないけど、
下手に動いたらまずい事になるのか?
管の差し直しだけは免れたい。
あれ?待って、これって手術の麻酔が効いてから
つけられたんだよな?
オムツは部屋に帰ってきてからしたから…
てことは手術中はノーパンだったのか?!
手術中って、ほぼすっぽんPONなのね?
靴下を履いている感覚があるけど、
なぜか足袋を履いてるような感じがする。
(あとで知ったが、着圧ソックスに
履き替えさせてくれていた)
そんな感じに
痛みと闘いながらもしばらく様子見。
スマホがLINEの通知のバイブで揺れてる。
オットか息子からメッセージが
来たんだろうなーと思うが
まだ腕を伸ばすといろんなチューブに絡まってしまいそうで
スマホをテーブルから取れるか自信が無さすぎる。
点滴による痛み止めは4時間に1回しか
つかえないらしいのに、
痛みがちょっとだけ軽減されるのは
始めの2時間くらいだった。
次の痛み止めは
まだか、まだかと
とにかく時間の流れがもどかしくてたまらない。
あぁ…うぅぅ…あぁ…痛いぃ😖
黙りたくても身体から勝手に
かすれた声が漏れる。
自分の声なのに聞いてて不気味。😅
耐えられずナースコールを何回か鳴らして
「次の痛み止め、まだですか?」ときいて
看護師さんを困らせてしまった。
今思うと本当に迷惑患者だった。
ごめんなさい🙇♀️🙏
夜中にもう無理だ、眠ることもできないし、
耐えられない。
出口のないトンネルに入ってしまったのか?
と絶望していたら、
左耳の後ろから
『朝6時にはピークを超えるよ。
頑張って耐えて』と聞こえた気がした。
わたしの直感はいつも左耳の後ろから
ピッ‼️✨と降りてくる。
翌朝6時、嘘みたいにあの強烈な痛みが
半減した。
いつもお読みいただきありがとうございます😊
長くなってしまったので今日はここまで👋
続きをまた書きますね。
興味ない話に
ここまで付き合ってくださるあなたは
ずいぶん優しいかたです❣️感謝です🥰
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます