平群駅から歩いて10分程の地にあり、うんかんじにいますならもと神社というのが正式な名称らしい。以前は500mほど東に雲甘寺があり、その一画に寺の鎮守社として据えられていたが、明治元年に寺は廃され、その後社はこの地に移されたらしい。
祭神は菊理媛(キクリヒメ)。この神は日本書紀に一度だけ出てくる。イザナギが黄泉の国を脱出し、その境でイザナミと言い合いしているところに現れ、何事かを口にする。するとイザナギがこれを褒め、イザナギとイザナミは和睦したらしい。何を言ったのか、どういう系統の神なのか、触れられていない。
何となくだが、巫女のような役割のように見える。死者と生者を繋ぎ、何事かを喋って生者を満足させる。
菊理媛は、全国の白山神社で祀られている。由緒書きを見ると江戸時代この神社は白山権現を中央に祀っていたとのこと。修験とは縁のなさそうなこの地に何故鎮座するようになったのだろうか?色々と興味深い。
さて、まず鳥居を見ると元禄十二年と刻まれている。境内には石灯籠が多数置かれている。恐らく元の地から持ってきたのだろう。
拝殿は左右非対称だ。不思議に思って中を覗くと、本殿の左に小さな社があった。春日社らしい。
近くに長屋王とその妻吉備内親王の陵墓に立ち寄ってみた。長屋王は天武の孫で、高市皇子の長男。政権の中心にいたが、藤原四兄弟に誣告され、自殺を余儀なくされた。
また、その邸宅からは多量の木簡が出土したことでも有名である。
田園を歩いていると、菊が大量に植えられていた。そう言えば、平群は小菊の栽培日本一と書かれた看板があった。流石に菊理媛とは関係ないよね。