暇人小生の十和田湖の遊覧船の続きになりますが、「写撃手320」がデズニーシーへ姪御さんをお連れした折に目にした船の画像を送っていただきましたので紹介いたしますかね、こうなってくると軍艦色の船ブログでなくなってきているようでご容赦、御容赦ください。
<写撃手320さんからの紹介>
先般、メイの家族と共に行った東京ディズニーシーで見たおフネを哨戒、ちがうッ!紹介します。小生のパソコンは我輩にすっかり感化されミリタリー仕様となったようで、軍事用語が最初に表記されてしまうんですが、困ったものです。
最初は、エントランスを入ってすぐに眼にするプロメテウス火山の麓にある要塞に接岸したガリオン船ルネサンス号です。
続いては、パーク内のシーを巡るディズニーシー・トランジットスチーマーラインの遊覧船ですが、この時期のスペシャルプログラム「チップとデールのクールサービス」のために放水銃と迫撃砲のようなもので大量の水を撒き散らす、放水船に改装されていました。
注意しないとびしょ濡れになってしまいます。チップとデールが「♪上から下までビッショ、ビッショ、パンツの中までビッショ、ビッショ~」と歌っていたように思います。
2枚ペラ複葉複座の水上飛行機、作りモノではなく由緒正しき本モノと思われますがこの手のものには残念ながら見識がありません、グシュン!アラビアンコースとにも帆船が停泊です。
ミステリアスアイランドにはネモ船長が世界の海を探検した伝説の潜水艦、ノーチラス号が浮上。深海魚を思わせる素晴らしい船型です。
アメリカンウォーターフロントのニューヨークには三本煙突の豪華客船S.S.コロンビア号とその前にはタグが配置されるというこだわりように感服。
ニューイングランドの漁村、ケープコッドにも帆船の漁船?が置かれていました。
まーあ、こんなものを撮ってくるのはフネマニアのサガでしょうか?
<写撃手320さんからの紹介>
先般、メイの家族と共に行った東京ディズニーシーで見たおフネを哨戒、ちがうッ!紹介します。小生のパソコンは我輩にすっかり感化されミリタリー仕様となったようで、軍事用語が最初に表記されてしまうんですが、困ったものです。
最初は、エントランスを入ってすぐに眼にするプロメテウス火山の麓にある要塞に接岸したガリオン船ルネサンス号です。
続いては、パーク内のシーを巡るディズニーシー・トランジットスチーマーラインの遊覧船ですが、この時期のスペシャルプログラム「チップとデールのクールサービス」のために放水銃と迫撃砲のようなもので大量の水を撒き散らす、放水船に改装されていました。
注意しないとびしょ濡れになってしまいます。チップとデールが「♪上から下までビッショ、ビッショ、パンツの中までビッショ、ビッショ~」と歌っていたように思います。
2枚ペラ複葉複座の水上飛行機、作りモノではなく由緒正しき本モノと思われますがこの手のものには残念ながら見識がありません、グシュン!アラビアンコースとにも帆船が停泊です。
ミステリアスアイランドにはネモ船長が世界の海を探検した伝説の潜水艦、ノーチラス号が浮上。深海魚を思わせる素晴らしい船型です。
アメリカンウォーターフロントのニューヨークには三本煙突の豪華客船S.S.コロンビア号とその前にはタグが配置されるというこだわりように感服。
ニューイングランドの漁村、ケープコッドにも帆船の漁船?が置かれていました。
まーあ、こんなものを撮ってくるのはフネマニアのサガでしょうか?
15日から娘のお供で岩手・青森の山の散策に行ったみましたが、天気の方は霧のなか、雨にも会ってしまいまし残念な旅になってしまいました。
小生にとって海と違って山ですので船の方には縁がありませんでしたが、十和田湖でやっと船に乗りましたがこの遊覧船ではどうも・・・ですね。
船内に項目板がありましたので見てみました。
第6十和田丸
全長:32.5m
幅 :9m
深 :2.8
総トン数:317トン
旅客定員:596名
起工:平成6年10月19日
進水:平成7年6月25日
竣工:平成7年7月15日
製造:横浜ヨット株式会社
遊覧船からの風景ですが、兜島、鎧島
見返りの松
そんな旅を済ませて家に帰ると、この25日の横須賀サマーフェスタ07体験航海の当選ハガキが届いていました。
当日の公開艦の目玉はやはり引退する「しらせ」でしょうか、そして多くの艦が見られといいですね。
今日はあまり無理せず「さくらの山」に出かけて昼過ぎに降りてくるパンダでも撮りに行ってみようかとおもいます。
小生にとって海と違って山ですので船の方には縁がありませんでしたが、十和田湖でやっと船に乗りましたがこの遊覧船ではどうも・・・ですね。
船内に項目板がありましたので見てみました。
第6十和田丸
全長:32.5m
幅 :9m
深 :2.8
総トン数:317トン
旅客定員:596名
起工:平成6年10月19日
進水:平成7年6月25日
竣工:平成7年7月15日
製造:横浜ヨット株式会社
遊覧船からの風景ですが、兜島、鎧島
見返りの松
そんな旅を済ませて家に帰ると、この25日の横須賀サマーフェスタ07体験航海の当選ハガキが届いていました。
当日の公開艦の目玉はやはり引退する「しらせ」でしょうか、そして多くの艦が見られといいですね。
今日はあまり無理せず「さくらの山」に出かけて昼過ぎに降りてくるパンダでも撮りに行ってみようかとおもいます。
今日は久しぶりに成田空港「さくらの山」の画像をアップいたします。
この7月29日午後から「さくらの山」の出かけてみました、山に着いた途端にギャラリーが旅客機が降りて来る方向にカメラを向けているではありまんか。
こんな時はバックからすぐカメラを出す習性だけは身に付いていますね、暇人小生西部劇のガンマンより素早いのでないですか、当然友人の「写撃手320」さんより早いですよ、なにせ年季が違いますからね。
<誰ですか、早いが当たらないなんて言っている方は、今はデジカメですぞその連射はCIWSなんてまだまだ足元にも及ばないですよ>
オーツ、これはなんだ、お初なんです、なんとハンガリー航空ではありませんか、こうなると上がるのもゲットしたくなるもんですね。
2007-07-29
3時間ほど待っての4時過ぎ小雨が降ってくるなか何とか押さえることができました、この日はこれで大収穫、大収穫。
2007-07-29
それでは4日は朝から横須賀ネービーフレンドシップデイの出かけてみますか、ブルーリッジだけかとおもいましたが、「おやびん」さんからの書き込みをいただき海自の方では「たかなみ」が見られそうです、少し楽しみが増えましたね。
それでは皆さん、お会いできること楽しみにしています。
この7月29日午後から「さくらの山」の出かけてみました、山に着いた途端にギャラリーが旅客機が降りて来る方向にカメラを向けているではありまんか。
こんな時はバックからすぐカメラを出す習性だけは身に付いていますね、暇人小生西部劇のガンマンより素早いのでないですか、当然友人の「写撃手320」さんより早いですよ、なにせ年季が違いますからね。
<誰ですか、早いが当たらないなんて言っている方は、今はデジカメですぞその連射はCIWSなんてまだまだ足元にも及ばないですよ>
オーツ、これはなんだ、お初なんです、なんとハンガリー航空ではありませんか、こうなると上がるのもゲットしたくなるもんですね。
2007-07-29
3時間ほど待っての4時過ぎ小雨が降ってくるなか何とか押さえることができました、この日はこれで大収穫、大収穫。
2007-07-29
それでは4日は朝から横須賀ネービーフレンドシップデイの出かけてみますか、ブルーリッジだけかとおもいましたが、「おやびん」さんからの書き込みをいただき海自の方では「たかなみ」が見られそうです、少し楽しみが増えましたね。
それでは皆さん、お会いできること楽しみにしています。
「写撃手320」さんからまたお手紙をいただていましたので続けてアップさせていただきます。
YAS58は特務艇「やしろ」でその前身は、昭和35年に竣工した掃海艇です。
「やしろ」は、「あただ」型と同時期に1隻だけ建造されたもので、排気は舷側排気式を採用したので煙突がありません。昭和47年に艦種変更され、昭和56年に除籍となっています。
YAL03は、揚陸艇「2001号」型の3番艇で、昭和49年に敷設船(YAL)に艦種変更されています。
YAS63は特務船「こしき」、前身は昭和37年に就役した「かさど」型掃海艇で、昭和56年に除籍となっています。
その真ん中には、海上自衛隊創世記に大量に貸与された第二次大戦中の米海軍の
上陸支援艇(LSSL)で、自衛隊では警備艇に種別され、船名には「ゆり」「きく」など花の名が付与されています。
<暇人雑記>の
暇人小生、4日横須賀見学の後、5日大阪での呉地方隊の展示訓練を見学するつもりでいましたが、どうも4日の展示訓練は台風5号の影響で中止になり5日だけの開催になったようですね。
今回「ひえい」に乗艦を予定していますが、参加艦艇は「ひえい」「うみぎり」「やまぎり」「あさぎり」「くにさき」「ゆきしお」「ひこしま」「くめじま」「つきしま」「ひうち」「ゆら」等だそうです、天気の方も台風一過よさそうですので、頑張って行ってまいります。
YAS58は特務艇「やしろ」でその前身は、昭和35年に竣工した掃海艇です。
「やしろ」は、「あただ」型と同時期に1隻だけ建造されたもので、排気は舷側排気式を採用したので煙突がありません。昭和47年に艦種変更され、昭和56年に除籍となっています。
YAL03は、揚陸艇「2001号」型の3番艇で、昭和49年に敷設船(YAL)に艦種変更されています。
YAS63は特務船「こしき」、前身は昭和37年に就役した「かさど」型掃海艇で、昭和56年に除籍となっています。
その真ん中には、海上自衛隊創世記に大量に貸与された第二次大戦中の米海軍の
上陸支援艇(LSSL)で、自衛隊では警備艇に種別され、船名には「ゆり」「きく」など花の名が付与されています。
<暇人雑記>の
暇人小生、4日横須賀見学の後、5日大阪での呉地方隊の展示訓練を見学するつもりでいましたが、どうも4日の展示訓練は台風5号の影響で中止になり5日だけの開催になったようですね。
今回「ひえい」に乗艦を予定していますが、参加艦艇は「ひえい」「うみぎり」「やまぎり」「あさぎり」「くにさき」「ゆきしお」「ひこしま」「くめじま」「つきしま」「ひうち」「ゆら」等だそうです、天気の方も台風一過よさそうですので、頑張って行ってまいります。
「写撃手320」さんからまたお手紙を頂きました、暇人小生に判別せよとのことですが、とてもとても小生には判りません、何方かこの問題が判りましたらよろしくお願いいたしますね。
<写撃手320さんからの設問>
これは、かなりのレアモノかと思います。
第1問 艦定力検定の最初は中央の艦艇です。
小生の狙いは「きくづき」と「もちづき」の5インチ砲の違いを撮ったのでしたが、想定外の小艦艇が写っていたのです。
第2問 艦番号が見えてしまっていますが、この当時ニチモの1/200を作る際の相違点のひとつが5インチ砲だったんですが、どちらが「きくづき」か判りますか?
中央の艦は、さすがに小生もすぐには判らず、世界の艦船のお世話になりました。
昭和30年に竣工した敷設艇「えりも」(AMC-491)ですが、昭和51年には艦種変更され、水中処分隊母艇となっています。
旧海軍艦艇の面影を残す艦型ですよねっ!
昭和43年に竣工した「きくづき」は、右砲側操作手用レドームを撤去した新型砲塔を装備していましたが、翌44年に竣工した「もちづき」は何故か旧型の砲塔(供与品?)が装備されていたんですね。
<暇人小生>
1番砲塔の前についているボフォースは観艦式では発射風景を目にしますが、発射機を目にして随分たちますね。
「きくづき」は小生の好きな艦ですね、最初にこの艦のBキャップが御気に入りで購入しましたが、横文字でロイヤルフラワーなんて書き込まれていていましたね。
<写撃手320さんからの設問>
これは、かなりのレアモノかと思います。
第1問 艦定力検定の最初は中央の艦艇です。
小生の狙いは「きくづき」と「もちづき」の5インチ砲の違いを撮ったのでしたが、想定外の小艦艇が写っていたのです。
第2問 艦番号が見えてしまっていますが、この当時ニチモの1/200を作る際の相違点のひとつが5インチ砲だったんですが、どちらが「きくづき」か判りますか?
中央の艦は、さすがに小生もすぐには判らず、世界の艦船のお世話になりました。
昭和30年に竣工した敷設艇「えりも」(AMC-491)ですが、昭和51年には艦種変更され、水中処分隊母艇となっています。
旧海軍艦艇の面影を残す艦型ですよねっ!
昭和43年に竣工した「きくづき」は、右砲側操作手用レドームを撤去した新型砲塔を装備していましたが、翌44年に竣工した「もちづき」は何故か旧型の砲塔(供与品?)が装備されていたんですね。
<暇人小生>
1番砲塔の前についているボフォースは観艦式では発射風景を目にしますが、発射機を目にして随分たちますね。
「きくづき」は小生の好きな艦ですね、最初にこの艦のBキャップが御気に入りで購入しましたが、横文字でロイヤルフラワーなんて書き込まれていていましたね。
「写撃手320」さんから昔の横須賀の画像を頂き暇人小生も探してみましたが、どうも引越しばかりしたせいか、生来の無頓着のせいか昔撮った画像なんて見当たりませんでした。
それでも本の間からフィルムがでてきましたので焼いてみましたので見ていただければとおもいます。
フィルムカバーには昭和38年7月19日と書いてありますから、今から44年前の1963年第7回目の遠洋航海出港時の風景のようです、場所は芝浦埠頭からでお台場が遠くに見えますね。
そして護衛艦の船体には今ではなつかしい艦名がひらがなで書かれていますね。
「あきづき」
「てるづき」
「たかなみ」
「おおなみ」
この時の遠洋航海は4隻で7月19日~11月25日のべ26,505浬に渡ったようです。
<暇人雑記>
ところで今年の遠洋航海にはお見送りできませんでしたが、9月21日晴海に帰港ですのでお迎えをしたいとおもっています、そう言えば9月は艦の方ではなにかと忙しそうになりそうですね。
8月4日・5日大阪湾で開催される、呉地方隊の展示訓練には5日「ひえい」に乗艦できそうです,展示訓練の方はカメラで撮っても人ばっかりでしょうがないでしょうがこれもまた良しです、そして体験航海を満喫してきたとおもいます。
それでも本の間からフィルムがでてきましたので焼いてみましたので見ていただければとおもいます。
フィルムカバーには昭和38年7月19日と書いてありますから、今から44年前の1963年第7回目の遠洋航海出港時の風景のようです、場所は芝浦埠頭からでお台場が遠くに見えますね。
そして護衛艦の船体には今ではなつかしい艦名がひらがなで書かれていますね。
「あきづき」
「てるづき」
「たかなみ」
「おおなみ」
この時の遠洋航海は4隻で7月19日~11月25日のべ26,505浬に渡ったようです。
<暇人雑記>
ところで今年の遠洋航海にはお見送りできませんでしたが、9月21日晴海に帰港ですのでお迎えをしたいとおもっています、そう言えば9月は艦の方ではなにかと忙しそうになりそうですね。
8月4日・5日大阪湾で開催される、呉地方隊の展示訓練には5日「ひえい」に乗艦できそうです,展示訓練の方はカメラで撮っても人ばっかりでしょうがないでしょうがこれもまた良しです、そして体験航海を満喫してきたとおもいます。