本当の地獄、神なきこの世
徹底的な差別、暴力、不倫。果ては集団リンチまで…。
こんな絵本は初めて読んだ。しかも臨場感たっぷりである。
最初の頁、カワウソ村の俯瞰図からして、まるでネットフリックスのオープニング!
低音でゆるい不気味なリズムが、もう、耳の中で鳴り始めた。
しかしこれ、福岡地方に伝えられるお話しの再話。
立派な「にっぽんの昔話」なのだ。
とりわけこの物語は、もともとの、おそろしく不条理な差別構造が出発点になっている。すべての出来事は、「差別=人間が他者を貶めること」から生じている。そこにあるのは、権力に胡坐をかく人間の醜さだけ。ちなみに、この物語のもう一人の主人公の名前は「権助」である。
権助の住む村に「神」はいない。超越者、絶対者としての神。裁く神、畏れるべき神がいないのである。
言い換えれば、その場所は「殺してはならない」「姦淫してはならない」「盗んではならない」「隣人の家をむさぼってはならない」「隣人について偽証してはならない」という、神の戒め(十戒)がない場所である。何でもアリ、力が力をねじ伏せるだけ。
神がいないから裁きがなく、救いもない。だから行き場のない、解消されることのない「恨み」が火の玉となって漂い続けてしまう。それは、「あの世」ではなく「この世」の話だ。この絵本が描くのは、本当の地獄、「神なきこの世」の有り様である。
本当の地獄。内容としては、R18指定のホラーである。それを、本質を伝えつつ、子どもにもわかる見事な絵語りに仕上げた、山下明生・長谷川義史の怪力に拍手!
どうしてこんなすごい絵本が出来たのか、さりげなく「あとがき」に説明されているのですが、そのネタバレはここでは回避させて頂きましょう。作り手の方々に敬意を払って。