前回写真で見ていただいたとおり、ヒトヨタケは傘が開いたのと同時に傘が溶け始める
溶けることのメリットを考えたのが前回だったが
今回はその原因を考えたい
ヒトヨタケ・持って帰った次の日・・・一夜にして溶けた
いろいろきのこにまつわる本を読んでいると、
ヒトヨタケは溶けることで胞子を散布する、と一言で書かれていることが多い
胞子の散布様式のひとつだ、と
キノコの子実体について
ご存知の方も多いと思うが、菌類はほとんど菌糸で出来ている(酵母は単細胞で生きている菌類で菌糸を作らない)
一列に並んだ菌糸のひとつひとつが場所によって形を変え、菌糸列の組み合わせで適宜場所に応じた形になる
特に子実体は、土の中や分解している植物体の中から空中に飛び出し、大きな構造物を作り出している
その構造物の中を顕微鏡で見ると傘の表面やひだの中身やひだの外側、柄、e.t.c...
菌糸がいろいろな形や並びをして子実体という構造物を作り出していることがわかる
土の中ではほかの菌類、バクテリアや細菌類などと戦いながら成長を続け、勢力を拡大させている
空中に出た子実体はどうだろうか
菌糸が成長して勢力を拡大させる場ではない、胞子を散布させる場で
それが終わった空の子実体は、それ自体を大きく成長させる必要のないものだ
胞子を除く子実体は、終わるために生まれてきたのだ
世界最大の生き物はなんだ?という問いにきのこの名前が上がる
2kmにも及ぶオニナラタケの仲間、もちろん土の中の菌糸のDNAが同一個体だとわかったからだ
生きている=成長を余儀なくされる 今も生きているオニナラタケは成長し続けているのかな
分解する⇒養分を吸収する⇒養分を蓄える⇒成長する⇒養分が減る⇒分解する⇒養分を吸収する⇒・・・
この流れが途絶えた時、1つの生命が終わるのだ
世界で一番大きなきのこと検索してると出てくる・・・決してオニナラタケではない。
大きいといっても子実体が永遠に大きくなるのではなく、成長する部分=地中の菌糸体 が2kmあるのだ
大人になった人間は成長せずともとりあえず生きている(磨り減ってはいるが・・・)
成長していないのに生きている・・・のではない
常に私たちの体は新しく生み出され、古いものが消えているのだ
これがぴったり維持されれば個体として同じ形を保ちつつ毎日を生きることができる
つまり、昨日と同じ形や機能を有しているということは、新しく生み出されている証拠なのだ
このような現象は菌類にも起きている。菌糸の再構築だ
菌類の多くは自分で栄養を作り出すことができず、植物体の細胞壁を自身の体から出した酵素で分解し、
細胞壁の中の栄養を吸収しエネルギー源にしたり成長の糧としている
この時、菌類が分泌した、植物の細胞壁を構成する多糖類を分解するための酵素で、
やはり多糖類で出来ているキノコ自身の細胞壁を分解することができることが明らかになってきた
キノコ自身の酵素で自分の体を融解し、再構築することでその形態を安定させ、変化させている
『きのこ類が生産する糖質加水分解酵素・木材保存Vol39-2 2013』
(この総説に上記の内容の記述があるが、残念ながらその情報については出典の記載がない
この総説には木材腐朽菌の持つ複数の糖質分解酵素を紹介し、
ゲノム解析の終わった菌類を使ってそれぞれの酵素を特定する遺伝子などについて詳しく、
比較的わかりやすい言葉で解説されている)
ヒトヨタケの場合
溶けるスピードが妙に早い、ほかの子実体はいらなくなったあとしなびて消えていくが
そもそも傘が開いたあと、風で胞子を飛ばすのであれば子実体の形をキープしないと飛んでいかない
そこで溶かすのは胞子を風で飛ばすのではなく別の目的だと前回考えた
胞子を飛ばし終えたあと、あの勢いで溶けるやつはほかには見たことがない
生きることを放棄するだけでいいのだろう
さて、溶ける原因を探るのに溶けた液体をいろいろ観察した
溶けてできた液体は透明の水分の中に黒褐色の胞子が浮いている状態なのだが
水を1滴も加えていないにも関わらず発生したその透明の液体に入っているものが原因を考える上で大事だと思った
はてさて、微生物の専門家ではないので透明の水に浮かぶこれが何なのかはわからない
ただ親切な方にPDF培地を作っていただいたので、この間からカビだのなんだの身近なものを培養しているのだが
その中に顕微鏡下での観察上、一番大きさ形がそっくりなのが納豆を培養して得た枯草菌(バチルス sp.)だ
その可能性もあるようなないような。。。
まあ、これが一気にヒトヨタケを腐らせたとは思わないが常在菌ではあるんだろうな
溶け切る寸前のゼリー状のものも見てみた
菌糸の細胞壁の影が尋常じゃなく薄い。菌糸の細胞壁が徐々に薄くなっている
柄に近いところのひだの菌糸の細胞壁はもうちょっと残っている
放っておいて溶けたので、菌によるものか、あとは自己融解か
自己融解は本来生命体が死んだあと、自身の体から出てきた酵素により死体が分解されていくことである。
放棄されてはいるが死んではいない、この言葉を使っていいものかどうか。
これを見る限りオートファジーで細胞小器官が関わって無くなっていくのでもなさそうだ
とにかく自身が出した糖質加水分解酵素で細胞壁が薄くなっていっているのだろう
当然、この酵素で胞子はなんのマイナスの影響も受けていないと思われる
この時点で、私は子実体を折ってしまっている
本来なら分解して溶けだした栄養は柄や土の中の菌糸が回収するはずのものだったのではないだろうか
それがあの紙コップの中に溜まっているのではなかろうか
2日後、紙コップの中から溶け残ったものを回収して洗ったもの、柄はまるまる残っている
丸いものは傘の中央部にあった肉そのもの。菌糸などの構造は一切ない、なんだろう?
柄にはあの酵素が働いていない、やはり直接胞子かかわる傘の菌糸だけだ
子実体の高さは最後までキープしておきたいのか・・・なぜだ?ここは原因を突き止める方でまた考えてみよう
当然これ以上のことを調べようと思うと、あの液体から分解酵素や分解されたあとの多糖類を分析することになる
こういう生態をもとに、サンプルを採集し研究が進むといいな(どこかにあるんだろうか)
今回、新しい発見があったわけではないのだが、
ヒトヨタケの融解を紐解こうとしていろいろ調べたら、キノコ本来の持つ能力を知ることができた
じつはヒトヨタケを調べていたら、菌糸の融解以外のことでヒトヨタケの持つ能力(虫を喰う)や
菌類自体にやはりオートファジーの能力が備わっていて、攻撃にも守備にも使えるという面白い話がごろごろ出てきた
またどこかで書きたいな
そのうち、では。
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