古 墳 少 女 佑 奈4 その9
第9章 茜のお迎え
その翌日長谷川茜は思い詰めた表情で学校に向かった。母親の美幸は家が方向違うけど石田莉奈に迎えにきてもらえばよかったかなと思った。思い詰めた茜が自殺などしなければよいがと心配でならなかった。
「ピンポ~ン」
海老名市大塚町の上月家のチャイムが鳴る。佑奈の母親の順子がドアを開けると大塚中学校のセーラー服を着た初めて見る少女が立っていた。
「あっ、あのっ、わたくし大塚中学校1年3組の長谷川茜と言います。佑奈お姉様、いえっ、上月先輩と一緒に登校したくて参りました」
とだけ言うと茜は真っ赤になってうつむいた。順子は
「ちょっと待っててね」
と言うと佑奈を二階の部屋まで呼びにいった。順子が部屋にゆくと佑奈はまだグースカピーと寝息を立てて寝ていた。
「ほら、佑奈起きなさい。長谷川って子が迎えにきてるわよ」
「長谷川ぁ?! そんな約束してないわよ」
「いいから早く学校行きなさい」
と無理やり寝床から追い出され学校へと追い立てられて佑奈はひどく不機嫌だった。茜は何も言わずに佑奈の後ろを黙ってついてゆく。
「なんで家までくるの?!」
「あんたストーカー?!」
「あんたを妹にする気などないからね!」
「もう家まで来ないで!」
と頭にきた佑奈は一方的に言いたい放題だ。
「今度来たら術を使うからね!」
と佑奈はセーラー服の袖口をまくって勾玉の腕輪を茜に見せた。茜は佑奈が術を使うところをまだ見たことがなかったのでその恐ろしさを実感できず、佑奈が自分にだけこっそり宝物の腕輪を見せてくれたものと勘違いして
「うわぁーっ、これが佑奈お姉様ご自慢の腕輪なんですねぇ」
と目を輝かせる。
「だからあたしはあんたの『お姉様』じゃないんだからその呼び方やめてよ」
「いいじゃありませんの、お姉様。佑奈お姉様のほうが年上でらっしゃるし、わたくし佑奈お姉様を始めてお見掛けしたときからずっと『佑奈お姉様』ってお呼びしていましたのよ」
自分の知らない間も茜がずっと自分のことを『佑奈お姉様』と呼んでいたことを聞かされて佑奈はゾッとした。
二人は黙ったまま大塚中学校に着いた。佑奈のクラスメイトの小山牧子がやってきて
「佑奈おはよーっ。今朝は妹さんも一緒なのね」
と茜を見ていう。
「だから、妹じゃないの!」
と佑奈がムキになって反論すると
「あら愛人だったの?」
「マキ!」
と佑奈が怒ると
「じゃあ先行ってるねぇ」
と牧子は逃げていった。他のクラスメイトも同様に佑奈と茜のアベック登校を冷やかす。茜は佑奈お姉様の妹としてみんなが認めてくれて嬉しかったが、佑奈は茜と姉妹扱いされて頭に来ていた。男子たちも
「見ろよ、上月姉妹が二人一緒に登校してるぞ」
「上月って古谷という彼氏がいるのに1年生女子に手を出すとはあいつは両刀使いか?」
「いや、1年生のほうから言い寄ったらしいぞ」
「あの二人の関係ってレズか?」
「上月の方は嫌がっているから1年生が一方的につきまとっているそうだ」
「あの1年生はストーカーだったのか。あんなにかわいいのに」
「まったく」
「妖術使いの古墳少女のどこがいいのやら」
「きっとあの1年生は魔法使いにでもあこがれているんじゃないのか」
「なるほどねぇー」
茜は2年生の昇降口のそばまで佑奈についてきて
「佑奈お姉様、いってらっしゃいませ」
と上品に頭を下げ佑奈を見送ったけれど佑奈はそれに何も答えなかった。
2年2組の教室に入るなり先に来ていた泉崎礼香に佑奈は
「もーいや。あの長谷川って子、朝からあたしの家にまで迎えに来るんだよ」
「よかったじゃないの。いつも遅刻ぎりぎりの佑奈がこんなに早く来られたんだから。あたしから毎朝佑奈を迎えにゆくよう頼んでおこうかしら」
「ちょっと、礼香やめてよね。学校のみんなして『かわいい妹さんですね』って冷やかすんだから」
「下級生の面倒を見るのも上級生の務めよ。もっともこの場合佑奈が面倒見られているわけだけど」
「あたし明日はうんと早起きしてあの子が来る前に家を出るんだから」
*** 茜の日記 *************
今日は佑奈お姉様をお家までお迎えにいったの。
寝起きだからか佑奈お姉様はとても不機嫌だったわ。
でも佑奈お姉様ご自慢の腕輪をわたしくにだけ
こっそりと見せて下さりとても嬉しかったわ。
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翌朝佑奈はがんばってうんと早起きして身支度を整え茜が来ないうちにと大急ぎで家を出るべく玄関のドアを開けるとびっくりした顔で茜が立っていた。
「佑奈お姉様おはようございます。今朝はお早いんですね」
「なんでこんな早くからいるのよぉ」
と佑奈はその場にへたりこみたい気分であった。
「昨日もこの位の時間に参りましたけど」
単に昨日は茜が来てから佑奈が起きて身支度していたので出るのが遅かったというだけのことだ。しかし佑奈にしてみればせっかくの早起き大作戦の裏をかかれたような気がして気分悪かった。佑奈は昨日茜に悪態の限りを尽くしたのでもう何も言う事が思い付かなかったので無言で学校に向かう。茜は黙ってその後をついてゆく。
しかし、不意に佑奈が全力で走り始めた。茜は
「あ~ん、佑奈お姉様待ってぇー」
と追いかけるが完全に出遅れたのでアッという間に大きく差を付けられた。茜は必死で佑奈を追ったけれど佑奈を見失ってしまった。佑奈は近くの駐車場に飛び込んで止めてあるワンボックスカーの後ろにしゃがんで隠れていたのだ。茜が
「佑奈お姉様どこですのぉ~」
と大きな声で叫びながら町内を捜し回るのを佑奈はみっともないから大声で『佑奈お姉様』と言わないでくれぇと思った。付近から茜の気配が消えたので佑奈は安心して大塚中学校に向かった。
しかし大塚中学校の門前でニコニコしながら茜が佑奈のことを待っていたのである。
「佑奈お姉様遅かったですわね」
「なんであんたがここにいるのよ」
「わたくしも大塚中学校の生徒ですわ」
そう言い返されて佑奈は何も反論できなかった。佑奈は重大な思い違いをしていた。佑奈も茜も目的地は大塚中学校なのだからまんまと途中で茜をまいたとしても大塚中学校で待っていられれば何の意味もないのである。佑奈は天を仰ぎがっくりと膝をついた。
その日早朝に話は戻る。家を出る長谷川茜に少し遅れて大塚中学校のセーラー服を着た女子生徒が一人歩いていく。長谷川茜の姉で中学3年生になる長谷川若葉である。若葉が中学3年生になって塾通いであまり茜にかまってやれなっているうちに最近茜の様子がおかしいことに気付いた。お姉ちゃん子でいつも若葉にべったりだった茜がきちんと登校しているもののクラブ活動をしているわけでもないのに朝早くから出かけるようになり、帰ってくるのも遅くなった。何か茜が姉に隠れてこそこそしている。だから若葉はそれを確かめるべく茜の後をつけたのだ。茜は大塚中学校には直行せず大塚町の上月佑奈の家に寄るではないか。クラブ活動をしていない茜と2年生の佑奈の接点はないはず。しかも明らかに嫌がっている佑奈に茜がストーカーのようにまとわりついている。少なからず若葉はショックを受けた。自分が受験でかまってやれなくなってせいで妹がストーカーまがいのことをしているなんて。若葉が呆然と立ち尽くしているうちに二人の姿は消えていた。
昼休み、2年2組の教室に一人の3年生女子生徒が入ってくる。そして泉崎礼香とおしゃべりをしている上月佑奈の前に来て
「あの、上月さん」
「はいっ」
吹奏楽部の先輩てもない3年生が尋ねてきて佑奈は驚いていた。
「わたくし3年1組の長谷川若葉と申します」
「えぇーっ! 長谷川ぁ!」
佑奈は茜のこと思い出して思わず腰を浮かせて逃げようとした。
「そう、茜の姉です」
「お姉さん!」
佑奈は妹の茜に邪険にしたから姉の若葉が佑奈にねじ込みにきたんだと思って身構えた。若葉はそんな佑奈の様子に無頓着に話を進める。礼香も興味ありげな顔で聞いている。
「いつも妹の茜がご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません」
「はぁ」
こんな時に上級生に向かって「オタクの妹には本当に迷惑なことされています」だなんて言えない佑奈であった。
「茜は昔からお姉ちゃん子でいつもわたくしに『お姉様、お姉様』ってくっついていたんですけども、今年の夏休みに大塚中学校に転向してまいりまして仲のよかったお友達とも離れ離れになり、わたくしも3年生ですので受験で茜にかまってやれなくなりまして茜も寂しかったんだ思いますわ」
「はぁ」
「だからカッコいい上級生の上月さんにあこがれちゃったんだと思いますの」
「……」
カッコいい上級生の上月さんというのはいい響きだが、長谷川姉妹には言われたくない。ましてや妹のほうにストーカーのようにまとわりつかれるのは迷惑だ。
「茜にはわたくしのほうから上月さんにご迷惑を掛けないようよく言って聞かせますが、そういう事情なので時折茜とも遊んでやって下さいね。それではごきげんよう」
若葉は一方的に長谷川家の事情を告げると静かに去っていった。佑奈は若葉が教室から消えた後も一人ぽかんとしていた。チャイムが鳴り始めたので我に返った佑奈は
「これってあたしに妹の面倒見ろっていうこと!」
と単に若葉は茜が迷惑をかけている佑奈にあいさつに来ただけなのだが佑奈には茜を押しつけられたようにしか感じられなかった。
*** 茜の日記 *************
今朝も佑奈お姉様をお家までお迎えにいったの。
佑奈お姉様はわたくしが来るのを玄関で待っていてくださり
とてもうれしかった。
また登校途中で佑奈お姉様と鬼ごっこをしたの。
でも、家に帰ってきたら若葉お姉様が
佑奈お姉様がご迷惑しているから
家にまで押しかけないようにと言われたの。
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第10章 茜の訪問へ