古 墳 少 女 佑 奈4 その2
第2章 茜の片思い
その翌日、1年3組の教室にて石田莉奈と長谷川茜がおしゃべりしている。
「ねえねえ茜ちん、昨日のケンカすごかったね」
「うん、そうね」
茜は莉奈の振る話題に平静を装いながらも食いついた。
「あの背の低い2年生が前に話した古墳少女の上月先輩なんだよ」
「えっ、そうなの」
茜はあこがれのお姉様の名前がわかってうれしかったが関心のないそぶりをしていた。
「莉奈ちゃん、上月先輩ってどんな方なの?」
「そっか茜ちんは二学期から転校してきたんで古墳少女の恐ろしさを知らなかったわね」
「うん、古墳少女ってなに? 上月何って方なの?」
「あの上月佑奈先輩って古墳で拾ってきた変な腕輪を持ってて呪文を唱えて火を吹いたり、電源飛ばしたりしていろんな国のスパイと戦っているんだよ」
「まさか」
「茜ちんは見たことないから信じられないかもしれないけど、海老名の人はみんな知ってるよ」
「ええっ?!」
茜の脳裏には女ジェームズ ボンドのように外国のスパイと戦っている佑奈の姿が浮かんだ。そのカッコいいイメージに茜は引くどころかますます佑奈にぞっこんになった。
「でも昨日は普通に殴ってらしたけど…」
「あぁ、生活指導の佐藤先生がうるさいから校内では術を使わないのよ」
「ふーん、上月先輩って何をしている方なの?」
「吹奏楽部に入っているって聞いたことあるわよ」
「ふーん、吹奏楽部かぁ」
「まっ、かかわるとロクなことないから茜ちん、上月先輩に近づいちゃだめよ」
「莉奈ちゃんわかったわ」
と茜はうまいこと莉奈から佑奈の情報を引き出した。
不意に莉奈が話題を変える。
「茜ちん。何か悩みごとでもあるの?」
「えっ?! 何もないけど…」
「でも今朝からため息ばかりついてるよ」
「そんなことないよ」
今日は朝からずっと長谷川茜はため息をついていた。さっきので本日何十回目だろうか。
「ははーん、さては誰かに片思いしてんでしょ」
莉奈にカマかけられて茜は思わずギクッとしてしまった。そして真っ赤になって
「変なこというと莉奈ちゃんぶつわよ」
と言う。莉奈は「やった、図星だ」と確信した。
「ちょっと誰よ、誰なのよ。誰にも言わないからこっそりあたしにだけ教えなさいよ」
とひじで茜を小突きながら言う。よもや莉奈は同性の佑奈に恋しているとは思ってもいなかった。
「ははーん、茜ちんの好きな人がわかったぞ」
「えっ?!」
茜はまたギクッとして莉奈を見る。
「2年生の古谷先輩でしょぉ」
「はあっ?! それは誰ですの?」
「上月先輩のカレシに決まってるでしょ」
「ちっ、違うって」
「だってさっき茜ちん上月先輩のこと食い入るように聞いてきたじゃない。だめよ古谷先輩に手を出しちゃ」
「だから違うって」
「上月先輩に術を使ってひどい目にあわされるわよ。昨日のケンカだって3年生の原先輩が上月先輩のカレシにちょっかい出したことか原因なんだから」
「莉奈ちゃん、違うの。誤解よ」
「ムキになるところがますます怪しいなぁ」
「わたしく古谷先輩にお会いしたことすらないんですから」
その後1年生各クラスに3組の長谷川茜が2年生の古谷先輩に恋しているというデマが乱れ飛んだ。もちろん発信源は石田莉奈である。
*** 茜の日記 *************
今日莉奈ちゃんからあの方のお名前が『上月佑奈』さまと教えてもらった。
莉奈ちゃんは佑奈お姉様の彼氏の古谷先輩にわたくしが方思いしていると
誤解していたようだけど佑奈お姉様のお名前がわかってうれしい。
一度でいいから佑奈お姉様とおしゃべりしてみたいわ。
でも莉奈ちゃんに誰かに片思いしていることを見抜かれたときは
あせったわ。しかも莉奈ちゃんは
わたくしが佑奈お姉様の彼氏の古谷先輩に片思いしていると誤解しているわ。
変な噂にならなけれどいいけれど。
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最近お友達の長谷川茜の口数がめっきり減り元気がない様子に石田莉奈も心配していた。
「茜ちん、古谷先輩はあきらめなさい。彼女がいるから」
「だから古谷先輩じゃないって」
「そう、相手が誰かは聞かないけどダメでもともとにコクってみたら」
「でもぉ…」
「当たってくだけろよ。きってうまくいくって」
「しかし…」
「このまま一人で悩んでいても何も変わらないよ」
「そうねぇ」
「茜ちんファイト」
「莉奈ちゃんありがとう。なんか道が開けてきたって感じだわ」
茜は莉奈の一言でやるべきことが分かったような気がした。
*** 茜の日記 *************
今日莉奈ちゃんがわたくしのことをはげましてくれたの。
「当たってくだけろ」って言ってくれたわ。
どうしたら佑奈お姉様とお近付きになれるのかしら?
佑奈お姉様は3年生の原先輩と毎日のように喧嘩なさっているから
わたくしのことなどまるで見てくださらないわ。
あぁ一言でいいからお声をかけて下さらないかしら。
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それからも茜は佑奈のことを思い詰めて元気がなかった。茜は佑奈とどうお近付きになったらいいのかわからなかった。佑奈はクラブの先輩というわけではなく、帰宅部の茜には全く接点がなかった。さりとてまるで楽譜の読めない茜が吹奏楽部に入るわけにもゆかない。
「あぁ、いったいどうしたらいいの?!」
茜は自宅のベッドの中でつぶやいた。恋愛情報満載のティーンズ雑誌を見ても彼氏の作り方は書いてあっても同性の先輩にお近付きになる方法なんて書いてない。
「なんですの。780円もしたのに全然役に立たない雑誌ですわ。佑奈お姉様とどうしたらお近付きになれるのかしら」
茜の目から一筋の涙がこぼれた。
*** 茜の日記 *************
どうしたら佑奈お姉様に振り向いてもらえるのだろう?
雑誌を見ても彼氏を作る方法やおまじないは載っていても
素敵な上級生に妹にしていただく方法はまったく載ってないわ。
何て役に立たない雑誌なのかしら。
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第3章 茜の偵察へ