日記帖

飛ぶ鳥のように、渡る風のように、流れる水のように、野に咲く花のように、煌めく星のように。

~標準化~

2025-02-28 19:28:29 | 作文する
個性は大事だと思いますけど、
誰がやってもある程度のレベルの結果が出るようにしないといけません。
Aさんはこのやり方でないと出来ない。
Bさんはこのやり方でないと出来ない。
Cさんはこのやり方でないと出来ない。

亜流というか、少々の違いはあるにしても、
標準化して、フローチャートを作り、更に便利グッズを作る。

どんな解法を使っても、やり方でも、出来るのが一番良いのですが。

ずっと、ずっと、この繰り返し。
自分がいつも正しいわけではなく、常に新しい方法を模索する。

なぜ、これが理解されないのだろうと思う。


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~文字数制限に引っかかりました~

2025-02-27 21:07:38 | 作文する
AIで翻訳したものが、まだ途中ですが、
アップしようとしましたら、文字数が9万字を超えており
ブログの文字数制限に引っかかりました。

このgooさんのブログでは3万文字までです。

AIについては、Grokさんを使いましたが
表記揺れが出ます。

もちろん、私よりもずっと優れた日本語訳です。
しかも、凄い調査力と考察力です。





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~来年度も~

2025-02-26 16:41:09 | 作文する
”来年度もこの職場でと言われました。”

「私の務めは、必要とされること、会社からも、皆さんからも。」

”あなたは、良くやってくださっています。”

私の務めは、仕事を教えること、カバーすること。
だけではなく、良い見本になることだけではなく、

真の務めは
幸せを願い
愛を知らしめることなのです。

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~やれやれ…~

2025-02-24 20:38:48 | 作文する
過去問の本を読んでいますが、本だと順序が変わらないので
ネットの過去問サイトも使っています。
いま、72%くらいです。予想より低くてがっかりです。
あんまりやり過ぎると脳が疲れすぎて単純な問題すら間違えるんです。

毎日毎日思うのですが、
人は自分が正しいとなぜ思い込むのか?
やれやれ…ため息しか出なくなってしまいます。

ネットでキーワード検索してみると、
えっ!それまずいんじゃないの?と思う事もありますが、
自分も聖人君子ではありませんし、
振り返ってみると、
正しいことより、間違ったことのほうが多く思い出されてしまいます。
開き直って、そのまま生きる人もいます。
でも私は最後まで迷い道クネクネ。

いい人は亡くなっていく。

聖書を開いたら、このページが出てきました。
正しい人は死ぬが、だれも、それにこころをくばらず、信心ある人が姿を消しても、だれも、それを知らない。そうだ、正しい人は、わざわいのまえにとり去られた。(イザヤ書57章1節)

なんか、いまは、無政府状態ですね。

いま、仏日翻訳をしています。
たぶん邦訳の本はないと思うので。
AI、翻訳サイトにかなり助けられています。

読みたい方もいらっしゃると思うので
完訳したら公開したいなと思っています。


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~閃くとき、そうでないとき~

2025-02-23 15:27:18 | 作文する
これは分からない。
他の人のクチを借りて、神が話しているのか?
或いは何の脈絡、関係がないのか?

偶然のなかに何かを感じることが出来るか?という問題です。

カード占いのインスピレーション…に近いものかもしれません。

この人と会ったのは、何かの導き…それとも見えざる手によるもの…
そうはっきり感じる時もあります。

ただ、なにも知らない私が、知り尽くしても、
そこには、本当の喜びはないのかもしれません。





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