ノーやん日記パート2

食いねえ食いねえ巻きずし食いねえ

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 曇り。きょうは節分。「お母さん、きょうは節分やで」「分かってる」。節分と言えば、昔は大豆の豆まきだったがいまはピーナッツ。それより、値のはる恵方巻きに変わった。追儺という行事は中国から伝わったものらしいが時代とともに進化している。妻は愚老の一言にプレッシャーを感じ、どこかコンビニかスーパーで恵方巻きを買うつもりらしい。

 節分に恵方巻きを食う風習は江戸時代に大阪で生まれたらしいが、どうも大阪の寿司屋さんが縁起担ぎにキャンペーンした功が奏し全国にひろまったたらしい。らしい、らしいとしか言いようがないが、それが庶民のたのしみとなり、ひいては消費支出の増加につながれば結構なこっちゃ。清水次郎長の一のこぶん森の石松が天満の八軒家船着場から京へ上る舟中、「食いねえ食いねえ、すし食いねえ。江戸っ子だってねえ」と語った廣澤虎造の浪曲を思い出す。

 午前、豊中の千里図書館に「七色いんこ」を返却。お笑い芸人で東工大非常勤講師のパトリック・ハーランさんの「世界と渡り合うためのひとり外交術」を借りる。米コロラド州出身、ハーバード大学比較宗教学部卒の変わりだね。外国人から見た日本の文化や教育の違いを鏡に映すようにダジャレもまじえ綴っている。昼は納豆パスタ。

 午後、所用。買い物の運び屋など。写真上=鬼が寿司を売る店、下=恵方巻きの寿司店の行列。ことしの恵方は南南東やや右。
         きょうばかり俄か江戸っ子恵方巻き 昇龍子

 

コメント一覧

ノーやん
https://55926699.at.webry.info/
{%笑いwebry%}船中には寿司屋はいないでしょう。船着場で買ったものではないでしょうか。八軒屋家とか枚方とかで。枚方ではくらわんか舟が出ていたといいます。
fm
「食いねえ食いねえ、すし食いねえ。江戸っ子だってねえ」

この頃の寿司はどんなだったでしょうか。船の上でさばいたのでしょうかね。
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