ノーやん日記パート2

北海道旅行その②歴史的建造物を観光に生かす小樽

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 北海道旅行2日目は晴れ。早朝札幌から小樽へ出てまちを散策した。小林多喜二が通った大学のあるまち。なんとなく来てみたかった。娘に無理やり計画に組み込んでもらった。写真は上から小樽駅横にある海鮮・三角市場。ここで朝食。妻と娘は、イクラとウニとカニ・ホタテの三色丼、わが輩は、カレイの干物と味噌汁をとったがこれがボリュウムたっぷりで朝から満腹した。写真中=北海道最古の鉄路手宮線跡地。下=小樽運河の旧倉庫群。


 小樽は海鳥が飛ぶ町だった。駅前から海方向へ20分ほど広い道路を下ると小樽運河に出た。まちには明治期に北海道に初めて開通した鉄路や銀行、倉庫、古民家などの建造物が残る。市はそれらをうまく観光に生かしている。まだ、朝の9時前というのに運河沿いの土地には、中国語らしき会話を交わす外国人の集団が群れをなしていた。外国へ来たのかと錯覚しそう。

 運河を東方向へ歩くと明治期の銀行群に出た。多喜二が入行した銀行の小樽支店もあった。「おい、地獄さ行ぐんだで!」。数年前ブームになった『蟹工船』の書き出し。多喜二はこの銀行で、資本主義のあくどさを体験したのかと思いを馳せる。

 ガラス細工やオルゴールなどの工芸品が並ぶ堺町へ出る。外国人客であふれている。暗い倉庫跡の喫茶店に入り多喜二を思う。おみやげにオルゴールを買う。
               玻璃風鈴多喜二のまちを賑やかに 昇龍子

               

コメント一覧

ノーやん
https://55926699.at.webry.info/
{%笑いwebry%}何も予備知識なしにぶらっと行きましたが商業・金融業が集まり、鉄工や製缶水産加工業なども栄えたまちのようですね。
fm
小樽といえば、多喜二巡礼の旅となりますね。

ただ風情でいえばハンザ同盟の都市をイメージしますが、ナホトカですか。拓銀も潰れて、残るのは小樽高商の展示室ですか。一度行きたかったですが、行かずじまいでした。

熱烈な多喜二ファンで、鳩山政権に未来の社会主義国家への一歩の夢を託していたオバサンもブログから消えました。右翼に狙われていると言う妄想にとりつかれていましたが、今どうしているのかな。
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