ミスターJの朝は早い。午前6時に目覚めた彼は、コーヒーを淹れるべくお湯を沸かす事から始めた。昨夜、具合が悪そうだったリーダーは、まだ寝かせたままだ。「強行軍と緊張の連続では、疲れが出ない方がおかしい。もう暫く寝かせて置くか・・・」静かに室内を動く。ボリュームを下げて“耳”のスイッチを入れると、爆音の如きイビキが聴こえた。「“食用蛙”2匹のイビキか。これは酷い」慌て気味に“耳”のスイッチを切ると、沸いたお湯でコーヒーを淹れた。カーテンを微かに開けると、朝日が眩しい。「今日の夕方までに確たる証拠を握り、連絡を入れねば間に合わん。“基地”の方はどうしたものか?・・・。機動部隊は、どれだけの成果を掴むか?いずれにせよ、慌ただしい1日になるじゃろう」窓辺でそう呟くと、ソファーへ座り携帯をマナーモードにセットし、今日1日の各隊の動きを頭の中でもう一度吟味して見る。その最中に携帯が震え出した。
背筋に冷たいもの感じつつ、F坊は電話をかけた。「もしもし、どうしたF?トラブルか?」ミスターJの声が静かに聞こえた。「はい、Kのパソコンを調べた所、拳銃の存在が判明しました。今、裏を取る為にDBの菜園を再捜索していますが、発見した場合の処置をどうされますか?」F坊は恐る恐るミスターJに問うた。「発見した場合は、写真と鑑定書と拳銃の所在を記した地図が必要になる。こちらに拳銃などは持ち込まれる筈が無い。Kとしても“取り扱い”に困ったはずだ。9分9厘DBの菜園から出るはずだ」ミスターJは静かに確信を持って答えた。F坊が「どうして、そう言い切れるのですか?」と言うと「Kの荷物や車から出なければ、必然的にどこかに隠す以外にない。お前さん達とリーダー達が、徹底的に洗っているんだ。あるとすればDBの菜園しかない!今回の計画は、ZZZを使っての薬殺狙いだろう?物的証拠が残る拳銃を使う選択は最初から無いに等しい。そもそも、KとDBが撃てると思うか?使うなら“ヒットマン”を雇うしかないが、今までそんな情報は入っておらん。結論など最初から見えておる!」ミスターJは静かに反論した。「ところで、DBの菜園へは誰を差し向けた?」「新米と遊撃隊のドライバーです」F坊が答えると「“スナイパー”が行ったのか?ヤツなら必ず見つけ出すだろう。普段はドライバーだが、本職は予備役の軍人だ。銃火器を扱わせたら、右に出る者はおらん。幾多の戦場で培われた勘は侮れん!不幸中の幸いじゃ、銃の鑑定は“スナイパー”に任せろ。真偽など寸時に見破るだろうて。弾の不発処理も含めて彼に一任して置け!」ミスターJは落ち着いて指示を出した。F坊は「分かりました。捜索結果を待って判断します」と言うと「それでいい。ともかく落ち着けF!拳銃は間違いなくそちらにある。始末は“スナイパー”がやってくれる。お前さん達はKのパソコンから、あらゆるデーターを調べ上げて“確証”を持ち帰れ。心配はいらん。では、頼んだぞ!」そう言うと電話は切れた。
電話を終えたミスターJは、深呼吸をすると「Kのヤツ、さぞかし困っただろう。青竜会からの“強烈なプレゼント”を始末するのに、頭が痛かったに違いない。DBの菜園に隠すのが精一杯だっただろう。だが、これでまた罪状が増えるな。銃刀法違反だ!」と言うとコーヒーを飲み干した。「おはようございます!ミスターJ。不覚にも眠ってしまい申し訳ありません」リーダーが姿勢を正して頭を下げた。「おはよう、リーダー。お前さん相当に疲れておったな。まずは、コーヒーを淹れてくれ。それから朝食のオーダーを頼む。今日は例のNPO法人に探りを入れねばならん。朝食後に機動部隊へ指示を出しなさい」ミスターJは静かに言った。「F達は何と言って来たのですか?」コーヒーを淹れながらリーダーが聞く。「拳銃の存在が判明した。青竜会の連中も無茶をやるものだ。“基地”の方で拳銃の捜索にかかっておる」「拳銃ですか・・・、Kの部屋からも車からも出ていませんよね」「ああ、恐らくDBの菜園から出てくるだろう。隠す場所は、あそこしか無い」ミスターJはテーブルを突きながら答えた。リーダーは、朝食をオーダーすると「拳銃の真偽と言うか、改造品かは“スナイパー”に確かめさせるのですね?あの者が行っているとなれば、鑑定も出来る」「そうだ。鑑定が終わったら、拳銃の処置は“スナイパー”が決める。最も、あんな“物騒なモノ”は我々では運べない。DBの菜園へ戻して、写真、鑑定書、所在を記した地図があればいい。“基地”のF達にもそう言ってある」携帯を指しながらミスターJは言った。「例のNPO法人への調査は?何処まで指示してある」「はい、現地の現状調査・周辺への聞き込み・登記関係の調査等、一通りを機動部隊に命じてあります。後は、調査開始を指示するだけです」リーダーは地図を広げて「相模原市の奥地にありますので、人家も少なく得られる情報がどの程度かは未知数です」「4ヶ月前に何があったか?現在、誰の手に渡っているか?その当りが分かればいい。このNPO法人に関しては、潰れてくれていた方がありがたい」地図を見ながらミスターJは言った。その時、オーダーした朝食が部屋へ届けられた。早速、2人は食事にかかった。「今日の夕方、後12時間以内に“基地”の方もNPO法人も目途を付けなくてはならない。そうしないと、県警を動かす時間が無くなる。リーダー、NPO法人と“2匹の食用蛙”の動きについては、我々で何とかしよう。問題は“基地”だな。主な確証は向こうにある。NとFと“スナイパー”がいつ横浜へ戻れるか?これが鍵になる」「問題は、如何に速く帰れるか?ですね」2人は時計を見つつ考えた。「遅くとも“基地”を午後0時には出発しなければ、厳しい事になりそうですね」「ああ、“基地”の方でも大車輪でやっておる。NとF達もそれは承知だろう。そうでなければ、拳銃の処置について聞いて来たりはせん。2人の事だ、何としても戻るだろう」時計の針は、何時しか午前8時を指そうとしていた。タイムリミットまで4時間。ミスターJは“間に合う”と踏んでいた。“基地”に居る精鋭部隊の実力を持ってすれば、不可能ではないと。
その頃、“基地”では、シリウスを中心としてN坊とF坊が、Kのパソコンの解析を再開していた。拳銃の処置は決まった。後は、新米と“スナイパー”が戻るまでは手が出せない。シリウスは「N坊、メールの分析を中断して、Excelファイルの検索をやってくれ!職場の名簿か連絡網のファイルを探し出して欲しい」と指示を出した。「了解、でも、それが何の役に立つんだ?」N坊は不思議そうに言った。「PWの手掛かりの1つさ。言っただろう?“人間は数字の羅列を覚えるのが苦手”だって、大手企業ならば、職員番号も桁数が多い。職務上嫌でも覚える数字の羅列としては、PWに向いているんだ。企業内でも職員番号をPWに流用している所は結構あるんだ」とシリウスが説明する。「職員番号の前か後ろにアルファベット1文字を足せば、意外と強力なPWになるのさ」「成る程、そう言う仕掛けもありか。職員番号なんて企業以外では“適当な乱数”だからな」F坊が納得しつつ言った。「社員本人は忘れない様に覚えるが、部外者には意味不明。確かにPWに向いてるな」N坊も頷いた。Excelファイルの検索をかけると、ずらりとファイルが浮かび上がった。その中に“人事評価”のファイルがあった。結構容量が大きい。N坊はクリックしてファイルを開けた。「あったぞ!Kの職員番号が分かった!9桁の数字だ。意味は分からないが、ホワイトボードに書き出すぞ」早速9桁の数字が書き出された。「個々人に割り当てられた番号だ。Kがアホでもこれだけは忘れない数字だろう。恐らく、前か後ろに“k”をくっ付ければ、PWに早変わりだ。N坊、Kのメールアドレスも書いといてくれ」シリウスが指示をする。「メルアドは、これだ」N坊が職員番号の上にKのメールアドレスを書き込んだ。「これで、IDとPWの手掛かりは得られた。これが通用しない場合は、俺の“解析DVD”でこじ開けよう。F坊、裏サイトの閲覧履歴が整理できた。アクセスしてログインして見てくれ」「了解、結構あるな。この内、どれかが青竜会の物産会社の裏サイトなんだな?」「まず、間違いない。Kのヤツ手当たり次第にアクセスしているが“匂う”のをまとめたヤツだ。薬物もしくは薬殺・毒殺に関連してそうなサイトを絞って見たから、必ずヒットするだろう」シリウスにはある種の確信があった。セキュリティ・サイバー対策を生業とする彼の勘だったが、経験に裏打ちされた“目”を欺く事は中々出来るものではない。N坊は「そろそろメールに戻っていいか?“匂う”ヤツから“プンプン匂う”ヤツまで、目星は付けてあるからブリントアウトに掛かりたいんだ」と言った。「そうしてくれ。印刷する際に途中で切れない様に、縮尺に注意してくれ。そうすれば、コピーしてまとめる時に楽になる。画像をダウンロード出来るヤツは、画像も含めてくれ」シリウスが注文を付けた。「了解、紙はあるか?かなりの枚数になるぞ」N坊が心配するとシリウスは「紙なら1万枚はストックしてある。トナーもインクも心配ない」と言った。N坊が印刷を始めた時、DBの菜園から2人が帰って来た。「あったぞ!農具の陰にこの菓子箱が紛れ込んでいた」“スナイパー”が銀色の菓子箱を持っている。「その中か?」シリウスが聞くと「おっと、素手は勘弁してくれ。指紋が残っちまう。触るなら手袋をしてからにしてくれ。Kの指紋がベッタリ残ってる証拠物件だ」“スナイパー”が手で制した。彼は手術用の手袋をはめている。「“スナイパー”、ミスターJからの指示だ。お前さんが拳銃の鑑定と始末をやってくれ!」F坊が画面から目を離さずに言った。「ミスターJ直々の指示が無くても、俺がやるつもりだった。他のヤツには任せられん。危険極まりない仕事だ!新米、使えるパソコンはあるか?」後ろでスコップを片付けていた車屋の新人は「あります。直ぐに用意します!」と言って慌てて奥へ消えていった。シリウスは手術用の手袋をはめて、箱を持たせてもらった。怪しげな重さがある。「本物の拳銃なのか?」と“スナイパー”に聞いた。「どうやら、本物の様だ。ともかく開けて中身を確認して見る。どの道、分解しなきゃならん。安全に始末するなら弾から火薬も抜かなきゃならない。その過程で写真も撮って、鑑定を進めるよ。こっちは俺に任せてくれ」“スナイパー”の目が鋭く光った。「時間はあまり無い。慎重にやってくれ」シリウスが念を押す。「1時間半くれれば、ケリを付けられる。後は、シリウス、お前さん達でDBの菜園へ戻してくれ」「分かった。元あった場所は、新米が知ってるんだな?」「そうだ。そっくりそのまま置いて来てくれ。横浜なんぞへ持ち込むのは危険すぎる。さあ、箱を返してくれ。俺は拳銃の始末にかかる」“スナイパー”は、奥のスペースへ歩いて行った。「新米!デジカメと三脚も出してくれ!俺はここで作業を始める!」「了解です」車屋の新人は、また奥へと走って行った。「シリウス、ちょっといいか?」F坊が呼んでいる。「どうした?」「コイツなんだが、青竜会の物産会社の裏ページに潜り込んだんだが、ZZZ以外の麻薬や薬剤も並んでやがる。タミフルやリレンザはインフルエンザの特効薬だと分かるが、その他の薬剤はサッパリ分からねぇ。コイツは何の薬だ?」「どれどれ・・・、あー、俺にもチンプンカンプンだよ。専門家に聞くしかないな。“ドクター”に聞いて見るか?」シリウスもお手上げだった。“ドクター”は鑑定書を作成していたが、直ぐにF坊モニターの前に来てくれた。「ほう・・・、これは“抗うつ薬”に“精神安定剤”、“鎮静剤”に“睡眠薬”だ。全て医師の処方箋が無ければ、一般人は買うことが出来ないモノばかりじゃないか。どこの薬剤会社のページだ?」「青竜会の物産会社の裏ページだよ“ドクター”。と言う事は、青竜会は処方箋薬の裏販売も手掛けてるって事になるな!」「どうやって手に入れたか分からんが、よくこれだけ集めたものじゃな。こうした薬剤の中毒患者は、加速度的に増えとる!青竜会にしても旨味のある商売なんじゃないか?ヒート単位での価格提示じゃから、儲けは結構な額になる!」“ドクター”は舌なめずりをして唸っている。「一体、どこから集めたんだ?」F坊が首を捻る。「恐らく、患者からだろう。ほれ!ここを見ろ!“高価買取実施中、宅配便着払いにて受付中”と書いてある」“ドクター”は画面をスクロールさせると、下の方に出ている表示を指さした。F坊は不思議そうに「患者の薬を買い取る?!どう言う事だ?」と“ドクター”に詰め寄った。「精神科に通う患者の手元には、大方の場合“使わなくなった薬”があるからじゃ。インフルエンザと違って、精神科には“これさえ飲めば大丈夫”と言う薬はまだ無い。人間の脳については、まだ解明されていない部分が多いし、何故脳の神経細胞同士のつながりが悪くなるのか?完全には分かっておらん。だから、精神科に通う患者達は、平均して10種類くらいの薬剤を組み合わせて治療・服薬をしている。前にも言ったが、精神科で使われる薬剤は、膨大な量があるし毎年新薬も出ている。しかも、患者個人の体質や症状の変化に寄って、薬の入れ替わりが結構ある。例えば、a+b+cと言う組み合わせで良かったモノが、a+d+eに替えなくては困る事もある。50mmgだった薬剤量を25mmgに減らす事もザラにあることじゃ。そうするとb・cと言う薬剤が余る事になる。mmg数の違う薬剤も出る。通常は、処方が替われば薬は廃棄するのが原則じゃが、後生大事に取ってある患者も少なくない。“何かの時に使えるかも知れない”と言う心理が働くのじゃ。そこ付け込んだのが、青竜会の“高価買取実施中”だ。精神科の通院費+薬剤費は意外に高い。3割負担にしても、1回の通院で1500円から2500円はかかる。そこに薬代が加わるから、経済的負担は結構な重さになる。当然、会社は休職か退職になるはずじゃから、実入りは減るが出ていくモノは減らない処か逆に増える。そう言う構図からすると、青竜会の“高価買取実施中”は魅力的に映ってしまう。全国規模で搔き集めれば、量はそれなりに確保できるし、買い手はそこら中に居る。だから、商売として成り立つと言う事じゃ」“ドクター”は静かに答えた。「敵ながら、上手い所に目を付けたってことか!」F坊はため息交じりに呟いた。「捨てる者あれば、拾うものあり。蛇の道は蛇じゃ。ターゲットを絞れば、いくらでも闇商売は成り立つ。潜在的なニーズもあるなら尚更よ」“ドクター”は肩を竦めて言った。「そろそろいいかな?こっちも鑑定書が佳境を迎えておる」“ドクター”は分析室へ戻っていった。F坊は「おい、N坊!KがZZZ以外のクスリを購入した事はあるか分かるか?」と誰何した。「今の所、その痕跡は無い!ZZZだけだ」N坊はプリンターと格闘しながら答えた。そこへシリウスの指示が飛ぶ「N坊、印刷が済んだら、片っ端からスキャンをかけてPDFに変換してくれ!メールには“フラグ”は付けてあるか?」「ああ、済んでるよ。変換したデーターは、そっちに送ればいいんだな?」N坊は紙の束を揃えながら聞く。「そうしてくれ!F坊、裏サイトの閲覧履歴の確認は済んでるか?」「終わってる。シリウスが目星を付けた先は、“当り”だったよ。見てるだけでも犯罪者になりそうだ。毒殺・薬物中毒に追い込む方法のオンパレードだ。最終的に青竜会の物産会社の裏ページにたどり着いたのは間違いなさそうだ」F坊は顔をしかめながら言葉を吐き出した。「じゃあ、閲覧履歴も特定できたし、メールのデーターももう直ぐ仕上がる。そろそろまとめの作業に入るか!」シリウスはデーターの取りまとめの為の処理を開始した。「ディスクへ落とすのか?」F坊が聞く。「CD-Rじゃ容量が足りない。DVD-Rへ落っことす事になりそうだ。“ドクター”と“スナイパー”の鑑定書も全部PDFに変換してから、1枚にまとめるつもりだ。勿論、書面でも作成はするが、それはミスターJ用だ」シリウスは手早くキーボードを叩きながら答えた。「了解、俺はちょっと“スナイパー”のところへ行ってくる」F坊は“基地”奥のテーブルへ移動した。拳銃は“スナイパー”の手によってバラバラに分解されていた。丁度、火薬の始末が終わった様だった。「どうだ?本物かい?」とF坊が聞くと「ああ、間違いなく本物の“コルト・ローマンMkⅢ”だよ」と“スナイパー”は言った。「銃弾の火薬は始末したし、後は銃を組み立てればOKだ。見た目、使い込んでる様に見えるが、ご丁寧にも“オーバーホール”をしてありやがる。なりは小さいが、マグナム弾を発射する代物だ。車のガソリンタンクをぶち抜けば、爆発は免れねぇ!おっかないモノをよくも送り付けたもんだ。青竜会とすれば、何かしらの“証拠物件”なのかも知れんが、素人が使ったら間違いなく怪我だけじゃ済まないよ。後、30分ぐらいで鑑定書も仕上がる。新米、銃弾の始末が終わった。これも撮影して置いてくれ!」車屋の新人は、デジカメを構えて四方から撮影を開始した。「さてと、画像を取り込んで貼り付ければ、俺の鑑定書は完成だ。抜いた火薬は、フィルムケースに小分けにしてからシリコン樹脂で封印する。後は、今夜、DBの菜園の元あった場所へ戻せばいい」F坊は頷きながら「これがあると知った時は腰を抜かすところだったが、何とか安全に始末出来て一安心だ。もう、こんな化け物は御免だ!」とため息交じりに言った。「いずれにしても、扱いを知らないヤツの手で使われたら、それこそ死人の山が出来ちまう。きっちり県警に押収して貰わないといかんな」“スナイパー”も一息つきつつ言う。「それとだな、F坊よく聞いてくれ。帰り道は“カメさん走行”になるかも知れん。俺の記憶が正しければ、昨日から“フレンチブルー・ミーティング”が近くの高原地帯で開かれてるはずだ。それが、終わるのが今日の昼前なんだが、高速でヤツらとまともにかち合ったとすると、非常に厄介な事になりそうなんだ」「フランス車の行進かい?」「いや、行進じゃなくて“暴走行為”だ。毎年、高速機動隊に捕まるヤツが出るくらいだから、網の中をすり抜けて行かなきゃ帰れない可能性がある!」“スナイパー”が憂鬱そうに言う。「そこらじゅうに、警察がゴロゴロしてるって事かい?」「ああ、調べ直しては見るが、来た時の様な全速走行は無理だ。隙を縫って走り抜けるしかない。時間は貴重だが、確証を届けるには“我慢”をしなきゃならんかも知れない」F坊の表情が曇った。だが、何としても帰らなくてはならない。「分かった。鑑定書も含めて帰り道の件も任せる。最善の道を探してくれ」「ああ、何が何でも横浜へたどり着かなきゃならん。う回路も含めて検討しよう」“スナイパー”はパソコンで鑑定書の仕上げにかかった。シリウスも“ドクター”もN坊も作業は佳境に入っている。“確証”は手に入り、後はまとめるだけだ。「時間が無い。どうして1日は24時間しか無いんだ?!」F坊の表情は冴えない。タイムリミットから逆算すると、午後0時には出発しないと“致命傷”になりかねない。それも、多少の余裕を見込んでの計算だ。「地球の自転を止める方法はねぇのか?」F坊は無性に時間が欲しかった。だが、容赦なく時は流れていく。「やるしかねぇ」そう呟いたF坊は作業に戻った。“基地”は異様な熱気に包まれ、各自を突き動かしていた。
背筋に冷たいもの感じつつ、F坊は電話をかけた。「もしもし、どうしたF?トラブルか?」ミスターJの声が静かに聞こえた。「はい、Kのパソコンを調べた所、拳銃の存在が判明しました。今、裏を取る為にDBの菜園を再捜索していますが、発見した場合の処置をどうされますか?」F坊は恐る恐るミスターJに問うた。「発見した場合は、写真と鑑定書と拳銃の所在を記した地図が必要になる。こちらに拳銃などは持ち込まれる筈が無い。Kとしても“取り扱い”に困ったはずだ。9分9厘DBの菜園から出るはずだ」ミスターJは静かに確信を持って答えた。F坊が「どうして、そう言い切れるのですか?」と言うと「Kの荷物や車から出なければ、必然的にどこかに隠す以外にない。お前さん達とリーダー達が、徹底的に洗っているんだ。あるとすればDBの菜園しかない!今回の計画は、ZZZを使っての薬殺狙いだろう?物的証拠が残る拳銃を使う選択は最初から無いに等しい。そもそも、KとDBが撃てると思うか?使うなら“ヒットマン”を雇うしかないが、今までそんな情報は入っておらん。結論など最初から見えておる!」ミスターJは静かに反論した。「ところで、DBの菜園へは誰を差し向けた?」「新米と遊撃隊のドライバーです」F坊が答えると「“スナイパー”が行ったのか?ヤツなら必ず見つけ出すだろう。普段はドライバーだが、本職は予備役の軍人だ。銃火器を扱わせたら、右に出る者はおらん。幾多の戦場で培われた勘は侮れん!不幸中の幸いじゃ、銃の鑑定は“スナイパー”に任せろ。真偽など寸時に見破るだろうて。弾の不発処理も含めて彼に一任して置け!」ミスターJは落ち着いて指示を出した。F坊は「分かりました。捜索結果を待って判断します」と言うと「それでいい。ともかく落ち着けF!拳銃は間違いなくそちらにある。始末は“スナイパー”がやってくれる。お前さん達はKのパソコンから、あらゆるデーターを調べ上げて“確証”を持ち帰れ。心配はいらん。では、頼んだぞ!」そう言うと電話は切れた。
電話を終えたミスターJは、深呼吸をすると「Kのヤツ、さぞかし困っただろう。青竜会からの“強烈なプレゼント”を始末するのに、頭が痛かったに違いない。DBの菜園に隠すのが精一杯だっただろう。だが、これでまた罪状が増えるな。銃刀法違反だ!」と言うとコーヒーを飲み干した。「おはようございます!ミスターJ。不覚にも眠ってしまい申し訳ありません」リーダーが姿勢を正して頭を下げた。「おはよう、リーダー。お前さん相当に疲れておったな。まずは、コーヒーを淹れてくれ。それから朝食のオーダーを頼む。今日は例のNPO法人に探りを入れねばならん。朝食後に機動部隊へ指示を出しなさい」ミスターJは静かに言った。「F達は何と言って来たのですか?」コーヒーを淹れながらリーダーが聞く。「拳銃の存在が判明した。青竜会の連中も無茶をやるものだ。“基地”の方で拳銃の捜索にかかっておる」「拳銃ですか・・・、Kの部屋からも車からも出ていませんよね」「ああ、恐らくDBの菜園から出てくるだろう。隠す場所は、あそこしか無い」ミスターJはテーブルを突きながら答えた。リーダーは、朝食をオーダーすると「拳銃の真偽と言うか、改造品かは“スナイパー”に確かめさせるのですね?あの者が行っているとなれば、鑑定も出来る」「そうだ。鑑定が終わったら、拳銃の処置は“スナイパー”が決める。最も、あんな“物騒なモノ”は我々では運べない。DBの菜園へ戻して、写真、鑑定書、所在を記した地図があればいい。“基地”のF達にもそう言ってある」携帯を指しながらミスターJは言った。「例のNPO法人への調査は?何処まで指示してある」「はい、現地の現状調査・周辺への聞き込み・登記関係の調査等、一通りを機動部隊に命じてあります。後は、調査開始を指示するだけです」リーダーは地図を広げて「相模原市の奥地にありますので、人家も少なく得られる情報がどの程度かは未知数です」「4ヶ月前に何があったか?現在、誰の手に渡っているか?その当りが分かればいい。このNPO法人に関しては、潰れてくれていた方がありがたい」地図を見ながらミスターJは言った。その時、オーダーした朝食が部屋へ届けられた。早速、2人は食事にかかった。「今日の夕方、後12時間以内に“基地”の方もNPO法人も目途を付けなくてはならない。そうしないと、県警を動かす時間が無くなる。リーダー、NPO法人と“2匹の食用蛙”の動きについては、我々で何とかしよう。問題は“基地”だな。主な確証は向こうにある。NとFと“スナイパー”がいつ横浜へ戻れるか?これが鍵になる」「問題は、如何に速く帰れるか?ですね」2人は時計を見つつ考えた。「遅くとも“基地”を午後0時には出発しなければ、厳しい事になりそうですね」「ああ、“基地”の方でも大車輪でやっておる。NとF達もそれは承知だろう。そうでなければ、拳銃の処置について聞いて来たりはせん。2人の事だ、何としても戻るだろう」時計の針は、何時しか午前8時を指そうとしていた。タイムリミットまで4時間。ミスターJは“間に合う”と踏んでいた。“基地”に居る精鋭部隊の実力を持ってすれば、不可能ではないと。
その頃、“基地”では、シリウスを中心としてN坊とF坊が、Kのパソコンの解析を再開していた。拳銃の処置は決まった。後は、新米と“スナイパー”が戻るまでは手が出せない。シリウスは「N坊、メールの分析を中断して、Excelファイルの検索をやってくれ!職場の名簿か連絡網のファイルを探し出して欲しい」と指示を出した。「了解、でも、それが何の役に立つんだ?」N坊は不思議そうに言った。「PWの手掛かりの1つさ。言っただろう?“人間は数字の羅列を覚えるのが苦手”だって、大手企業ならば、職員番号も桁数が多い。職務上嫌でも覚える数字の羅列としては、PWに向いているんだ。企業内でも職員番号をPWに流用している所は結構あるんだ」とシリウスが説明する。「職員番号の前か後ろにアルファベット1文字を足せば、意外と強力なPWになるのさ」「成る程、そう言う仕掛けもありか。職員番号なんて企業以外では“適当な乱数”だからな」F坊が納得しつつ言った。「社員本人は忘れない様に覚えるが、部外者には意味不明。確かにPWに向いてるな」N坊も頷いた。Excelファイルの検索をかけると、ずらりとファイルが浮かび上がった。その中に“人事評価”のファイルがあった。結構容量が大きい。N坊はクリックしてファイルを開けた。「あったぞ!Kの職員番号が分かった!9桁の数字だ。意味は分からないが、ホワイトボードに書き出すぞ」早速9桁の数字が書き出された。「個々人に割り当てられた番号だ。Kがアホでもこれだけは忘れない数字だろう。恐らく、前か後ろに“k”をくっ付ければ、PWに早変わりだ。N坊、Kのメールアドレスも書いといてくれ」シリウスが指示をする。「メルアドは、これだ」N坊が職員番号の上にKのメールアドレスを書き込んだ。「これで、IDとPWの手掛かりは得られた。これが通用しない場合は、俺の“解析DVD”でこじ開けよう。F坊、裏サイトの閲覧履歴が整理できた。アクセスしてログインして見てくれ」「了解、結構あるな。この内、どれかが青竜会の物産会社の裏サイトなんだな?」「まず、間違いない。Kのヤツ手当たり次第にアクセスしているが“匂う”のをまとめたヤツだ。薬物もしくは薬殺・毒殺に関連してそうなサイトを絞って見たから、必ずヒットするだろう」シリウスにはある種の確信があった。セキュリティ・サイバー対策を生業とする彼の勘だったが、経験に裏打ちされた“目”を欺く事は中々出来るものではない。N坊は「そろそろメールに戻っていいか?“匂う”ヤツから“プンプン匂う”ヤツまで、目星は付けてあるからブリントアウトに掛かりたいんだ」と言った。「そうしてくれ。印刷する際に途中で切れない様に、縮尺に注意してくれ。そうすれば、コピーしてまとめる時に楽になる。画像をダウンロード出来るヤツは、画像も含めてくれ」シリウスが注文を付けた。「了解、紙はあるか?かなりの枚数になるぞ」N坊が心配するとシリウスは「紙なら1万枚はストックしてある。トナーもインクも心配ない」と言った。N坊が印刷を始めた時、DBの菜園から2人が帰って来た。「あったぞ!農具の陰にこの菓子箱が紛れ込んでいた」“スナイパー”が銀色の菓子箱を持っている。「その中か?」シリウスが聞くと「おっと、素手は勘弁してくれ。指紋が残っちまう。触るなら手袋をしてからにしてくれ。Kの指紋がベッタリ残ってる証拠物件だ」“スナイパー”が手で制した。彼は手術用の手袋をはめている。「“スナイパー”、ミスターJからの指示だ。お前さんが拳銃の鑑定と始末をやってくれ!」F坊が画面から目を離さずに言った。「ミスターJ直々の指示が無くても、俺がやるつもりだった。他のヤツには任せられん。危険極まりない仕事だ!新米、使えるパソコンはあるか?」後ろでスコップを片付けていた車屋の新人は「あります。直ぐに用意します!」と言って慌てて奥へ消えていった。シリウスは手術用の手袋をはめて、箱を持たせてもらった。怪しげな重さがある。「本物の拳銃なのか?」と“スナイパー”に聞いた。「どうやら、本物の様だ。ともかく開けて中身を確認して見る。どの道、分解しなきゃならん。安全に始末するなら弾から火薬も抜かなきゃならない。その過程で写真も撮って、鑑定を進めるよ。こっちは俺に任せてくれ」“スナイパー”の目が鋭く光った。「時間はあまり無い。慎重にやってくれ」シリウスが念を押す。「1時間半くれれば、ケリを付けられる。後は、シリウス、お前さん達でDBの菜園へ戻してくれ」「分かった。元あった場所は、新米が知ってるんだな?」「そうだ。そっくりそのまま置いて来てくれ。横浜なんぞへ持ち込むのは危険すぎる。さあ、箱を返してくれ。俺は拳銃の始末にかかる」“スナイパー”は、奥のスペースへ歩いて行った。「新米!デジカメと三脚も出してくれ!俺はここで作業を始める!」「了解です」車屋の新人は、また奥へと走って行った。「シリウス、ちょっといいか?」F坊が呼んでいる。「どうした?」「コイツなんだが、青竜会の物産会社の裏ページに潜り込んだんだが、ZZZ以外の麻薬や薬剤も並んでやがる。タミフルやリレンザはインフルエンザの特効薬だと分かるが、その他の薬剤はサッパリ分からねぇ。コイツは何の薬だ?」「どれどれ・・・、あー、俺にもチンプンカンプンだよ。専門家に聞くしかないな。“ドクター”に聞いて見るか?」シリウスもお手上げだった。“ドクター”は鑑定書を作成していたが、直ぐにF坊モニターの前に来てくれた。「ほう・・・、これは“抗うつ薬”に“精神安定剤”、“鎮静剤”に“睡眠薬”だ。全て医師の処方箋が無ければ、一般人は買うことが出来ないモノばかりじゃないか。どこの薬剤会社のページだ?」「青竜会の物産会社の裏ページだよ“ドクター”。と言う事は、青竜会は処方箋薬の裏販売も手掛けてるって事になるな!」「どうやって手に入れたか分からんが、よくこれだけ集めたものじゃな。こうした薬剤の中毒患者は、加速度的に増えとる!青竜会にしても旨味のある商売なんじゃないか?ヒート単位での価格提示じゃから、儲けは結構な額になる!」“ドクター”は舌なめずりをして唸っている。「一体、どこから集めたんだ?」F坊が首を捻る。「恐らく、患者からだろう。ほれ!ここを見ろ!“高価買取実施中、宅配便着払いにて受付中”と書いてある」“ドクター”は画面をスクロールさせると、下の方に出ている表示を指さした。F坊は不思議そうに「患者の薬を買い取る?!どう言う事だ?」と“ドクター”に詰め寄った。「精神科に通う患者の手元には、大方の場合“使わなくなった薬”があるからじゃ。インフルエンザと違って、精神科には“これさえ飲めば大丈夫”と言う薬はまだ無い。人間の脳については、まだ解明されていない部分が多いし、何故脳の神経細胞同士のつながりが悪くなるのか?完全には分かっておらん。だから、精神科に通う患者達は、平均して10種類くらいの薬剤を組み合わせて治療・服薬をしている。前にも言ったが、精神科で使われる薬剤は、膨大な量があるし毎年新薬も出ている。しかも、患者個人の体質や症状の変化に寄って、薬の入れ替わりが結構ある。例えば、a+b+cと言う組み合わせで良かったモノが、a+d+eに替えなくては困る事もある。50mmgだった薬剤量を25mmgに減らす事もザラにあることじゃ。そうするとb・cと言う薬剤が余る事になる。mmg数の違う薬剤も出る。通常は、処方が替われば薬は廃棄するのが原則じゃが、後生大事に取ってある患者も少なくない。“何かの時に使えるかも知れない”と言う心理が働くのじゃ。そこ付け込んだのが、青竜会の“高価買取実施中”だ。精神科の通院費+薬剤費は意外に高い。3割負担にしても、1回の通院で1500円から2500円はかかる。そこに薬代が加わるから、経済的負担は結構な重さになる。当然、会社は休職か退職になるはずじゃから、実入りは減るが出ていくモノは減らない処か逆に増える。そう言う構図からすると、青竜会の“高価買取実施中”は魅力的に映ってしまう。全国規模で搔き集めれば、量はそれなりに確保できるし、買い手はそこら中に居る。だから、商売として成り立つと言う事じゃ」“ドクター”は静かに答えた。「敵ながら、上手い所に目を付けたってことか!」F坊はため息交じりに呟いた。「捨てる者あれば、拾うものあり。蛇の道は蛇じゃ。ターゲットを絞れば、いくらでも闇商売は成り立つ。潜在的なニーズもあるなら尚更よ」“ドクター”は肩を竦めて言った。「そろそろいいかな?こっちも鑑定書が佳境を迎えておる」“ドクター”は分析室へ戻っていった。F坊は「おい、N坊!KがZZZ以外のクスリを購入した事はあるか分かるか?」と誰何した。「今の所、その痕跡は無い!ZZZだけだ」N坊はプリンターと格闘しながら答えた。そこへシリウスの指示が飛ぶ「N坊、印刷が済んだら、片っ端からスキャンをかけてPDFに変換してくれ!メールには“フラグ”は付けてあるか?」「ああ、済んでるよ。変換したデーターは、そっちに送ればいいんだな?」N坊は紙の束を揃えながら聞く。「そうしてくれ!F坊、裏サイトの閲覧履歴の確認は済んでるか?」「終わってる。シリウスが目星を付けた先は、“当り”だったよ。見てるだけでも犯罪者になりそうだ。毒殺・薬物中毒に追い込む方法のオンパレードだ。最終的に青竜会の物産会社の裏ページにたどり着いたのは間違いなさそうだ」F坊は顔をしかめながら言葉を吐き出した。「じゃあ、閲覧履歴も特定できたし、メールのデーターももう直ぐ仕上がる。そろそろまとめの作業に入るか!」シリウスはデーターの取りまとめの為の処理を開始した。「ディスクへ落とすのか?」F坊が聞く。「CD-Rじゃ容量が足りない。DVD-Rへ落っことす事になりそうだ。“ドクター”と“スナイパー”の鑑定書も全部PDFに変換してから、1枚にまとめるつもりだ。勿論、書面でも作成はするが、それはミスターJ用だ」シリウスは手早くキーボードを叩きながら答えた。「了解、俺はちょっと“スナイパー”のところへ行ってくる」F坊は“基地”奥のテーブルへ移動した。拳銃は“スナイパー”の手によってバラバラに分解されていた。丁度、火薬の始末が終わった様だった。「どうだ?本物かい?」とF坊が聞くと「ああ、間違いなく本物の“コルト・ローマンMkⅢ”だよ」と“スナイパー”は言った。「銃弾の火薬は始末したし、後は銃を組み立てればOKだ。見た目、使い込んでる様に見えるが、ご丁寧にも“オーバーホール”をしてありやがる。なりは小さいが、マグナム弾を発射する代物だ。車のガソリンタンクをぶち抜けば、爆発は免れねぇ!おっかないモノをよくも送り付けたもんだ。青竜会とすれば、何かしらの“証拠物件”なのかも知れんが、素人が使ったら間違いなく怪我だけじゃ済まないよ。後、30分ぐらいで鑑定書も仕上がる。新米、銃弾の始末が終わった。これも撮影して置いてくれ!」車屋の新人は、デジカメを構えて四方から撮影を開始した。「さてと、画像を取り込んで貼り付ければ、俺の鑑定書は完成だ。抜いた火薬は、フィルムケースに小分けにしてからシリコン樹脂で封印する。後は、今夜、DBの菜園の元あった場所へ戻せばいい」F坊は頷きながら「これがあると知った時は腰を抜かすところだったが、何とか安全に始末出来て一安心だ。もう、こんな化け物は御免だ!」とため息交じりに言った。「いずれにしても、扱いを知らないヤツの手で使われたら、それこそ死人の山が出来ちまう。きっちり県警に押収して貰わないといかんな」“スナイパー”も一息つきつつ言う。「それとだな、F坊よく聞いてくれ。帰り道は“カメさん走行”になるかも知れん。俺の記憶が正しければ、昨日から“フレンチブルー・ミーティング”が近くの高原地帯で開かれてるはずだ。それが、終わるのが今日の昼前なんだが、高速でヤツらとまともにかち合ったとすると、非常に厄介な事になりそうなんだ」「フランス車の行進かい?」「いや、行進じゃなくて“暴走行為”だ。毎年、高速機動隊に捕まるヤツが出るくらいだから、網の中をすり抜けて行かなきゃ帰れない可能性がある!」“スナイパー”が憂鬱そうに言う。「そこらじゅうに、警察がゴロゴロしてるって事かい?」「ああ、調べ直しては見るが、来た時の様な全速走行は無理だ。隙を縫って走り抜けるしかない。時間は貴重だが、確証を届けるには“我慢”をしなきゃならんかも知れない」F坊の表情が曇った。だが、何としても帰らなくてはならない。「分かった。鑑定書も含めて帰り道の件も任せる。最善の道を探してくれ」「ああ、何が何でも横浜へたどり着かなきゃならん。う回路も含めて検討しよう」“スナイパー”はパソコンで鑑定書の仕上げにかかった。シリウスも“ドクター”もN坊も作業は佳境に入っている。“確証”は手に入り、後はまとめるだけだ。「時間が無い。どうして1日は24時間しか無いんだ?!」F坊の表情は冴えない。タイムリミットから逆算すると、午後0時には出発しないと“致命傷”になりかねない。それも、多少の余裕を見込んでの計算だ。「地球の自転を止める方法はねぇのか?」F坊は無性に時間が欲しかった。だが、容赦なく時は流れていく。「やるしかねぇ」そう呟いたF坊は作業に戻った。“基地”は異様な熱気に包まれ、各自を突き動かしていた。