SKとの死闘を語った後、留守番をしていた私に、Oちゃんは次々と質問を繰り出して来た。「〇ッシーは何時からネックレスを付けてるの?」「うーん、何時からだろう?高校生の頃かな?」「何か以外。きっかけはなに?」「進藤さん達に遊ばれてからだったかな?同級生の女の子達に無理矢理くっ付けられて、“犬の首輪”って言われてね。見返すつもりで長いチェーンを探して付けたのが始まりだった様な気がする」「進藤さんとは、付き合ってたの?」「うーん、付き合った記憶は無いね。玩具代わりに遊ばれてた記憶はあるけど」「進藤さんって美人だった?」Oちゃんは思い切って突っ込んで来た。顔が赤らんでいる。「丸くて可愛かったよな。背は高くなかったけど。あだ名が“ズン”だったし」「気にはなってたでしょう?」「否定はしないよ。“ズン”の周りの女の子達とは、結構馬鹿やってたし。自然と周りに居た様な記憶がある」「〇ッシーの“女の子選考基準”から外れてはいなかったの?」「微妙だなー、“ズン”はギリギリセーフだったかな?いや、例外かも知れない」「ペンダントヘッドの選び方も“ズン”の影響はある?」「あると思う。どちらか言うと女性が選ぶ様なペンダントヘッドを選択するのは、彼女の影響が大きいと思う」「“ズン”の事好きだったの?」「どうだろう?好き云々ではなく、仲間の一員と言う認識。男女ではなくて“同志”だろうな。今のみんなみたいな関係に近いと思う。卒業してからは、一度も会ってないし、別れる時のセリフが“絶対死なないと思うけど、いつかまた会おう”だったからね。男と認識されてはいなかったろうな」「“ズン”は、〇ッシーに別の返事を期待してたのかもね。あたしなら、絶対に離さないけど・・・」Oちゃんは遠い目をして言った。珍しく感情をストレートに出している。「ネックレス返すね。でも、邪魔に感じないの?」「そう言う感覚は無いね。付けてるのが普通になってるからかな?ブレスレットも付け慣れれば、違和感を感じないと思う」「〇ッシーらしいね。ブレスレットしてても似合いそう!」彼女はようやく笑った。固かった表情も解れた。もう、ショックから立ち直った様だ。「お待たせー!」マイちゃん達が帰還して来た。「2人で何を話してたの?」「ネックレスの話!〇ッシーがネックレスをするきっかけを取り調べてた!」Oちゃんが自慢げに話すと「おお、これはゴッドネックレス!ありがたや、ありがたや!」メンバーの子達が、ネックレスを私の手から取り上げると、やおら拝み始める。「ちょっと待て!勝手に拝むな!ご利益は無いぞ!」「何を仰る。SKを倒したご神力があるではござらぬか!」手から手にネックレスは巡り、みんなが拝みだす。「興味深いことだわ!〇ッシーがネックレスしてたなんて!」Aさんも拝みつつ「苦しく感じないの?」と突っ込んで来る。「どうやら、今日のお題は“アクセサリー全般”になりそうね!」マイちゃんが話を決定付けた。
「ねえ、“手荷物検査”の時にどうやってすり抜けたの?」マイちゃんが根本的な事を問いただす。普通、病棟に初めて入院する際は、必ず“手荷物検査”が入る。危険なネックレスやブレスレットは、初めは必ず没収されて一定期間ナースステーションへ預けられる。しばらくして、病状が“安定若しくは変化が無い”と認められれば、装着を許される仕組みなのだ。「シャツの襟で隠れるからね。見落としたんだよ。後から、看護師さんに“あら、珍しい”って驚かれたよ」「あたしも、最初は意外に感じたわ。でも、今は当たり前の事だって認識だけど、みんなはどう思う?」「男性にしては、珍しいと思う。ペンダントも男性らしくないから、余計にオドロキだわ!旦那だったら10秒持たないだろうな!」Aさんが率直な感想を述べる。「〇ッシー、ブレスはしないの?」Eちゃんが聞いてくる。「気に入ったモノがあれば付けるだろうな。ただ、左手首に付けるには苦労するかもね。右手には時計を付けるし。干渉するのはイヤだから」「〇ッシーなら、ブレスしてても違和感ないと思うけど、他の男子が付けてたら“なんじゃコイツ?”になるだろうな」Eちゃんが続ける。「そこなのよ!〇ッシーの不思議なとこ!あたしのネックレスやブレスレットを付けても、何の違和感も無いと思うの。だから、女の子の中心にいても平然としていられるんじゃない?」マイちゃんが決定的な発言をすると「そうそう、ある意味〇ッシーだから、不思議じゃないとこあるもの」「そうだねー」「ピアスしてないのが不思議なくらい!似合うと思うけど、何故開けてないの?」と肯定的な意見が飛び交う。「でも、最初に〇ッシーにネックレスを付けた“ズン”さんだっけ?同級生の。本当にお遊びのつもりだったのかな?」Aさんが言う。「“同志”に恋愛感情は関係ないよ!」私は強く否定した。「それはどうかしら?〇ッシーにその気は無くても、彼女にはあったのかも知れないわよ!その当りの空気の読み方は、意外に鈍感だから〇ッシーって!」「じゃあ、〇ッシーが気付いていたら?」Oちゃんがハッとして声を上げる。「あたし達の〇ッシーは、居なかったかも知れないわね。あくまでも仮定の話よ」AさんはOちゃんに優しく言う。「そんなのあってたまるもんですか!あたし達の〇ッシーは誰にも渡さない!離したりしちゃダメ!」いきなり大声で制止された。声の主はI子ちゃんだった。「I子!午後になるって聞いたけど、どうやって来たの?」Eちゃんが慌てて席を立って迎えた。「母親の軽を分捕って、飛ばして来たの!〇ッシー・・・」I子ちゃんはヘナヘナと床に崩れ落ちた。「よしよし、心配かけて済まなかった。無理してぶっ飛んで来てくれてありがとう。さあ!」力の抜けたI子ちゃんを優しく抱きしめた。彼女は大声で泣いて必死にしがみ付いてくれた。「〇ッシー、本当に大丈夫?傷とか負って無いの?」彼女は、私の手や腕を確かめる様に触れる。涙を拭いてやりながら「大丈夫、無傷だよ。どこにも行かないから安心して!」とゆっくり話しかける。「I子、安心しな。〇ッシーは、SKと戦って勝ったんだよ!」Eちゃんが背中を撫でて夢の話を語りだした。I子ちゃんは、Eちゃんの話を聞いてようやく落ち着いた。涙を拭うと頬に触れて「ごめん。でも、不安でどうしようもなかったの。〇ッシー、もう1回ハグして!」彼女は思いっ切り抱き着いて来た。背中を撫でてやると、何度も頷いてくれた。若葉マークを付けた軽で彼女は、矢も楯もたまらずに突っ走って来たのだろう。そんな彼女の気持ちがとてもうれしく、愛おしかった。この子達を残して私は、退院出来るのだろうか?どうやら、しばらくは無理の様だ。I子ちゃんをハグしながらそう思った。
お昼の時間、私達はテーブルを連結して宴会の席を作った。必死に駆けつけてくれたI子ちゃんも加わってもらい、昼食を共にした。彼女の食事は、みんなが出し合ってくれた。私も飲み物を差し出した。「何か、悪いよ。本当にいいの?」I子ちゃんは恐縮しきりだったが、みんなが強引に押し切った。改めてSKの夢の話がテーブルに乗る。「鉄の柱に、〇ッシーがズタボロの状態で鎖で縛られてる姿は、今でも思い出すと身の毛がよだつ恐ろしい光景だった。あれが本当に夢で良かった!」「夢か!半分は現実だったかも知れないな。違う次元で実際に戦ったのかも知れないよ」私がポツリと言うと「それは、信じたくないな。〇ッシーだけが、傷だらけになるなんて見たくない!あたしも共に戦いたかった。せめて一撃だけでもSKにお見舞いしてやりたかったな!」I子ちゃんは勇ましい発言をした。だが、あの場面では一矢を報いる事は叶わなかっただろう。「ねえ、○ッシー、SKのヤツだけどさぁ、Uターンして来ると思う?」I子ちゃんがストレートに聞いて来る。「普通はあり得ないけど、ゼロではないだろうな。可能性はあると思うよ」「どうして、そう思うの?」マイちゃんが驚いて聞き返す。「理由は、主に2つある。まず、常識の無さだよ。SKの家庭全体が一般常識を知らないのが、あの家の特徴だろう?迷惑を省みない見舞いとか、押し掛けとか、¨個室へ移せ¨とかのごり押し。親からして、好き勝手なんだから、舞い戻りを画策して来るのは、火を見るより明らかだ!恐らく来月当たりから、夕方のクリソツ姉さんの訪問が始まるだろう。もう1つは、SK本人のワガママだ。保育園児並みのレベルだから、イヤイヤが始まれば手の付けようが無いはず。転院先でサジを投げられたら、それまでだろう。否応なしに¨泣き落とし¨に走って来るのは、ここしか無い!」「うーん、そう言われると反論しようが無いわね」Aさんが唸る。「それが分かってるなら、どうするの?」I子ちゃんが尋ねる。「最低限1ヶ月の猶予期間はあるから、予防線を張る事は出来るし、前兆を捉える事も出来る。予知出来るならば、手はいくらでもあるよ。仮にUターンして来たとしても、女の子達を抑えて置けば被害は小さくて済むだろう。SKの性格を考えれば、男性をターゲットにするに決まってる。だが、病棟の男女比率は9対1で圧倒的に女性が優勢だ。数の論理からしても、負ける事はまずあり得ない。正面切って相手にしなければ、じり貧になるしかない。今回の判断で¨貧乏クジ¨を引いたのはSKさ!形勢はこちらに傾いてる。逆転はかなり難しいだろうな。I子ちゃん、心配はいらないよ!」「そうか、転院させられた以上、¨こちらでの治療はもう無理です¨って最後通牒だものね。Uターンは容易では無いか!」「そう言う事になるね。再転院になるとしても、よっぽどの¨理由¨が無ければ、ここへは受け入れはしないだろうよ。基本的には¨安全宣言¨をしてもいいくらいだ!」「断言しちゃっていいの?」Aさんが懸念を示す。「思い出して見て。SKが転院して行ったのは、みんながまだ寝ていた早朝だよ!普通は、入院係の窓口が開くまで待つはずだが、人目をはばかるかの様に出て行ったのは、余程の理由があったと見てもいいんじゃない?無論、前日に手続きを済ませてあった可能性や、緊急性があった可能性は否定しないけど」「そうね。コソコソと出て行った事に“意味があり”か!見られたくない理由があったとするなら、相当悪い状況だったのかもね」Aさんが今度は納得する。「ともかく、放り出された以上は余程の事が起きない限り、戻って来るのは不可能だろう。SKの災禍は消滅したと思っていいだろう」私が宣言をすると、みんなの表情は見る見る明るくなっていった。I子ちゃんも「そうだね」といって安堵した。その後の食事会は、いつもの様に和やかに過ぎて行った。
「ふーん、これが○ッシーのネックレスか!ありがたや、ありがたや」I子ちゃんも何故か拝みだす。「ご利益は無いよ!」呆れて止めに入ると「○ッシーだから似合うけど、他の男子だったら神経を疑うよ!髑髏とか別のモチーフなら話は分かるけど」I子ちゃんは、自身の首に私のネックレスを巻きつける。「チェーンが長いけど、あたしが付けてもおかしくないね。不思議だな○ッシーは。でも、そこが○ッシーらしさなんだけどさ!」I子ちゃんはネックレスを返しながら言う。「そうだね。ピアスの穴開けて見ない?」マイちゃんが乗って来る。「痛いのは勘弁して!」と懇願して回避にかかる。「でもさぁ、最初に○ッシーにネックレスをした“ズンさん”との関係が進展してたら、今ここに○ッシーは居なかったかもね」マイちゃんが再び言う。「うん、その可能性は否定できない!遠い昔に曖昧に済ませてくれたお陰で、○ッシーと出会えたと思うよ」I子ちゃんも今度は落ち着いて返す。「当時の鈍感が、今の私達に恩恵をもたらしたんだから、感謝しなきゃ!」Eちゃんも同意する。「大勢の女性が、○ッシーを捕まえ損ねてくれたからかー、不思議な縁だよね」Oちゃんまでもが思いを馳せる。「“ズン”達と馬鹿やってた頃から何年経ったんだろう?今頃は、いいとこの奥さんに納まって子供にも恵まれてるだろうが、僕がここで“不思議な地位”に居るとは、夢にも思ってはいまい!」私もしばし思いを馳せる。「○ッシーとマイちゃんの2横綱がデンと座ってるのが、ここの正常な在りようだからね。どっちかが欠けたらもう“私達の場所”じゃないな!そんな光景は考えたくないよ」I子ちゃんが言う。「先に退院した私にとって、2人の存在は支えでもあるの。いずれはみんな退院するだろうけれど、どこかで繋がっていたい気持ちは消えないよ!マイちゃん、○ッシーとメルアド交換してもいい?」「えっ、知らなかったの?」意外そうにマイちゃんが聞く。「あたし、SKを焚きつけた後に携帯変えてるから、○ッシーと繋がってないの。お願い!」「拒否する理由が無いよ。○ッシー、教えてあげて」「拒むつもりもないから、I子ちゃんなら歓迎するよ!」私達はメルアドと番号を交換した。「これで、心配の種が消えたわ。○ッシー、返事くれるよね?」「必ず返すよ。何かあれば直ぐに知らせる」私は、I子ちゃんと約束をした。「じゃあ、そろそろあたし帰るね。車ジャックして来たからさ、母親がオロオロしてるかも知れないし」I子ちゃんは席を立った。「くれぐれも安全運転でお願いしますよ!」私も席を立つと彼女をそっと抱きしめた。「ヒマを見てまた来るね。○ッシーにハグしてもらいに。マイちゃん、○ッシー、元気でね!」彼女は安心したのか、満面の笑顔を振りまいて帰っていった。Eちゃんが病棟の入り口ドアまで着いて行った。「やれやれ、I子ったら無茶をしおってからに・・・」Eちゃんがぼやく。「彼女、メチャクチャ心配したのね。○ッシーも罪な男だこと!」Aさんが釘を打つ。更に「“ズンさん”は、絶対に○ッシーを意識してたと思う。彼女も○ッシーに積極的な言葉を期待してたんじゃない?」と続けざまに打ち込んでくる。「今となっては、確かめる術も無いけど否定はしないよ。けど、彼女と進展があったら、今は有り得たかどうか分からない。不思議な縁、巡り合わせだけど僕はこの時間を大切にしたいと思うな」「本当にそう。○ッシーが居てくれるから、色んな事が出来るし、愉しい事もある。I子ちゃんが言ってた通りかもね」マイちゃんもかみ締める様に言う。「少しでも多くの事をみんなと共有したいな」Oちゃんも同意見のご様子だ。「○ッシー、あたしのブレスもう1回付けて見て!」マイちゃんがブレスレットを左手首に回す。「やっぱり、違和感ないね。それあげようか?」マイちゃんは笑顔だが「ずるい!」Oちゃんはむくれた。まずい兆候だよ!これって!僕はマイちゃんに眼で訴える。「でもね、そのブレス私の教え子からのプレゼントだから、あげられないんだ!この間は、みんなの思いを込めて貸し出したけど、今日は試着で勘弁して!」Oちゃんの表情が緩む。私は、マイちゃんに、頼むから挑発的な事はしないで!と眼で訴える。彼女も察したのかOちゃんの表情を伺う。「Oちゃん、○ッシーにブレス着けてあげて!猫の鈴じゃないけど、自分の印着けていいよ!」マイちゃんが切り出すと「うーん、どれにしようかな?さり気なく可愛いのがいいかな?」と言って前向きに考え出す。そうそう、その線でまとめるんだ!とマイちゃんに眼でサインを送る。「今度、一時帰宅した時に見つけて来るね!あたしの鈴必ず着けてね!」Oちゃんが言うので「仰せの通りに」と私は答えた。うーん、バランスを取るのに苦労するなー。この微妙なバランスを維持しなくては、平和はあり得ないのか?!黙して心の中で呟く。マイちゃんが私の首に手を回してネックレスを取り、Oちゃんの首にかける。「ふむ、さすが○ッシーのネック。誰にかけても違和感なしだね!」「ちょっと重いね。チェーンが太いからかな?」Oちゃんが言う。「チェーンを何度切ったか数えきれないね。今のチェーンになってからは、そんな心配からは解放されたけど」「そうね。男性用のロングは中々無いし、華奢なヤツって意外に切れるしね」マイちゃんがフォローをしてくれる。「○ッシー、雑貨店の人に怪しまれた経験は無いの?」Aさんが笑って突っ込んで来る。「微妙な空気に支配されるのは、毎度の事だからもう慣れたよ」と返すと「何となく分かる。ワコールの売り場に立ってるのとイコールだものね!」と下着売り場へと連行する。「バツが悪いよ。ブラとかをジロジロ見てる訳にはいかんだろう?」「でも、“選んで”って言われればどうよ?」「逃げる!」「マイちゃんとOちゃんに拘束されたらどうするの?」「うー、その時は逃げられない・・・、だよね?」交互に2人を見ると「絶対連れて行く!」「選ばせてあげる!」と勝ち誇った顔で撃沈に追い込まれた。「さて、○ッシーを撃沈した所ではありますが、買い出し第2段に行きますが、ご注文は?」Aさんが聞いてくれた。私はメモを取りに病室へ戻り、財布と共にAさんに託した。Oちゃんも同じくAさんに託した。「あたしももう1回出るわ。○ッシー、Oちゃんとお留守番宜しく!」マイちゃんも出かける支度をして来た。「悪いけど頼むよ」Eちゃんも含めた3人は連れ立って出かけて行った。彼女達の背中を見送ると「○ッシー、マイちゃんとはどんな事して来たの?あたしがここに座るまでにどんな事があったの?」とOちゃんが聞いて来た。「そうだね、脱走が主かな?歩いてホームセンターで自転車買って、2人乗りで帰って来てめちゃくちゃ怒られたり、最上階のレストランでビール飲んで帰ってきたり、東の川辺で話して半日過ごしたりとか、怒られる事は一通りやり尽くしたよ!」「凄いね。その度に外出禁止になるんでしょう?それでも2人で行く訳?」「掟破りが常だったからね。お互い長い入院生活だし、飽きると何かしらを考えてしでかすのが僕らのやり方だったね。今は、さすがに他の人に迷惑がかかるからやらないけど」「今度の脱走計画は、あたしも連れてってくれるの?」「ああ、算段は付けてある。Aさんの一時帰宅に合わせて決行するよ!」「ワクワクするな!スリリングな空気を味わいたいから!」Oちゃんが眼を輝かせる。「けど、一瞬のミスも致命傷になるよ!怒られる覚悟は出来てる?」「勿論、3人で一緒なら平気!」「僕がぶっ倒れた影響で、看護師さん達のシフトが修正されてるから、多少の計算をし直す必要はあるけど、基本的にはAさんが帰ると同時に計画スタートの予定。後は天気だけだな。雨が降ったら延期にしなくちゃ!」「○ッシー、ちょっといい?」Oちゃんは立ち上がるとランドリーの陰に私を引きずって行った。ふっと手が回され抱き着かれる。「少しだけこのままで居て!」Oちゃんの背を優しく撫でた。「I子ちゃんが羨ましかったの!」Oちゃんが少し震えながら言う。彼女も不安と常に戦っている。自分もそうだが、彼女達の闇は底知れぬほど深いはずだ。何かに縋り付きたい気持ちは痛い程伝わって来る。「大丈夫だよ。少なくとも僕の退院は伸びた。置いていかないよ」彼女は何度も頷いてくれた。
夕食後、私と主治医の先生との面談が急遽セッティングされた。謎の意識喪失について、突っ込んだ話も出たが、説明しても分かる筈が無いので「分からない」で押し通した。面談は1時間を要して終了したが、代償も付いて来た。「どうだった?」マイちゃん達は、心配して集合していた。「肝心な部分は“知らぬ存ぜぬ”で押し切ったよ。説明しても分かる訳が無い。ただ、代償はデカイけどね」「何がくっ付いて来たの?」「八束君に加えてU先生が付く事になった。昼にU先生が診察に来るらしい。SKが転院したから、彼女の手が空いたのが大きいな!外出は最小限の範囲で許可されたけど、当面家には帰れない。これは、こっちの都合に見合うが、監視の目が増えるのは厄介だよ!」「そうなると、○ッシーが動きにくくなるね。確かに厄介だわ!」マイちゃんが唇を噛む。「だが、逆手に取ればマイちゃん達の動きは察知されにくくなるぜ。僕が囮になれば、隙だらけに持ち込める。物は考えようだ。手を変えれば充分なチャンスが転がり込んだ事にはなる!」私は自信を持ってみんなを見渡した。「囮の役は結構難しいが、僕がピエロを演じれば間違いなく隙は生まれる。そこをマイちゃん達が突いて、外へ出る!」「○ッシーが囮とは、看護師さんも思わないか!過去の実績からしても、まず浮かばない。そういう事?」マイちゃんが一転して眼を輝かせる。「その通り、役割を検討し直せば、むしろ危険度は下がると踏んでるんだが、どう?やれるかな?」「やる!こんなチャンス滅多にないから、逃す訳には行かないわ!○ッシー、再検討にどのくらいかかるの?」マイちゃん達は前のめりに聞いて来た。「明日中に結論を出すよ。U先生の動向も見極めて置く必要があるからね。大枠は変えずに役割と時間だけを動かす。短時間に効率よくやらなきゃ意味が無い!」「OK、そっちは○ッシーに任せるよ!残るは人選だね。あたしも考えてみるよ!」マイちゃんを筆頭にメンバーも頷く。「多少の変更はあるけど、今回の脱走計画もみんなの協力が不可欠だ!それぞれに割り振られた役をきちんと演じ切って欲しい。決行予定は今度の金曜日!いいかい?」「分かった!」合唱が返って来た。「では、今日は解散とするよ。僕はデーターを入れ換えて計算をし直して置く。人選は明日、マイちゃんと決める。では、おやすみ!」メンバーの子達は頷くと三々五々病室へ引き上げて行った。「○ッシー、ちょっといいかな?」マイちゃんがランドリーの陰に私を引っ張り込む。「さっきね、Oちゃんが謝りに来たのよ。“○ッシーにハグしてもらった”って。“勝手に○ッシーを独占してごめんなさい”って言うから、あたしは“不安に襲われたならいいよ”って答えて置いたの。でね・・・、」「本当は、心中穏やかではないかな?」「そう、焼きもち半分、口惜しさ半分。あたしも、甘えてもいいのかな?」マイちゃんが不安げに言う。「僕らに遠慮は無しだろう?不安なら・・・」といいかけると、マイちゃんは飛び込んで来た。背中に腕を強く巻き付けて泣き出した。ずっと我慢していた感情があらわになった瞬間だった。声を抑えて泣きながら「○ッシー、傍に居てよ。置いてかないでよ。あたしの傍からいなくならないで!」と鳴き声で訴える。背中と頭を撫でながら「ああ、行かない。いつも見てる。いつも傍に居る。沢山思い出を作ろう。元気に退院したら、温泉へ行くんだろう?」と言った。彼女は何度も頷いた。涙を拭いてやりながら「マイちゃんだって我慢するなよ!悪いクセだな。恐い事は恥ずかしくは無いよ。それを抑えてしまう事がよくないんだよ。安心して、どこへも行かないから!」彼女は黙って頷くともう1度飛び込んで来た。震えている彼女を受け止めるのが精一杯だったが、彼女は泣く事で気持ちを開放していた。きっと彼女はずっと気持ちを抑えて、気丈に振る舞っていたのだろう。そんな彼女の気遣いが温かくもあり、ありがたいと思った瞬間だった。小さな彼女を受け止めながら、私の目からも一筋の涙が落ちた。“戦士よ、我らは共にある。愛しき者達を守り抜くがいい”不思議な声が聞こえてペンダントがキラリと光った。「戦士か・・・、」柄じゃないが、その役割からは手を引くまいと思った。
翌朝、洗面台の前で顔を洗っていると「おはよう、○ッシー!」とマイちゃんが元気に声をかけて来た。笑みがこぼれている。彼女は元気一杯だった。「おはよう、爽快なお目覚めの様ですな!」「うん!不安は小さくなったから。○ッシー、これからも宜しくね!」彼女が握手を求めて来た。優しく手を握り帰すと「我慢するなよ!不安になったら、ちゃんと言ってくれよ!」と返すと「そうだね、昨夜みたいになる前に○ッシーにちゃんと言う。だから、傍に居てよ。置いてかないでよ。あたしの傍からいなくならないで!」と真剣な眼で訴える。「幸いにして、当分の間は、外泊も禁止だ!2人で居る時間はタップリある!特に週末はな!」「そうだね。○ッシー独占もありだものね!」僕らは笑った。そしてランドリーの陰に移動して「但し、Oちゃんには要注意だ。彼女“ライバル”宣言は、ただ事じゃない!」と僕が言うと「心配しないで。影すらも踏ませないから!」とマイちゃんはさらり言った。女神は意に介する風が無い様だ。けれどこれからも否応無く“女の子の戦い”には巻き込まれる運命にある事には、変わりがあるはずも無かった。それでも“戦士”を降りる気は無かった。絶対にSKとの戦いは「再戦」があるはずだ。しかも、そう遠くない未来で。
「ねえ、“手荷物検査”の時にどうやってすり抜けたの?」マイちゃんが根本的な事を問いただす。普通、病棟に初めて入院する際は、必ず“手荷物検査”が入る。危険なネックレスやブレスレットは、初めは必ず没収されて一定期間ナースステーションへ預けられる。しばらくして、病状が“安定若しくは変化が無い”と認められれば、装着を許される仕組みなのだ。「シャツの襟で隠れるからね。見落としたんだよ。後から、看護師さんに“あら、珍しい”って驚かれたよ」「あたしも、最初は意外に感じたわ。でも、今は当たり前の事だって認識だけど、みんなはどう思う?」「男性にしては、珍しいと思う。ペンダントも男性らしくないから、余計にオドロキだわ!旦那だったら10秒持たないだろうな!」Aさんが率直な感想を述べる。「〇ッシー、ブレスはしないの?」Eちゃんが聞いてくる。「気に入ったモノがあれば付けるだろうな。ただ、左手首に付けるには苦労するかもね。右手には時計を付けるし。干渉するのはイヤだから」「〇ッシーなら、ブレスしてても違和感ないと思うけど、他の男子が付けてたら“なんじゃコイツ?”になるだろうな」Eちゃんが続ける。「そこなのよ!〇ッシーの不思議なとこ!あたしのネックレスやブレスレットを付けても、何の違和感も無いと思うの。だから、女の子の中心にいても平然としていられるんじゃない?」マイちゃんが決定的な発言をすると「そうそう、ある意味〇ッシーだから、不思議じゃないとこあるもの」「そうだねー」「ピアスしてないのが不思議なくらい!似合うと思うけど、何故開けてないの?」と肯定的な意見が飛び交う。「でも、最初に〇ッシーにネックレスを付けた“ズン”さんだっけ?同級生の。本当にお遊びのつもりだったのかな?」Aさんが言う。「“同志”に恋愛感情は関係ないよ!」私は強く否定した。「それはどうかしら?〇ッシーにその気は無くても、彼女にはあったのかも知れないわよ!その当りの空気の読み方は、意外に鈍感だから〇ッシーって!」「じゃあ、〇ッシーが気付いていたら?」Oちゃんがハッとして声を上げる。「あたし達の〇ッシーは、居なかったかも知れないわね。あくまでも仮定の話よ」AさんはOちゃんに優しく言う。「そんなのあってたまるもんですか!あたし達の〇ッシーは誰にも渡さない!離したりしちゃダメ!」いきなり大声で制止された。声の主はI子ちゃんだった。「I子!午後になるって聞いたけど、どうやって来たの?」Eちゃんが慌てて席を立って迎えた。「母親の軽を分捕って、飛ばして来たの!〇ッシー・・・」I子ちゃんはヘナヘナと床に崩れ落ちた。「よしよし、心配かけて済まなかった。無理してぶっ飛んで来てくれてありがとう。さあ!」力の抜けたI子ちゃんを優しく抱きしめた。彼女は大声で泣いて必死にしがみ付いてくれた。「〇ッシー、本当に大丈夫?傷とか負って無いの?」彼女は、私の手や腕を確かめる様に触れる。涙を拭いてやりながら「大丈夫、無傷だよ。どこにも行かないから安心して!」とゆっくり話しかける。「I子、安心しな。〇ッシーは、SKと戦って勝ったんだよ!」Eちゃんが背中を撫でて夢の話を語りだした。I子ちゃんは、Eちゃんの話を聞いてようやく落ち着いた。涙を拭うと頬に触れて「ごめん。でも、不安でどうしようもなかったの。〇ッシー、もう1回ハグして!」彼女は思いっ切り抱き着いて来た。背中を撫でてやると、何度も頷いてくれた。若葉マークを付けた軽で彼女は、矢も楯もたまらずに突っ走って来たのだろう。そんな彼女の気持ちがとてもうれしく、愛おしかった。この子達を残して私は、退院出来るのだろうか?どうやら、しばらくは無理の様だ。I子ちゃんをハグしながらそう思った。
お昼の時間、私達はテーブルを連結して宴会の席を作った。必死に駆けつけてくれたI子ちゃんも加わってもらい、昼食を共にした。彼女の食事は、みんなが出し合ってくれた。私も飲み物を差し出した。「何か、悪いよ。本当にいいの?」I子ちゃんは恐縮しきりだったが、みんなが強引に押し切った。改めてSKの夢の話がテーブルに乗る。「鉄の柱に、〇ッシーがズタボロの状態で鎖で縛られてる姿は、今でも思い出すと身の毛がよだつ恐ろしい光景だった。あれが本当に夢で良かった!」「夢か!半分は現実だったかも知れないな。違う次元で実際に戦ったのかも知れないよ」私がポツリと言うと「それは、信じたくないな。〇ッシーだけが、傷だらけになるなんて見たくない!あたしも共に戦いたかった。せめて一撃だけでもSKにお見舞いしてやりたかったな!」I子ちゃんは勇ましい発言をした。だが、あの場面では一矢を報いる事は叶わなかっただろう。「ねえ、○ッシー、SKのヤツだけどさぁ、Uターンして来ると思う?」I子ちゃんがストレートに聞いて来る。「普通はあり得ないけど、ゼロではないだろうな。可能性はあると思うよ」「どうして、そう思うの?」マイちゃんが驚いて聞き返す。「理由は、主に2つある。まず、常識の無さだよ。SKの家庭全体が一般常識を知らないのが、あの家の特徴だろう?迷惑を省みない見舞いとか、押し掛けとか、¨個室へ移せ¨とかのごり押し。親からして、好き勝手なんだから、舞い戻りを画策して来るのは、火を見るより明らかだ!恐らく来月当たりから、夕方のクリソツ姉さんの訪問が始まるだろう。もう1つは、SK本人のワガママだ。保育園児並みのレベルだから、イヤイヤが始まれば手の付けようが無いはず。転院先でサジを投げられたら、それまでだろう。否応なしに¨泣き落とし¨に走って来るのは、ここしか無い!」「うーん、そう言われると反論しようが無いわね」Aさんが唸る。「それが分かってるなら、どうするの?」I子ちゃんが尋ねる。「最低限1ヶ月の猶予期間はあるから、予防線を張る事は出来るし、前兆を捉える事も出来る。予知出来るならば、手はいくらでもあるよ。仮にUターンして来たとしても、女の子達を抑えて置けば被害は小さくて済むだろう。SKの性格を考えれば、男性をターゲットにするに決まってる。だが、病棟の男女比率は9対1で圧倒的に女性が優勢だ。数の論理からしても、負ける事はまずあり得ない。正面切って相手にしなければ、じり貧になるしかない。今回の判断で¨貧乏クジ¨を引いたのはSKさ!形勢はこちらに傾いてる。逆転はかなり難しいだろうな。I子ちゃん、心配はいらないよ!」「そうか、転院させられた以上、¨こちらでの治療はもう無理です¨って最後通牒だものね。Uターンは容易では無いか!」「そう言う事になるね。再転院になるとしても、よっぽどの¨理由¨が無ければ、ここへは受け入れはしないだろうよ。基本的には¨安全宣言¨をしてもいいくらいだ!」「断言しちゃっていいの?」Aさんが懸念を示す。「思い出して見て。SKが転院して行ったのは、みんながまだ寝ていた早朝だよ!普通は、入院係の窓口が開くまで待つはずだが、人目をはばかるかの様に出て行ったのは、余程の理由があったと見てもいいんじゃない?無論、前日に手続きを済ませてあった可能性や、緊急性があった可能性は否定しないけど」「そうね。コソコソと出て行った事に“意味があり”か!見られたくない理由があったとするなら、相当悪い状況だったのかもね」Aさんが今度は納得する。「ともかく、放り出された以上は余程の事が起きない限り、戻って来るのは不可能だろう。SKの災禍は消滅したと思っていいだろう」私が宣言をすると、みんなの表情は見る見る明るくなっていった。I子ちゃんも「そうだね」といって安堵した。その後の食事会は、いつもの様に和やかに過ぎて行った。
「ふーん、これが○ッシーのネックレスか!ありがたや、ありがたや」I子ちゃんも何故か拝みだす。「ご利益は無いよ!」呆れて止めに入ると「○ッシーだから似合うけど、他の男子だったら神経を疑うよ!髑髏とか別のモチーフなら話は分かるけど」I子ちゃんは、自身の首に私のネックレスを巻きつける。「チェーンが長いけど、あたしが付けてもおかしくないね。不思議だな○ッシーは。でも、そこが○ッシーらしさなんだけどさ!」I子ちゃんはネックレスを返しながら言う。「そうだね。ピアスの穴開けて見ない?」マイちゃんが乗って来る。「痛いのは勘弁して!」と懇願して回避にかかる。「でもさぁ、最初に○ッシーにネックレスをした“ズンさん”との関係が進展してたら、今ここに○ッシーは居なかったかもね」マイちゃんが再び言う。「うん、その可能性は否定できない!遠い昔に曖昧に済ませてくれたお陰で、○ッシーと出会えたと思うよ」I子ちゃんも今度は落ち着いて返す。「当時の鈍感が、今の私達に恩恵をもたらしたんだから、感謝しなきゃ!」Eちゃんも同意する。「大勢の女性が、○ッシーを捕まえ損ねてくれたからかー、不思議な縁だよね」Oちゃんまでもが思いを馳せる。「“ズン”達と馬鹿やってた頃から何年経ったんだろう?今頃は、いいとこの奥さんに納まって子供にも恵まれてるだろうが、僕がここで“不思議な地位”に居るとは、夢にも思ってはいまい!」私もしばし思いを馳せる。「○ッシーとマイちゃんの2横綱がデンと座ってるのが、ここの正常な在りようだからね。どっちかが欠けたらもう“私達の場所”じゃないな!そんな光景は考えたくないよ」I子ちゃんが言う。「先に退院した私にとって、2人の存在は支えでもあるの。いずれはみんな退院するだろうけれど、どこかで繋がっていたい気持ちは消えないよ!マイちゃん、○ッシーとメルアド交換してもいい?」「えっ、知らなかったの?」意外そうにマイちゃんが聞く。「あたし、SKを焚きつけた後に携帯変えてるから、○ッシーと繋がってないの。お願い!」「拒否する理由が無いよ。○ッシー、教えてあげて」「拒むつもりもないから、I子ちゃんなら歓迎するよ!」私達はメルアドと番号を交換した。「これで、心配の種が消えたわ。○ッシー、返事くれるよね?」「必ず返すよ。何かあれば直ぐに知らせる」私は、I子ちゃんと約束をした。「じゃあ、そろそろあたし帰るね。車ジャックして来たからさ、母親がオロオロしてるかも知れないし」I子ちゃんは席を立った。「くれぐれも安全運転でお願いしますよ!」私も席を立つと彼女をそっと抱きしめた。「ヒマを見てまた来るね。○ッシーにハグしてもらいに。マイちゃん、○ッシー、元気でね!」彼女は安心したのか、満面の笑顔を振りまいて帰っていった。Eちゃんが病棟の入り口ドアまで着いて行った。「やれやれ、I子ったら無茶をしおってからに・・・」Eちゃんがぼやく。「彼女、メチャクチャ心配したのね。○ッシーも罪な男だこと!」Aさんが釘を打つ。更に「“ズンさん”は、絶対に○ッシーを意識してたと思う。彼女も○ッシーに積極的な言葉を期待してたんじゃない?」と続けざまに打ち込んでくる。「今となっては、確かめる術も無いけど否定はしないよ。けど、彼女と進展があったら、今は有り得たかどうか分からない。不思議な縁、巡り合わせだけど僕はこの時間を大切にしたいと思うな」「本当にそう。○ッシーが居てくれるから、色んな事が出来るし、愉しい事もある。I子ちゃんが言ってた通りかもね」マイちゃんもかみ締める様に言う。「少しでも多くの事をみんなと共有したいな」Oちゃんも同意見のご様子だ。「○ッシー、あたしのブレスもう1回付けて見て!」マイちゃんがブレスレットを左手首に回す。「やっぱり、違和感ないね。それあげようか?」マイちゃんは笑顔だが「ずるい!」Oちゃんはむくれた。まずい兆候だよ!これって!僕はマイちゃんに眼で訴える。「でもね、そのブレス私の教え子からのプレゼントだから、あげられないんだ!この間は、みんなの思いを込めて貸し出したけど、今日は試着で勘弁して!」Oちゃんの表情が緩む。私は、マイちゃんに、頼むから挑発的な事はしないで!と眼で訴える。彼女も察したのかOちゃんの表情を伺う。「Oちゃん、○ッシーにブレス着けてあげて!猫の鈴じゃないけど、自分の印着けていいよ!」マイちゃんが切り出すと「うーん、どれにしようかな?さり気なく可愛いのがいいかな?」と言って前向きに考え出す。そうそう、その線でまとめるんだ!とマイちゃんに眼でサインを送る。「今度、一時帰宅した時に見つけて来るね!あたしの鈴必ず着けてね!」Oちゃんが言うので「仰せの通りに」と私は答えた。うーん、バランスを取るのに苦労するなー。この微妙なバランスを維持しなくては、平和はあり得ないのか?!黙して心の中で呟く。マイちゃんが私の首に手を回してネックレスを取り、Oちゃんの首にかける。「ふむ、さすが○ッシーのネック。誰にかけても違和感なしだね!」「ちょっと重いね。チェーンが太いからかな?」Oちゃんが言う。「チェーンを何度切ったか数えきれないね。今のチェーンになってからは、そんな心配からは解放されたけど」「そうね。男性用のロングは中々無いし、華奢なヤツって意外に切れるしね」マイちゃんがフォローをしてくれる。「○ッシー、雑貨店の人に怪しまれた経験は無いの?」Aさんが笑って突っ込んで来る。「微妙な空気に支配されるのは、毎度の事だからもう慣れたよ」と返すと「何となく分かる。ワコールの売り場に立ってるのとイコールだものね!」と下着売り場へと連行する。「バツが悪いよ。ブラとかをジロジロ見てる訳にはいかんだろう?」「でも、“選んで”って言われればどうよ?」「逃げる!」「マイちゃんとOちゃんに拘束されたらどうするの?」「うー、その時は逃げられない・・・、だよね?」交互に2人を見ると「絶対連れて行く!」「選ばせてあげる!」と勝ち誇った顔で撃沈に追い込まれた。「さて、○ッシーを撃沈した所ではありますが、買い出し第2段に行きますが、ご注文は?」Aさんが聞いてくれた。私はメモを取りに病室へ戻り、財布と共にAさんに託した。Oちゃんも同じくAさんに託した。「あたしももう1回出るわ。○ッシー、Oちゃんとお留守番宜しく!」マイちゃんも出かける支度をして来た。「悪いけど頼むよ」Eちゃんも含めた3人は連れ立って出かけて行った。彼女達の背中を見送ると「○ッシー、マイちゃんとはどんな事して来たの?あたしがここに座るまでにどんな事があったの?」とOちゃんが聞いて来た。「そうだね、脱走が主かな?歩いてホームセンターで自転車買って、2人乗りで帰って来てめちゃくちゃ怒られたり、最上階のレストランでビール飲んで帰ってきたり、東の川辺で話して半日過ごしたりとか、怒られる事は一通りやり尽くしたよ!」「凄いね。その度に外出禁止になるんでしょう?それでも2人で行く訳?」「掟破りが常だったからね。お互い長い入院生活だし、飽きると何かしらを考えてしでかすのが僕らのやり方だったね。今は、さすがに他の人に迷惑がかかるからやらないけど」「今度の脱走計画は、あたしも連れてってくれるの?」「ああ、算段は付けてある。Aさんの一時帰宅に合わせて決行するよ!」「ワクワクするな!スリリングな空気を味わいたいから!」Oちゃんが眼を輝かせる。「けど、一瞬のミスも致命傷になるよ!怒られる覚悟は出来てる?」「勿論、3人で一緒なら平気!」「僕がぶっ倒れた影響で、看護師さん達のシフトが修正されてるから、多少の計算をし直す必要はあるけど、基本的にはAさんが帰ると同時に計画スタートの予定。後は天気だけだな。雨が降ったら延期にしなくちゃ!」「○ッシー、ちょっといい?」Oちゃんは立ち上がるとランドリーの陰に私を引きずって行った。ふっと手が回され抱き着かれる。「少しだけこのままで居て!」Oちゃんの背を優しく撫でた。「I子ちゃんが羨ましかったの!」Oちゃんが少し震えながら言う。彼女も不安と常に戦っている。自分もそうだが、彼女達の闇は底知れぬほど深いはずだ。何かに縋り付きたい気持ちは痛い程伝わって来る。「大丈夫だよ。少なくとも僕の退院は伸びた。置いていかないよ」彼女は何度も頷いてくれた。
夕食後、私と主治医の先生との面談が急遽セッティングされた。謎の意識喪失について、突っ込んだ話も出たが、説明しても分かる筈が無いので「分からない」で押し通した。面談は1時間を要して終了したが、代償も付いて来た。「どうだった?」マイちゃん達は、心配して集合していた。「肝心な部分は“知らぬ存ぜぬ”で押し切ったよ。説明しても分かる訳が無い。ただ、代償はデカイけどね」「何がくっ付いて来たの?」「八束君に加えてU先生が付く事になった。昼にU先生が診察に来るらしい。SKが転院したから、彼女の手が空いたのが大きいな!外出は最小限の範囲で許可されたけど、当面家には帰れない。これは、こっちの都合に見合うが、監視の目が増えるのは厄介だよ!」「そうなると、○ッシーが動きにくくなるね。確かに厄介だわ!」マイちゃんが唇を噛む。「だが、逆手に取ればマイちゃん達の動きは察知されにくくなるぜ。僕が囮になれば、隙だらけに持ち込める。物は考えようだ。手を変えれば充分なチャンスが転がり込んだ事にはなる!」私は自信を持ってみんなを見渡した。「囮の役は結構難しいが、僕がピエロを演じれば間違いなく隙は生まれる。そこをマイちゃん達が突いて、外へ出る!」「○ッシーが囮とは、看護師さんも思わないか!過去の実績からしても、まず浮かばない。そういう事?」マイちゃんが一転して眼を輝かせる。「その通り、役割を検討し直せば、むしろ危険度は下がると踏んでるんだが、どう?やれるかな?」「やる!こんなチャンス滅多にないから、逃す訳には行かないわ!○ッシー、再検討にどのくらいかかるの?」マイちゃん達は前のめりに聞いて来た。「明日中に結論を出すよ。U先生の動向も見極めて置く必要があるからね。大枠は変えずに役割と時間だけを動かす。短時間に効率よくやらなきゃ意味が無い!」「OK、そっちは○ッシーに任せるよ!残るは人選だね。あたしも考えてみるよ!」マイちゃんを筆頭にメンバーも頷く。「多少の変更はあるけど、今回の脱走計画もみんなの協力が不可欠だ!それぞれに割り振られた役をきちんと演じ切って欲しい。決行予定は今度の金曜日!いいかい?」「分かった!」合唱が返って来た。「では、今日は解散とするよ。僕はデーターを入れ換えて計算をし直して置く。人選は明日、マイちゃんと決める。では、おやすみ!」メンバーの子達は頷くと三々五々病室へ引き上げて行った。「○ッシー、ちょっといいかな?」マイちゃんがランドリーの陰に私を引っ張り込む。「さっきね、Oちゃんが謝りに来たのよ。“○ッシーにハグしてもらった”って。“勝手に○ッシーを独占してごめんなさい”って言うから、あたしは“不安に襲われたならいいよ”って答えて置いたの。でね・・・、」「本当は、心中穏やかではないかな?」「そう、焼きもち半分、口惜しさ半分。あたしも、甘えてもいいのかな?」マイちゃんが不安げに言う。「僕らに遠慮は無しだろう?不安なら・・・」といいかけると、マイちゃんは飛び込んで来た。背中に腕を強く巻き付けて泣き出した。ずっと我慢していた感情があらわになった瞬間だった。声を抑えて泣きながら「○ッシー、傍に居てよ。置いてかないでよ。あたしの傍からいなくならないで!」と鳴き声で訴える。背中と頭を撫でながら「ああ、行かない。いつも見てる。いつも傍に居る。沢山思い出を作ろう。元気に退院したら、温泉へ行くんだろう?」と言った。彼女は何度も頷いた。涙を拭いてやりながら「マイちゃんだって我慢するなよ!悪いクセだな。恐い事は恥ずかしくは無いよ。それを抑えてしまう事がよくないんだよ。安心して、どこへも行かないから!」彼女は黙って頷くともう1度飛び込んで来た。震えている彼女を受け止めるのが精一杯だったが、彼女は泣く事で気持ちを開放していた。きっと彼女はずっと気持ちを抑えて、気丈に振る舞っていたのだろう。そんな彼女の気遣いが温かくもあり、ありがたいと思った瞬間だった。小さな彼女を受け止めながら、私の目からも一筋の涙が落ちた。“戦士よ、我らは共にある。愛しき者達を守り抜くがいい”不思議な声が聞こえてペンダントがキラリと光った。「戦士か・・・、」柄じゃないが、その役割からは手を引くまいと思った。
翌朝、洗面台の前で顔を洗っていると「おはよう、○ッシー!」とマイちゃんが元気に声をかけて来た。笑みがこぼれている。彼女は元気一杯だった。「おはよう、爽快なお目覚めの様ですな!」「うん!不安は小さくなったから。○ッシー、これからも宜しくね!」彼女が握手を求めて来た。優しく手を握り帰すと「我慢するなよ!不安になったら、ちゃんと言ってくれよ!」と返すと「そうだね、昨夜みたいになる前に○ッシーにちゃんと言う。だから、傍に居てよ。置いてかないでよ。あたしの傍からいなくならないで!」と真剣な眼で訴える。「幸いにして、当分の間は、外泊も禁止だ!2人で居る時間はタップリある!特に週末はな!」「そうだね。○ッシー独占もありだものね!」僕らは笑った。そしてランドリーの陰に移動して「但し、Oちゃんには要注意だ。彼女“ライバル”宣言は、ただ事じゃない!」と僕が言うと「心配しないで。影すらも踏ませないから!」とマイちゃんはさらり言った。女神は意に介する風が無い様だ。けれどこれからも否応無く“女の子の戦い”には巻き込まれる運命にある事には、変わりがあるはずも無かった。それでも“戦士”を降りる気は無かった。絶対にSKとの戦いは「再戦」があるはずだ。しかも、そう遠くない未来で。
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